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永井和の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-06-24南方占領地における軍票価値の下落 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 scopedogさんがそのブログ(「誰かの妄想」)のエントリ従軍慰安婦問題・慰安婦高額報酬説のトリック」で、

慰安婦の月収は平均750円で、当時の陸軍大将の月収500円~600円より多かった。

というネット上で流布されている主張が、じつは南方占領地で使用されていた外貨表示軍票と内地日本円との貨幣価値の差を無視したまったくナンセンスな比較にすぎないことを指摘された。

 上記の高額報酬説は、ビルマ戦線捕虜となった慰安所の受託経営者の証言をもとに作成された米軍の報告書「アメリカ戦時情報局心理作戦班 日本人捕虜尋問報告 第49号 1944年10月1日」の記載を根拠にしているのだが、ビルマで進行していた軍票価値の下落を考慮すれば、「慰安婦の月収750円とは1944年初頭の内地換算では38円程度にすぎない」と喝破されたのである。

詳しくは「従軍慰安婦問題・慰安婦高額報酬説のトリック」を参照されたい。http://ameblo.jp/scopedog/entry-10030549652.html

 このscopedogさんの主張を裏づける基本的な統計数字をここに紹介しておきたい。いずれも日本銀行1947年に刊行した「戦時金融統計要覧」(統計局、昭和22年10月)に収録されたものである。

 この「戦時金融統計要覧」は日本銀行調査局編『日本金融史史料 昭和編』第30巻(大蔵省印刷局1971年)に収録されており、大きな図書館にいけば参照することができる。

南方占領地における軍票・南発券発行高と物価指数

 

東南アジア地域通貨発行高及物価指数 

  マレー(シンガポールボルネオ(クチンジャワ(バタビヤ )スマトラ(メダン) ビルマラングーンフィリピンマニラ
  通貨発行高 物価指数通貨発行高物価指数通貨発行高物価指数通貨発行高物価指数通貨発行高物価指数通貨発行高物価指数
昭和年月海峡ドル  海峡ドル 千グルデン 千グルデン ルピー 千ペソ
16.12 - 100- 100- 100 - 100 - 100 - 100
17.3 - - - - - 102 - - - - - -
17.6 - - - - - 140 - - 33,526 - - -
17.9 - - - - - 139 - - 69,381 - 72,977 186
17.12 143,536 352 4,692 114 56,678 134 25,828 308 136,986 - 105,545 200
18.3 143,536 405 9,523 128 97,551 150 65,998 384 210,139 705 134,963 245
18.6 232,802 807 11,311 141 60,074 166 84,925 432 326,665 900 228,857 247
18.9 - - - 199 - - - - 477,834 1,253 329,490 437
18.12 411,143 1,201 14,451 153 133,770 227 234,690 707 664,215 1,718 496,538 1,196
19.3 - 2,922 - - - 304 - - 1,051,555 2,629 698,845 1,976
19.6 729,613 4,409 21,520 388 357,646 492 477,313 986 1,544,197 3,635 1,115,299 5,154
19.9 - 6,471 - - - 1,279 - 1,279 1,985,018 5,765 2,334,933 14,084
19.12 1,402,096 10,766 35,580 827 665,678 - 797,726 1,698 2,773,716 8,707 4,948,160 14,285
20.3 1,971,545 - 46,386 - 861,659 1,752 980,375 2,253 3,745,848 12,700 5,400,000 14,285
20.6 - - 64,129 - 1,174,555 2,421 1,230,553 3,252 4,407,317 30,629 - -
20.8 5,570,000 35,000 70,473 4,000 1,443,896 3,197 1,349,332 3,300 5,655,548 185,648 - -

原注

資料:日本銀行外事局調

備考:東南アジア通貨発行高は南方開発金庫券発行高である。貨幣単位の名称は地域によってちがっているが、全部円と等価である。

永井注:昭和18年4月以前の南発券は、南方開発金庫設立(17年2月)されてから、南発券が発券される以前に発行された軍票だと考えられる。

大東亜共栄圏内の物価騰貴

「戦時金融統計要覧」を使うとさらに、南方以外の地域の物価変動もわかる。それをくみあわせて作ったのが以下の表である。

 これはscopedogさんが参照された小林英夫日本軍政下のアジア』p.179のグラフと基本的に同じもので、シンガポールはマレー、クチンは北ボルネオ、バタビヤがジャワ、メダンがスマトララングーンビルママニラフィリピン、新京は満洲国の首都現在長春である。

昭和年月シンガポールチンバタビヤメダンラングーンマニラ上海北京新京京城東京
16.12 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100
17.3 - - 102 - -   -   108 109 101 101 101
17.6 -  -  140 - -   -   156 125 102 102 101
17.9 - - 139 - - 186 178 119 104 103 101
17.12 352 114 134 308 - 200 206 158 112 105 102
18.3 405 128 150 384 705 245 287 236 113 109 105
18.6 807 141 166 432 900 247 397 229 114 113 107
18.9 - - 199 - 1,253 437 525 237 116 114 109
18.12 1,201 153 227 707 1,718 1,196 671 267 122 118 111
19.3 2,922 - 304 2,629 1,976 989 290 126 122 114
19.6 4,409 388 492 986 3,635 5,1541,389 416 135 126 118
19.9 6,471 - 1,2791,279 5,76514,0842,030 540 146 130 125
19.1210,766 827 - 1,698 8,70714,285 - - - 132 130
20.3 - - 1,7522,253 12,70014,285 - - - - 140
20.6 - - 2,4213,252 30,629 - - - - - 152
20.8 35,0004,0003,1973,300185,648 - - - - - 161

・南方諸地域は前記「東南アジア地域通貨発行高及物価指数」による。

朝鮮から北京までは、「極東アジア諸地域物価指数」『日本金融史資料 昭和編』第30巻、p.160による。

東京は「東京小売物価指数」『日本金融史資料 昭和編』第30巻、p.144による。

 同じ大東亜共栄圏内でも、東京京城、新京では戦時中といえども、物価は安定しており(統制経済により物価騰貴は抑制されていた)、ついで北京、北ボルネオジャワスマトラ上海、マレー、ビルマフィリピンの順で激しい物価騰貴にみまわれている。

 軍票と日本円の公定レートは1:1であったが、南方占領地と内地とでは円資金の移動は厳しく制限されており、この公定レートが適用されるのはごく限られた特定のケースのみであった。外貨表示軍票と日本円の間には交換性はなかった。その点を考慮して、単純に購買力の変化をもって比較するならば、昭和19年3月のラングーン物価指数昭和16年12月の26倍であり、東京のそれは1.14倍なので、「(ビルマの)慰安婦の月収750円とは1944年初頭の内地換算では38円程度にすぎない」というscopedogさんの計算は、ほぼ正確だといえよう。

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