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日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

191208サイトの終了とミラーサイトについて このエントリーのブックマークコメント

みなさま、おひさしぶりです。

2019年7月頃から「2019年末にははてなグループのサービスを終了する」との告知がサービス提供者の方からあり、その後、9月の告知でそれが決定となりました。

=はてなグループ提供終了に関する続報

どうにかしなくては、と思っていたところ、id:rnaさんがサイトのページをすべてダウンロードし、htmlのアーカイブとして保存してくれました。手順の詳細はこちらに書かれています。

はてなグループのダウンロード - rna fragments

このアーカイブを利用して、本サイト「従軍慰安婦問題を論じる」のミラーサイトを作ることができました。記事の追加等はできませんが、蓄積されたさまざまな情報や議論は今後もウェブ上でアクセスすることができます。URLは以下になります。

https://ianhu-hatena-group.000webhostapp.com/

メンバーのみアクセス可能なページ(主に管理上の方針などが議論されています)に関しては、ミラーサイトにアップロードしていません。その内容にアクセスを希望されるメンバーの方は、私の方までお知らせいただければ、お渡しします。最後になりますが、id:rnaさんに深く感謝します。

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このサイトになんらかの記事を書いたりキーワードを追加したり、といった私の活動は2007年から8年をピークにもう随分長い期間、事実上停止しています。さかんな議論に関わっていたときには、いろいろなことを学んだり考えたりすることができて、いまだに思い入れの深い場所となっています。

特筆すべき点をいくつかあげておきます。id:Stiffmuscleさんとの奴隷制に関する議論は、自分の中で未だに「奴隷」という存在を考える上での礎になっています。現代日本社会そのものが奴隷制で構成されているがゆえに、隷属的な社会生活を強いられている多くの人々が、奴隷制の本来の定義に拒否反応を示すのではないか、といったことや、女性の尊厳を愚弄するさまざまな事件や制度を見るにつけ、ミソジニーに満ちた価値観が上から下まで今現在も日本社会に通底している、といったことから、慰安婦システムの問題は今という時点に直結している問題であるという確信をますます深めるようになりました。こうした私のなかの認識の変化は、永井先生(id:nagaikazu)の史料に対する誠意をつくした読解や解釈に、実に何度も感銘を受け、その真摯さを少しでもまねしたいものだ、と感じていたことの延長にあります。ネット上だけの繋がりですが、私にとってはまさに先生です。また、このサイトの創始者である野原さん(id:noharra)は、すべての志向をもつ論者をとにかく引き受けよう、というオープンな姿勢に、理想的であろうとするひたむきな努力を常に感じていました。碧猫さん(id:felis_azuri)や、id:Apemanさんはご自分のサイトを中心に膨大な記事を公表しつつ、こちらにも陰日向に気をかけていただいたことを思い出します。また、id:dempaxさんは画像史料の翻刻で随分と手伝っていただき、実に助けられました。碧猫さんが若くして亡くなったときにもまっさきに知らせてくれたのはid:dempaxさんです。

その後、慰安婦システムをめぐる議論は収束しませんでした。歪んだ断片的なデマ情報を繰り返しコピーペーストをする運動が功を奏したのか、先日日本滞在の折に見に行った「主戦場」では、「慰安婦システムなんて信じている人は日本にもういない」とバカにしたような笑顔を浮かべる杉田某なる国会議員が映し出され、「主戦場はもはや米国である」という映画のタイトルの意味の一端が明らかになります。映画は私が知っている内容がほとんどでしたが、彼らの表情や仕草、佇まいは、語らずして語る野蛮さに満ちており、映像のもつドキュメンテーションの力を知ることができました。野蛮、という意味では、第二次世界大戦後に日本各地の官庁で繰り広げられた公式書類の焼却とまさに同じようなことが今の霞が関で起きています。「書類がない」ということが当たり前のように事実の隠蔽に使われる2019年は、1945年に直結しており、先にも述べたように、当時からなにも変わっていない、という思いは年々強くなるばかりです。こうした意味でも、ミラーサイトとして残るこのサイトの情報が、そうした野蛮さに抗する小さな石となることを私は未だに願っています。

以上、長々とした最後の投稿になってしまいました。サイトは2019年末を持って終わりますが、私は今後も、この問題に大いに関心を持ちながら生きていくでしょう。今後とも、よろしくおねがいします。

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