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永井和の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-06-30軍慰安婦の法的地位は「軍従属者」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 この日記の2007-4-26のエントリ「「従軍」という言葉について(追記あり)」http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070426

の末尾で以下のように述べました。

 なお、「慰安婦」は軍の制度から言えば、たとえば陸軍の場合、野戦酒保付属の慰安施設の従業員(=軍慰安所従業婦)ということですので、法的には「軍従属者」という扱いになります(一部の慰安婦衆議院議事録にもあるように、無給軍属となった例もあるようですが)。「軍従属者」であるので、「従軍」していたと言って少しもあやまりではありません。なお、法令用語としての「軍従属者」は陸海軍軍法会議法および陸軍の場合は作戦要務令に見ることができます。

 これは「従軍慰安婦はなかった」という表現に対する批判であって、

慰安婦」を「従軍慰安婦」と言ってか少しもかまわない。なぜなら軍の法制上からすると、「慰安婦」は「軍従属者」とみなされるべき者だからである。

という趣旨で書きました。今日はその点について、さらに詳しく説明します。

作戦要務令に見る「軍従属者」

 「作戦要務令」(1938年9月29日制定)の第3部第7編「憲兵」の第280条には戦地における憲兵(この場合の憲兵は動員され戦地に派遣された部隊に所属する野戦憲兵意味します)の任務が列挙されています。その第8項に「酒保及用達人等軍従属者の監視」とあり、「酒保の監視」と「用達人等軍従属者の監視」が野戦憲兵の任務であることがわかります。軍慰安所は野戦酒保の附属施設ですので、当然野戦憲兵の監視の対象となります。

 また同令第283条には、

憲兵は常に各部隊と緊密なる連繋を保ち軍の必要と戦地の実相とに即応する如く任務を遂行し特に軍人軍属軍従属者の非違及反則の取締に方りては之が警防及処理を適正にし各部隊の軍紀確立に協力し以て軍の威信発揚に遺憾なきを期せざるべからず」

とあります。すなわち野戦憲兵軍人軍属のみならず軍従属者の非違及反則を取り締まらなければいけないと定められています。このことは、戦地に派遣される軍隊には軍人軍属だけではなく「軍従属者」とよばれる存在が含まれていたことを意味します。

 「作戦要務令」では上記のように、「軍従属者」の例として「用達人」があがっています。この「用達人」とは、軍の御用をつとめる人間という意味ですから、酒保の請負商人やその附属施設である慰安所の受託経営者は「用達人」の一種であり、ここでいう「軍従属者」に該当することになります。そのことを実証する例を以下に紹介します。

南方に派遣された慰安婦は「軍従属者」

 吉見義明編『従軍慰安婦資料集』に納められている大東亜省の電報の中に、軍が慰安所関係者を「軍従属者」として認定していた事実に言及したものがあります。

 1.在サイゴン鈴木部長代理発青木東亜大臣電報「仏印より内地満州国支那,「タイ」向旅行許可に関する件」(1943年2月8日付)

 2.在ハノイ栗山茂事務総長発青木東亜大臣電報「軍従属者に対する旅行許可の件」」(1943年3月10日付)

 これはフランスインドシナサイゴンハノイに駐在する大東亜省の出先機関(大使府とその支部)から大東亜大臣に対して出された問い合わせの電報で、その内容は以下のようなものです。

 このたびインドシナ駐屯軍司令部(これは日本軍です)から、「軍従属者(御用商人、飲食業者、慰安所従業員等)」の身分を解除したので、今後これらの者を一般民間人と同様に扱い、旅券ないし国籍証明書を発行してやって欲しいとの連絡があったが、これらの者は出国の際に外務省ないし大東亜省の渡航許可を得ずに、直接軍から軍従属者の資格受けて軍とともにあるいは軍から呼び寄せられてこちらに来たのであるから、いまさら旅券国籍証明書を交付するのは、手続き上大いに問題がある。また、南方占領地への邦人の渡航とくに不良分子の移動を抑制するため、大東亜省は現在渡航制限方針をとっているが、ここで彼らにパスポートを交付してしまうと、大東亜省自ら抜け穴を認めることになるおそれがあり、しかもパスポートを申請者の中には不良分子も多いので、大使府としては無条件にパスポートを交付してインドシナ在留を認めるわけにはいかない。いずれにしろ、これは渡航政策の根本に関わる重大な問題なので、東京で陸海軍両省と十分協議のうえ、しかるべき指示を示して欲しい。

 この電報では「軍従属者(御用商人、飲食業者、慰安所従業員等)」(前記1)あるいは「軍従属者ノ資格(例ヘハ御用商人、慰安所員、酒保員等)」(前記2)という表現が使われています。つまり、この時点で軍とともにインドシナに渡った「御用商人、飲食業者、慰安所員、慰安所従業員、酒保員等」は「軍従属者」とみなされていたわけです。

 この「軍従属者」は「作戦要務令」に出てくる「軍従属者」と同じものですから、「慰安所員、慰安所従業員」すなわち慰安所の受託経営者慰安婦は「軍従属者」だったことになります。

陸軍軍法会議法の「軍従属者」

さて、この「軍従属者」は、陸軍軍法会議法(海軍軍法会議法も同じ)第1条において、陸軍軍法会議裁判権の対象となる者として、その第三号にあげられている「前二号に記載したる者を除くの外陸軍の部隊に属し又は従う者」という規定に由来する言葉です。

 ここで「前二号に記載したる者」というのは、軍人陸軍所属の学生・生徒を含む)・軍属および陸軍用船の船員です。つまり、軍人軍属および陸軍用船の船員以外の者で「陸軍の部隊に属し又は従う者」というのが「軍従属者」であり、これらの者は民間人でありながら陸軍軍法会議裁判権に服す者であったわけです。

 

 この陸軍軍法会議法が1921年に制定された際に、政府委員であった陸軍省法務局長志水小一郎は「陸(海)軍の部隊に属し又は従う者」を説明してこう述べています。

従ふ者と云ふのは戦時従軍者の如き者、それから属すると云ふのは色々の者が這いって居りますが、陸軍辺りで軍人でない者を軍隊としては編成に加えて居る者もあります」

大正10年2月2日貴族院陸軍軍法会議法案外十件特別委員小委員会議速記録第一号

 また憲兵練習所で陸軍軍法会議法の教科書として用いられていた日高巳雄著『陸軍軍法会議講義』では「陸軍の部隊に属し又は従う者」として具体的な例をあげて説明しています。

 陸軍の部隊とは軍隊、官衙、学校、特務機関及び戦時に於ける特設機関を謂ひ、部隊に属する者とは部隊に編入せられたる者、例えは各部隊の軍属に非さる職工、隊附を許可せられたる外国武官又は士官学校在校中の中華民国学生の如し。部隊に従ふ者とは部隊に編入せられたるに非すして、部隊に随従し部隊の長の監督下にある者例えは従軍記者、酒保商人等の如きを謂ふ。

 つまり、「軍従属者」とは「部隊に編入された者もしくは部隊の長の監督の下に戦地にある部隊に随従する者」をさす言葉であり、従軍記者や酒保商人は「部隊に従う者」に該当し、その一例であったことになります。

 しかも上記で見たように、じっさい慰安婦は、少なくとも1942年の時点で南方に渡った者については「軍従属者」とみなされていたことが明らかなのですから、陸軍軍法会議法にいう「陸軍の部隊に属し又は従う者」であり、その点で従軍記者と同等の者とみなすことができます。

 「部隊の長の監督の下に戦地にある部隊に随従する」ことはまさに「従軍」にほかなりませんから、この意味慰安婦を「従軍慰安婦」と呼ぶのは、その当時用いられていた呼称ではないにしても、決して不適当な表現とは言えないはずです。志水法務局長の言葉で言えば「戦時従軍者」だったわけです。すなわち慰安婦も従軍していたのです。

 

 上記のことから、「慰安婦はいたが、従軍慰安婦はなかった」という表現は、ある種のデマゴギーにすぎないことがわかると思います。

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