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永井和の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-07-26古森義久氏の資料の読み方 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 慰安所・慰安婦関係公文書の解釈と評価を、ただそれが「強制連行・強制徴集を示す証拠であるのか、ないのか」といった単一の判断基準のみでおこなおうとする傾向を、典型的なかたちで示しているのは、いうまでもなく古森義久氏の慰安婦問題に関する一連の発言ないし報道記事です。

 古森氏の場合は、私が先のエントリで指摘した弊害、すなわち「先入主となった固定的な判断基準にとらわれて史料を解釈すると、ほんとうにその史料が語っていることを見逃しかねない危険がある」の典型的な例といえるかもしれません。

古森義久氏と『政府調査「従軍慰安婦関係資料集成』

 kmiuraさんの日記http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070724 やここの掲示板の新しいエントリhttp://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/27/1 でもとりあげられている古森氏のブログの記事「慰安婦徴用ではなく募集だったーー日本政府調査資料から」

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/243239/

では、私が以前使用した旧内務省文書中の資料について言及されています。古森氏がそのブログで一部要点を紹介した〔警察庁関係(旧内務省関係)公表資料〕がそれです。

 これらの資料は、1938年日本軍南京上海方面で軍慰安所を創設した経緯を示すとともに、軍から依頼さてた民間業者が日本内地で行った「皇軍慰安婦女」の募集活動を生々しく伝えているのですが、古森氏は、もっぱら「強制連行・強制徴集の証拠か否か」という観点からだけでしか、それらの一連資料をみようとしないので、これらの資料が全体としていったい何を語っているのか、皆目理解されていないようです。

 そこで、簡単にこれらの資料から何がわかるのかを紹介しておきます。詳しくは、私の「日本軍の慰安所政策について」http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/works/guniansyo.html を参照してください。

警察資料からわかるほんとうのこと

 内務省文書に含まれる一資料によれば、1937年12月に、当時の中支那方面軍において「前線各地ニ軍慰安所(事実上ノ貸座敷)」を設置することが決められました。*1言うまでもなく「貸座敷」とは売春宿のことです。ところが、古森氏はこの事実を明らかにしている資料には言及していません。

 この方針のもと、上海日本軍特務機関と陸軍憲兵隊および日本総領事館の間で任務分担協定が結ばれ、「慰安婦女」募集のために日本内地朝鮮に要員が派遣されました。総領事館発行の身分証明書を携えて日本に戻った彼らは、知り合いの売春業者に、「皇軍慰安所酌婦三千人募集」の話をして協力を求めます。前記警察資料中の文書にはこのことが明記されているのですが、もちろん、古森氏は言及していません。

 その結果日本各地で「慰安婦女」の募集活動が展開されることになりました。大阪兵庫長崎等の府県に対しては、あらかじめ内々に軍の方針が伝えられていたのですが、事前に何も知らされなかった地方では、これら業者の募集活動は、いやでも警察の目を引かずにはおきませんでした。 

 北関東から南東北では、大阪のある売春業者が、軍の依頼により「約三千名ノ酌婦ヲ募集シテ送ルコトトナッタ」と同業者にふれてまわり、女性の斡旋を求めます。 

 和歌山県では「軍部ノ命令ニテ上海皇軍慰安所ニ送ル酌婦募集ニ来タ」と述べて、女性を勧誘した業者が、婦女誘拐容疑で警察の取り調べを受けました。軍の名前をかたって売春目的のため、女性海外に売り飛ばそうとしているのではないかと、疑われたのです。

 和歌山警察が婦女誘拐の容疑をかけたのも無理はありません。それより先、1932年上海事変の際に、就業詐欺上海女性を連れて行き、「海軍指定慰安所」で売春に従事させた業者が、刑法第226条国外移送拐取罪で有罪になった例があり、警察が疑念を抱くのも当然のことといえましょう。

 ただし、この和歌山の婦女誘拐容疑事件は、和歌山警察からの照会に対して、大阪九条警察署長が、容疑者の身元を保証し、「慰安婦女」の「公募証明」を出したので、取調を受けた業者は釈放されます。つまり、たしかに軍の依頼による「公募」であることが証明された時点で、和歌山警察は、これを婦女誘拐には該当しないと認定したのでした。

 もちろん、この和歌山県警察報告について古森氏はまったく言及していません。

 なお、この和歌山での婦女誘拐容疑事件が、有名な昭和13年陸支密第745号*2で言及されている「募集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル」であり、北関東および南東北警察からマークされた大阪売春業者が「故ラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ」に該当します。

 陸支密第745号があげている募集にともなって生じた問題とは以上のようなものでした。いずれも、軍の要請で募集にあたった末端の女衒が、軍の計画による募集であることをおおぴらに触れ歩いたこと、そして事情を事前にしらされなかった一部の地方の警察が、軍がそういうことをするとは信じられなかったために、これを新手の婦女売買、国外移送行為とみて、取り締まろうとしたことから起きたトラブルです。

 これらの地方警察にとって、軍が将兵向けの性欲処理施設をつくり、売春に従事する女性を募集するなどという話は、にわかには信じられないことでした。山形群馬茨城高知県の各警察は「軍部ノ方針トシテハ俄ニ信ジ難キノミナラズ」「一般婦女身売防止ノ精神ニモ反スルモノ」「公序良俗ニ反スル」と内務大臣宛の報告書で語り、業者の活動は「皇軍ノ威信ヲ失墜スルコト甚シキモノ」だと断じ、取締の必要をうったえます。

 つまり、当時の地方警察は、公娼制度は合法だから、軍が前線皇軍兵士慰安のために「事実上ノ貸座敷」を設置し、さらに民間業者に命じてそこで働く女性を募集させても、そんなことは少しも不思議ではないし、まったく問題がないなどとは、残念ながら考えなかったのです。

 なんだ、ただの「募集」であって「強制徴用」なんかではないではないかと、古森氏を安心させた、山形県知事高知県知事の内務省宛の報告とは、じつは上に述べたような性格のものなのです。軍が民間業者に命じて売春に従事させる女性を「募集」(「強制徴用」ではない)すること、それ自体が、当時の地方警察にとっては、「軍部ノ方針トシテハ俄ニ信ジ難キノミナラズ」「一般婦女身売防止ノ精神ニモ反スルモノ」であり、「公序良俗ニ反スル」ものだったのです。

 そこで高知県のような県では、このような業者の募集活動を厳しく取り締まることにし、売春目的で渡航する場合には身分証明書の発行を厳禁せよとの指令を県下の警察に下しました。もともと、日中戦争が始まってから中国方面への渡航は制限されており、犯罪につながりかねないあるいは一攫千金をねらう不良分子の渡航を認めないというのが、日本政府の方針であり、高知県はその政府方針に忠実に、厳格な渡航禁止措置をとろうとしたのです。

 古森氏がそのブログで紹介している高知県知事の取締方針はそういう目的で出されたものでした。

地方警察の報告と警保局通牒・副官通牒との関係

 しかし、このような渡航厳禁方針がとられると、慰安婦を戦地に送ることはできなくなってしまいます。そうすると、軍の慰安所計画は絵に描いたもちと化し、挫折してしまいかねません。そこで地方からの報告を受けて事情をしった内務省は、このままでは軍が困ることになるので、軍支援のために、中国向け売春婦の渡航を黙認するよう、各府県の警察に通達することにしたのです。所定の条件(21才以上で、すでに売春に従事しており、本人の承諾が確認できること)を満たす場合には、渡航証明を出すように、各府県に対して指令を発したのでした。

 この指令文書が昭和13年2月の内務省警保局通牒(内務省発警第5号)、すなわち古森氏がそのブログの記事で、「昭和13年2月に内務省警保局長が各庁府県長官あてに送った文書」として紹介されているものにほかなりません。

 ですので、これと高知県知事との報告との関係は、同じ平面にあるものではなくて、軍の慰安所計画に協力するために、高知県知事が示したような渡航禁止方針を撤回させるために出されたのが、この警保局通牒なのです。この両者の関係を古森氏はぜんぜん理解できていません。

 内務省警保局は同時に、軍の威信を保持し、出征兵士の留守家族の動揺を防止するため、募集にあたっては軍との関係を公然流布させないよう指導せよと命じます。つまり、一方において慰安婦の募集と渡航を容認しながら、軍との関係については隠蔽することを業者に義務づけたのでした。自らが「醜業」と呼んでいたことがらに「軍=国家」が直接手を染めるのは、いかに軍事上の必要からとはいえ、その体面にかかわる「恥ずかしい」ことだったからです。

 そして、その内務省の憂慮を中国出先の軍司令部に通知し、慰安婦募集にあたらせる業者の選定に注意し、今後は必ず地方の警察憲兵と連絡をとって、募集活動を行うように命じたのが陸支密第745号にほかなりません。これは古森氏が、「昭和13年3月に陸軍省副官が北支那方面軍および中支派遣参謀長に送った文書」として紹介されているものです。ですので、これは「軍はむしろ募集にあたる業者に対し強制徴用の類の行為はとらないよう警告していたような事例」とはいえません。

 ところで、その年の秋に第21軍が華南に派遣された際に、慰安婦募集に便宜をはかってもらうために、参謀の久門少佐東京出張して内務省警保局長に斡旋を依頼したことは、この日記でも何度かふれましたが、じつはこの第21軍のとった行動は、陸支密第745号で指示された陸軍中央の意向に忠実であろうとしたものとみるべきでしょう。1000人にのぼる慰安婦内地および台湾朝鮮で募集して送るにあたって、無用の混乱をおこさないように、あらかじめ警察と連絡をとって、その協力を要請し、慰安婦の募集そのものを警察に依頼したわけですから、まさに陸支密第745号の指示どおりだといえましょう。

 古森氏のような判断基準を採用していては、いくら多くの資料を読んだとしても、「日本政府や軍による女性たちの組織的な強制徴用」を示す公文書はみつからないから安心だという白日夢にふけることはできても、慰安所制度の実態について、おそらく何もつかむことはできないでしょう。

*1:その軍編成上の根拠は、同年9月改定の「野戦酒保規程」なのですが、軍慰安所が戦地派遣部隊に設けられた野戦酒保付属の慰安施設、つまり軍の後方施設だったことについては、私の日記http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070626 を参照してください。

*2:陸支密第745号についてはこちらを参照のことhttp://ianhu.g.hatena.ne.jp/keyword/%e9%99%b8%e6%94%af%e5%af%86%e7%ac%ac%e4%b8%83%e5%9b%9b%e4%ba%94%e5%8f%b7

2007-07-25久門少佐の名刺メモに対する池田信夫ブロクでの反応 【追記あり】 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 今年の5月に石原東京都知事ニューヨークで、慰安婦問題について「戦争中に軍がそういう女性たちを調達した事実はまったくありません」と述べたことがありました。しかしこの言明が「「真実」とは程遠いものであり、「事実」に基づくというより「信条」の産物」(THE FACTS on Washington Postより引用)にすぎないことは、多少とも慰安婦問題に関心をもつものには明らかなので、ネット上においてもすぐに誤りが指摘されました。

 私のこの日記でも、「軍がそういう女性たちを調達した事実」を示す警察資料を紹介しました(「軍による調達の事実http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070521)。

 紹介した資料の一つに、裏面に「娘子軍約五百名広東ニ御派遣方御斡旋願上候」と記された第21軍参謀久門有文少佐名刺があります。1938年11月に陸軍省徴募課長小松光彦大佐とともに内務省警保局長を訪ねた久門少佐は、この名刺を本間精警保局長に差し出して、慰安婦500名の募集と派遣に協力を要請したのでした。軍が慰安婦を調達したことを端的に示す動かぬ証拠とにほかなりません。

 その名刺アジア歴史資料センターで閲覧できますが、kmiuraさんがアップロードしてくれましたので

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070521/1179766974 )、簡単にみることができます。

 ところで、つい最近になって、池田信夫氏のブログコメント欄で、この久門少佐名刺メモについて、興味深いやりとりがなされていたのを知りましたので、紹介しておきます。その場所は以下のエントリコメント欄です。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/35c05f42484ff5b7b40f8fa0fe9628dc

 まず、Hiro-sanという方が、以下のような質問をされました。

久門少佐名刺メモ (Hiro-san)

2007-06-18 20:40:58

こんにちは。素朴な疑問ですが、アジア歴史資料センターアーカイブにあるという久門少佐名刺メモは、強制の証拠になるのでしょうか。

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070521/1179766974

http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20070525/p3

 これはじつに興味深い質問です。まず、私が名刺裏のメモを紹介したのは、「軍による調達はなかった」とする石原発言が事実に反することを示すためであって、「軍による強制連行があった」ことを示すためではありません。

 じっさい「娘子軍約五百名広東ニ御派遣方御斡旋願上候」といった短い文言だけからは、久門少佐が警保局長に慰安婦の調達について協力を依頼したという事実以上のことを読み取るのは困難です。

 この名刺裏のメモに気づいたのは研究者では私が初めてですが、名刺を含む一連の第21軍関係慰安婦の募集と送出に関する警察資料については、すでに吉見義明氏や和田春樹氏などによる研究があります。それらの先行研究でも、これらの資料から、この時の慰安婦の募集が軍の要請によるものであって、警察がそれに全面的に協力したことが判明すると主張されてはいますが、これをもってただちに「軍による強制連行」の証拠であるといった主張はなされていません。

 ですので、私からみると、このHiro-sanの「強制の証拠になるのでしょうか」なる設問は、答えが分かりきっていることでも聞かずにはおられない、ある種の神経過敏症を示すものとしか思えないのですが、慰安所・慰安婦関係公文書の解釈と評価を、ただそれが「強制を示す証拠であるのか、ないのか」といった単一の判断基準のみでおこなおうとする一部論者の傾向を、ある意味で象徴しているようにみえました。

 これは「従軍慰安婦問題とは軍による慰安婦強制連行がおこなわれたか、否かであって、それ以外にはない」とする、いわゆる「従軍慰安婦はなかった」派の問題構図そのものに由来する傾向なのでしょうが、歴史学の方法からすると、このような神経過敏症は戒めるべきであって、先入主となった判断基準にとらわれて史料を解釈すると、ほんとうにその史料が語っていることを見逃しかねない危険があります。

 この質問が興味深い第二の点は、質問の内容が「強制の証拠になるのでしょうか」であって、「軍による調達の証拠になるのでしょうか」ではない点です。

 Hiro-sanが「軍による調達の証拠になるのでしょうか」と質問をされなかったのは、言うまでもなく、その答えが明らかだったからでしょう。つまり、Hiro-sanは、明言されてはいませんが、「強制の証拠になるのでしょうか」と質問されたことによって、暗黙のうちに、久門少佐名刺メモは「軍による調達の証拠である」と認定されていることが、逆にわかるわけです。つまり、石原都知事の言明が歴史事実に反するものであることを、Hiro-sanご自身も納得されているにちがいないということです。

 そのように受け取ったのは、Hiro-sanだけにとどまりません。lssrtさんという方も以下のように述べられています。

久門少佐 (lssrt)

2007-06-18 23:58:25

久門少佐名詞は、軍の主導性を示す(割と少ない)史料の一つということでしょう。

また、池田信夫氏も、次のように述べて、この名刺が「軍による調達」を示す証拠であることを肯定されました。

Re: 久門少佐 (池田信夫)

2007-06-19 00:52:56

この資料は、まともに相手にするに値する珍しいものです。「強制」の証拠にはならないまでも、一部には「動員計画」があったことを示しています。この点では、秦郁彦氏などのいう「組織的な動員計画はなかった」という説は、必ずしも妥当ではない。

 元来が秦氏と同じ「慰安所システム=戦地公娼制度」論者であったはずの池田氏ですが、名刺メモは「軍が慰安婦組織的に動員した」ことを示すものだと認められています。その上で、秦氏の考えを妥当でないと批判された。当然、池田氏からみても、石原都知事の発言は、根拠のない妄言だったということになりましょう。

 さらに言えば、たとえ一部であれ、「軍による組織的な慰安婦の動員計画があった」のを認めてしまうと、「慰安所は民間の公娼施設で、たんに軍隊のあとを追っかけて商売をしたにすぎない」という「戦地公娼制度」論は、もはやなりたちがたいと言わざるをえません。そのことは池田氏も認めておられるようで、上記の引用に続いて、次ぎのように述べられています。

永井氏もいうように、慰安所の運営が「軍主導」で行なわれたことは間違いないし、その労働実態が少なからず「強制売春」だったことも事実でしょう。しかし、それは国内の公娼と大した違いはないのです。特に人身売買は、国内でも大きな社会問題でした。これは、たしかに本人の意思に反するという点では強制ですが、その主語は軍ではなく親です。

 ここで、池田氏

  1. 慰安所の運営が「軍主導」で行われていたこと
  2. 慰安婦労働実態が少なからず「強制売春」だったこと
  3. 国内の公娼制度も同様に「強制売春」だったこと
  4. 公娼制度の娼妓および慰安所システム慰安婦もいずれも人身売買によって売春を強制されたこと

をすべて事実として認められています。

 ここまで認めてしまえば、"the `comfort women' system of forced military prostitution by the Government of Japan"というアメリカ下院外交委員会決議の慰安所についての規定とほとんど変わらないと、私などには思えてしまうのですが、池田氏はそうは考えないようです。なぜなら、強制の主体は、軍ではなくて、自分の娘を人身売買で売り飛ばした「親」だからだというのが、池田氏理屈だからです*1。しかし、この理屈が世界的にみて説得力を持つかと言えば、私はきわめて否定的です。

 ところで、上記のHiro-sanの質問に回答を与えて、名刺メモは「強制の証拠」にはならないから、安心してよいと述べられたのは、Unknownさんという方です。

Unknown (Unknown)

2007-06-18 22:49:21

>久門少佐名刺メモ

ならないと思いますね。

もし、「軍が組織的に強制連行」していたのなら

いちいち頼みなんてせずに、自分の隊を動かして人攫いをすれば良いだけです。

少佐の地位にある人間なら簡単でしょう。

ちゃんと名刺の裏書を使って要請しなければならないのは、募集して雇用した人員を割り当ててもらうにはそれなりの手続きが必要だったということでしょう。

逆にきちんと雇用が成立していたことの証拠ということですね。

 この回答もじつに興味深い。なぜなら、このUnknownさんの考え方にしたがえば、東南アジア中国の占領地で、現地の日本軍が「自分の隊を動かして人攫い」をして慰安婦を集めた場合、それは「軍が組織的に強制連行」したことになってしまいかねないからです。

 しかもその場合、その強制連行の指示は現地の部隊の正規の命令系統によらなくともいいのです。Unknownさんによれば、少佐クラス人間なら、別に部隊の指揮官でなくとも、そういうことは簡単にできるらしいわけですから。

 ちなみに、久門少佐は第21軍の一参謀にすぎません。軍の命令系統からすれば、上司からの委任によらなければ、彼自身には命令を出す権限はありません。しかし、Unknownさんは、公式の権限はなくとも、少佐ともなれば、そういうことはやり方次第で可能だと考えておられるようです。もちろん、そういう場合には「強制連行を命じる命令書」などというものは存在するはずもないでしょう。

 この考え方でいけば、いままで、それは現地軍の規律違反の暴走で、日本軍の方針にもとづくものではないとされてきた事件の多くが、「軍が組織的に強制連行」したことの例となってしまいかねません。

 まあ、Unknownさんは、ちょっと言葉足らずですが、当時の陸軍中央の方針が軍による組織的な慰安婦強制連行を容認するものであったのなら、第21軍は慰安婦を現地で人攫い的に強制徴集したであろうから、わざわざ東京にまでのこのこ出かけてきて警察に協力を頼んだりはしない、と言いたかったのでしょう。

 しかし、日本軍はこの段階では、原則として慰安婦の「現地調達」を考えていません。日本内地および植民地台湾朝鮮)から連れてくることを本則としていたのです。ですので、すでに華南に派遣されている第21軍が「自分の隊を動かして人攫い」で慰安婦を調達することは、そもそも最初からできない相談だったのです。もちろんこの1938年の段階では、陸軍中央が内地および植民地において、軍が部隊を動かして人攫いをするよう命じたり、それを許容するような指示を公的に出すはずがありません。それは架空の想定に近いのです。

 それから、「募集して雇用した人員を割り当ててもらうにはそれなりの手続きが必要だった」という推定が正しいとすると、募集して雇用された慰安婦を軍に割り当てる権限をもっていたのは、警察だったことになります。なぜなら、久門少佐警察の元締めである警保局長に斡旋を依頼しにいったわけですから。となると、慰安婦を調達したのは、軍ばかりでなく、警察もそれにコミットしていたことになります。

 でも、Unknownさんやその他の方にとっては、それは「強制の証拠ではない」から、問題とするに足らないというわけです。「強制を認めることにさえならなければ、軍が慰安所を主導していたことも、軍や警察慰安婦を調達していたことも、慰安婦の実態が強制売春であったことも、すべて認めてもよい」というのが、どうやら上の方々の現在立場であるように見うけられます。

 ここでは、事実上、「慰安所システム=戦地公娼制度」論はすでに破綻していると言ってよいのではないでしょうか。

*1:【追記】池田氏は、同じブロクの別エントリhttp://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/439615f9877a4ce6f6381a6a737c60eeコメント欄では、「人身売買が行なわれたことは、歴然たる証拠があり」、「永井和氏のようにこれを「強制売春」と呼ぶことは妥当ですが、その強制の主語も業者です」として、「強制の主体」を「親」から「業者」に変更されている。この変更が何に基づくのかよくわからないが、池田氏が軍慰安所システムのもとで、人身売買と「強制売春」が行われていたことを事実として認めておられることに変化はない。ただ問題は、「強制売春」が行なわれていたその軍慰安所が軍の設置した軍施設であり、業者に慰安婦の募集を命じたのも軍だったとすれば、はたして「強制の主語も業者です」と簡単にいって済ませることができるだろうか、という点にある。そのような場合、残念ながら、"the `comfort women' system of forced military prostitution by the Government of Japan"という表現は、事の本質を正しく表現しているのを認めざるをえないだろう。「「軍が業者の違法行為を十分取り締まらなかった」という政府の監督責任は認定される可能性があ」ることを認めておられる池田氏が、「しかし、これはホンダ決議案には書いてない話です」として否定できるのは、「軍慰安所は民間の公娼施設である」という「戦地公娼制度」論が正しい場合にのみ成り立つ話である。しかしいっぽうで、池田氏は「慰安所の運営が「軍主導」で行われていたこと」を認めてもおられる。これでは自己矛盾と言わざるをえないのではないだろうか。

kmiurakmiura2007/07/25 23:06
”狭義の強制連行”ないしは”狭義の強制徴用”の定義を、問う、というのがこうなるとひとつのポイントになるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。定義されないでしきりに使われている。たとえば命令系統のどのレベルだったら狭義になるのか、など。

StiffmuscleStiffmuscle2007/07/26 00:00hiroさんは「強制の証拠になるのでしょうか?」と尋ねているのに、「強制連行」を持ち出して応えるかたがいますが、「強制」=「強制連行」なんでしょうか?
また、「なかった派」の人たちが「組織的な(systematic)」という言葉もどういう意味で使っているのかも気になります。kmiuraさんが指摘されているように肝心な言葉が「定義しないでしきりに使われている」ように思います。

nagaikazunagaikazu2007/07/26 01:28 いちおう「狭義の強制連行」とは、「日本軍なり政府機関の命令ないしは決定方針に基づいておこなわれる官憲による人さらい的ないしは強制割り当て的な慰安婦の徴集」ということだと思います。そして「日本軍ないし政府機関」のレベルは可変的で、ある事例が「狭義の強制連行」の例としてだされた場合、それよりも上級のレベルが「狭義の強制連行」の妥当範囲ということになります。今のところ師団長レベルが最上級ですので(もっともこの証言は中国に洗脳されたといって頭から拒否されていますが)、現実的にはそれ以上が要求されているということになります。
 それから、一般的には慰安婦問題において「強制」≠「強制連行」です。しかし、Hiro-sanの質問「強制の証拠になるのでしょうか」においては、「強制」=「強制連行」だと思われます。
 いわゆる「なかった派」の人たちの「組織的な(systematic)」も「狭義の強制連行」の場合と同様可変的で、「組織的な強制連行」の事例として出されたものよりも、さらに一つ上のレベルの指令なり命令にもとづいてなされる場合をさします。
 つまり、どちらも「それでは日本軍なり政府の方針とはいえない」「それでは組織的な強制連行とはいえない」と、否定的にのみ使われるのです。だから、定義のしようがないと言えるかもしれません。

 ついでですが、現時点ではいわゆる「なかった派」の人々にとって、「性奴隷」およびその原語であるは、以前に「狭義の強制連行」という言葉で理解されていたものとほぼ同じか、または同じように憎むべきシンボルとして通用しているようです。そのような理解とsex slaveの国際的に通用する理解とでは、大きく異なっていることが、Stiffmuscleさんやkmiuraさんの努力で明らかにされているのですが、いわゆる「なかった派」にとっては、とうてい理解不能だと思われます。

nagaikazunagaikazu2007/07/26 01:45すみません。誤解されるといけないので、念のために補足しておきます。
上に書いたことは、いわゆる「なかった派」の人の立場はこうだろうと、私が解釈したもので、それぞれ自身の言葉についての私自身の定義ではありません。
 それから、「「性奴隷」およびその原語であるは」は「「性奴隷」およびその原語であるsex slaveは」が正しいので、訂正しておきます。

kmiurakmiura2007/07/26 19:48詳しい回答、ありがとうございます。狭義の定義はフレキシブルにして無限後退。

このトピックでまともな人間と議論になったときには「狭義」は定義ではない、ということを論証するというのがひとつのポイント、ということで私は理解しました。

StiffmuscleStiffmuscle2007/07/27 13:53>nagaikazuさん
慰安婦問題を議論する際に、頻出する語の定義が「可変的」-鋭いご指摘だと思います。

「なかった派」の各人が、「可変的」な定義を用い、それぞれの思惑で、こういった語を用いてるのは明らかでしょうが、彼らの間で議論が成立する自体が摩訶不思議ですね。共感以上のレベルではないってことなんでしょうか・・・