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永井和の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-08-19EBS(韓国教育テレビ)のインタビュー

EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 09:27 EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 - 永井和の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 - 永井和の日記 EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 - 永井和の日記 のブックマークコメント

 8月14日のシンポジウムの前に、EBS(韓国教育テレビ)のドキュメンタリー番組のために取材がおこなわれた。取材は、あらかじめ用意された質問に私が答える形式でおこなわれた。

 以下は前日に渡された質問に対する回答として、用意したものである。ただ、実際の取材の際には、時間の制限もあり、以下の文言どおりに話すことはできなかった。

質問1:戦時における慰安婦または日本軍性奴隷事件の歴史的、現在的な意味は何でしょうか?

まず、最初にお断りしておきたいのは、私と日本でいうところの「従軍慰安婦問題」との関わりについてです。私自身は、十五年戦争(日本では満洲事変からアジア・太平洋戦争にいたる戦争をこのように呼んでいます)期の日本の政治史・外交史・軍事史を専門とする歴史家であり、今まで「従軍慰安婦問題」に深い関わりをもってきたわけではありません。私の研究は日中戦争中に本格的に出現した日本軍の慰安所制度が軍の編制上どのような性格をもつものかを明らかにしたものであり、広い意味での軍事史研究に属するものです。「従軍慰安婦問題」とは、過去の戦争において性暴力の被害者となった女性の名誉と尊厳と回復することをめざした人権問題ではありますが、しかし同時に、それをめぐっての国際問題であり、かつまた関係する国家とくに日本、韓国など東アジアの国々の国内の政治・社会問題であり、1990年代にはじまり、今なお係争中のまさに現在の問題にほかなりません。問題は多岐にわたり、多くの国々、多くの人々を巻き込んだ世界的な社会問題という様相を呈しています。そのような複雑で困難な問題について、何らかの有効な発言ができる資格と能力が私にあるとは思えません。あくまでも、「従軍慰安婦問題」を構成するさまざまな要素のごく一部にすぎない日本軍慰安所制度の研究者という限られた視点からの回答であり、多くの点で不備があることを、ご理解ください。

歴史的にいえば、日本軍の慰安所は、所属する軍構成員の性欲を処理させるために、日本の陸海軍が設置した軍の後方支援施設であり、そのような軍慰安所で軍人達の性欲を処理するために過酷な労働に従事させられた女性達すなわち軍慰安所従業婦が「慰安婦」と呼ばれました。日本軍は軍慰安所を軍の戦時編制上、必要不可欠の要素と位置づけました。ある程度以上の大きさの部隊には必ず慰安所が付設されたのです。そのため戦争の拡大とともに日本軍の野戦兵力が増大するにつれ、多数の「慰安婦」が必要となりました。しかし、誰も好きこのんでこのような業務につく者はいません。軍の需要を満たすために、軍はすでに存在していた実質的な人身売買制度を大いに利用しましたが、それだけではまかないきれません。必要とする「慰安婦」を充足させるために、軍の意向を体した女衒たちが拉致、誘拐、就職詐欺などの方法で女性を集め、軍はそれをそのまま収受して慰安所で働かせました。さらに前線末端の部隊ではそれこそ文字通り人さらい的に占領地の女性を無理矢理連行し、「慰安婦」の調達をはかることもおこなわれました。

日本軍は慰安所を軍隊の維持のため必須の装置とみなしましたが、しかし同時に軍および政府は、軍が性欲処理施設を軍の編制に組み込み、女性をそこで働かせているという「恥ずべき」事実については、これをできるかぎり隠蔽する方針をとりました。軍の威信を維持し、出征兵士の家族の動揺を防止するために、すなわち日本帝国の戦時総動員体制を維持するために、慰安所と軍・国家の関係は公的にはふれてはいけないこととされたのです。「慰安婦」は軍・国家から性的「奉仕」を要求されると同時に、その関係を軍・国家によってたえず否認され続ける女性達であったといえましょう。軍は慰安所に関する規則をつくりましたが、このような方針がとられたために、「慰安婦」の保護に関するものはひとつも含まれていません。日本国内や植民地の公娼制度と比較しても、「慰安婦」はまったくの無保護、無権利状態におかれていたといわざるをえません。

現在的にいえば、戦時性暴力の被害者を救済し、その再発を防ぐにはいかにすべきかという、世界的な課題につながる問題ととらえることができます。もしも、この個別的問題について被害者の納得できる解決が導き出されば、それは将来にむけて大きな貢献となるでしょう。もちろん日韓間の問題としては、それにとどまらず戦争被害の補償にかかわる戦争責任・植民地支配責任の問題であると考えています。

質問2:戦時における慰安婦または日本軍性奴隷事件の解決に向けた前提条件、または究極的な解決方策は何でしょうか?

究極的な解決方策は、被害者である元「慰安婦」の方々が納得いくものでなければならないと思います。ただし、その要求がすべてかなえられるかといえば、現在の日本政府の状況、日本社会の動向からすれば、たいへん難しいと言わざるをえません。より具体的な前提条件としては、やはり日韓基本条約とその附属協定の解釈変更あるいはそれらの一部棚上げが必要とされるのではないかと思われます。ご承知のように、1990年代に日本側が提示した解決策であるアジア女性基金の「償い事業」は、日韓基本条約とその附属協定は変更不可能との前提のもとで成立しました。しかしその解決策は、問題をさらに紛糾させただけで、問題の解決にはつながりませんでした。この失敗に鑑みれば、まず日韓基本条約とその附属協定を再考することが必要ではないかと思われます。しかし、それは日韓関係をさらに不安定にさせる道となってしまうかもしれません。

質問3:日・韓両国が、同問題を解決するために、最も妨げるものまたは困難な点は何でしょう。

日本側のことはわかりますが、韓国については私にはよくわかりません。日本側において解決を妨げている最も困難な点と私が考えるのは、この問題に対して、「日本は何も悪いことはしていない」あるいは「日本だけが悪いのではない他国も同じことをやっていた」とする「日本無罪論」が日本政府の一部や有力な政党によって声高に主張されるばかりでなく、現在の日本社会でそれが少なからぬ支持を得ていることです。ここ20年ほどの間、日本のナショナリズムは戦後日本が生み出したものを享受しながら、他方で戦後日本が自らに課した拘束をふりほどこうとしてきました。しかも、戦後からの脱却をめざすにあたって、戦後の自己拘束の原因である自ら起こした侵略戦争を反省し、その全否定を再確認するのではなくて、逆に過去の戦争の一部を肯定することで、その悪を相対化し、それによって戦後から脱却しようとしてきたのです。それが、先ほどの「日本無罪論」が広く支持される背景となっています。これは私には危険な道にみえますが、そう考えない日本人は決して少なくはありません。

 韓国のことはわかりませんが、もし韓国のナショナリズムが問題となるとすれば、あるいはそれは日本軍の「慰安婦」問題が解決されたあとのことかもしれません。先ほど述べたように、日本軍「慰安婦」問題が戦時性暴力問題解決のモデルケースとなれば、他の戦時性暴力問題の解決へと視野が転じる契機となるでしょう。その時、韓国は韓国としてまた別個の問題に直面することになるでしょう。韓国のナショナリズムがその問題の解決に壁となってたちはだかるかどうか、私には何ともいえませんが、それが試される時が来るのではないかと思います。

質問4:日本は、当時国際条約と国内法を無視して最前線にまで慰安所を設置・運営するなど、国家が直接介入したにもかかわらず、国家の責任を否認しています。これに対する先生の立場と意見は何でしょうか?

上にも述べましたように、軍慰安所は、日本軍が所属将兵の性欲処理のために設置した後方支援施設の一種であるというのが、私の研究の結論であり、このことを軍や警察の内部文書と軍人の日記などを史料に実証しました。軍慰安所が軍事上の必要から設置された軍の後方支援施設の一種であるかぎり、そこでなされた「慰安婦」に対する強制や虐待の究極的な責任は政府および軍に帰属するというのがそこから導き出される結論です。ただし、慰安所そのものは軍の編制規則(陸軍の場合は、野戦酒保規程という名の陸軍大臣が定めた軍令規則)にその法的根拠をもっています。

質問5:慰安婦事件を戦地の公娼制として説明する視角に対する先生の立場と意見は何でしょうか。

上に述べましたように、軍慰安所は軍が軍事上の必要から設置した軍の施設であり、軍の編制に組み込まれていたというのが私の主張ですが、この点で軍慰安所は一般の公娼施設とは異なります。公娼施設はあくまでも民間の売春業者が不特定多数の利用者を相手に営業するもので、国家権力はそれに対して風俗警察権を行使するだけです。政府機関がその政府機関に所属する職員のために性欲処理施設を設ける場合と国家権力との関係において大きなちがいがあります。私の説は、学説史的には秦郁彦氏に代表される「軍慰安所は戦地に移動した民間の公娼施設の一種であり、軍の施設ではない」とする「戦地公娼施設論」に対する批判だと自分では考えています。

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