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永井和の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-05-21軍による調達の事実 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 石原都知事ニューヨークで、「戦争中に軍がそういう女性たち(慰安婦)を調達した事実はまったくありません。」と述べたそうだ。

http://www.asahi.com/national/update/0518/TKY200705180051.html?ref=rss


 これについては、すでに山木さんが、資料を示して反論されている。

http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070519/p1

【反論】従軍慰安婦問題、「軍が調達した事実はない」石原知事

 また、タカマサさんが、私が「日本軍の慰安所政策について」で分析した内務省警察資料をもとに、「石原都知事らは、歴史家の資料批判を全否定できるつもりなのか?」と反論されている。

http://tactac.blog.drecom.jp/archive/1741

 そこで私も、上記論文で分析したのとは別の内務省警察資料を材料に、「戦争中に軍が慰安婦を調達した事実」を示しておきたい。

 

 その警察資料とは、「支那渡航婦女に関する件伺」(昭和一三年一一月四日付)という内務省警保局の内部文書であり、アジア歴史資料センターにおいて公開されている。レファレンスコードはA05032044480。

 同じものがアジア女性基金から刊行された『政府調査「従軍慰安婦関係資料集成』第1巻にも収録されており、pdf版では111頁から137頁までがそれにあたる。

 もとの資料は手書きで読みにくいが、翻刻したものが、以下のサイトに掲載されているので、こちらを見られた方がいいかもしれない。

http://www.bekkoame.ne.jp/~yamadan/mondai/rmal14/react785.html

 この資料は1938年秋に広東攻略のために華南に派遣された第21軍の求めに応じて、慰安婦要員となる女性約4〇〇名を華南に渡航させるよう命じた内務省警保局長の通牒、すなわち大阪京都兵庫福岡山口各府県知事宛「南支方面渡航婦女の取り扱いに関する件」(警保局警発甲第一三六号 昭和一三年一一月八日施行)の起案文書である。

 

 この「支那渡航婦女に関する件伺」には、次のように記されている。

本日南支派遣軍古荘部隊参謀陸軍航空兵少佐久門有文及陸軍省徴募課長より南支派遣軍の慰安所設置の為必要に付醜業を目的とする婦女約四百名を渡航せしむる様配意ありたしとの申出ありたるに付ては、本年二月二十三内務省発警第五号通牒の趣旨に依り之を取扱ふこととし、左記を各地方廳に通牒し密に適當なる引率者(抱主)を選定、之をして婦女を募集せしめ現地に向はしむる様取計相成可然哉

現代語に訳すと、

本日、南支派遣軍(第21軍)の古荘(幹郎・第21軍司令官)部隊の参謀である陸軍航空兵少佐久門有文と陸軍省徴募課長(小松光彦大佐)の両名から、南支派遣軍に慰安所を設置するために必要であるので、売春に従事する婦女約400名を渡航させるよう配慮いただきたいとの申し出がありましたので、本年2月23日付の内務省発警第5号通牒の趣旨にもとづいて、これを処理することとし、左の通牒を各府県に発し、内密に適当なる引率者(抱主=すなわち売春業者で慰安所の委託経営者)を選び、彼らに女性を募集させ、その引率のもとで現地に向かわせることにするのがいいと考えますがいかがでしょうか。

となる。

 この伺いは警保局長の決裁を受け、その趣旨(抱主を警察が選定して、それに女性を集めさせて現地に連れて行かせるよう措置させる旨)の通牒が関係府県に出されたのであった。

 これからわかるように、第21軍司令部と陸軍省警察慰安婦の調達と送出を依頼し、警察がそれに全面的に協力したのである。軍から依頼された警察は、現地に渡って慰安所を経営する業者を選び、彼らに女性を集めさせ、渡航させたのであった。

 

 なお、上記の警察資料には、警保局に出された久門少佐名刺が残っている。

 その表には、

「南支派遣参謀

  陸軍航空兵少佐 久門有文(花押)

 警保局長閣下

とあり、名刺の裏には

「娘子軍約五百名広東ニ御派遣方御斡旋願上候」

と記されている。久門少佐は、「慰安所で働く女性を約500名広東に派遣するよう斡旋をお願い申し上げます」と、内務省警保局長(現在でいえば警察庁長官に相当)に依頼したのであった。

 ただし、『政府調査「従軍慰安婦関係資料集成』第1巻には、名刺の裏は印刷されていないので、名刺の裏を見たい方は、アジア歴史資料センターの方を参照されたい。

 

 第21軍の軍医部長陸軍省会議で行った報告によると、昭和14年4月の時点で第21軍には1400名から1600名の慰安婦がいた。その多くが、上記のような方法で華南に送られたのであろう。

 

 上記の資料は、石原都知事の言明とはちがって、「軍が調達した事実」を物語っている。

zames_makizames_maki2007/06/01 14:48永井先生こんにちわ、lunakkoさんとの長く重厚な議論さすがだなあと感心しています。完璧な議論により戦地でのインフレ軍票に関する事情が明らかになる事を待望しております。さてお願いがあります。現在慰安婦×給料でGoogle、Yahooで検索するとgooとYahooでの「教えてシステム」が上位に来ます。この2つはまだ受付中(Yahooは1週間で締め切り)なのでもしお暇があれば、ご意見を書いてみて下さい、非常に多くの人が見る可能性があると思います。
Yahoo知恵袋:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211754567
goo教えて:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3045617.html』

nagaikazunagaikazu2007/06/02 01:27zames_makiさん、おさそいありがとうございます。とはいえ、私のほうは、lunakkoさんお一人の相手でも、たいへんなありさまですので、当面は戦線を広げるのは、控えることにいたします。
 ところで、zames_makiさんなら、よくおわかりだろうと思いますけれど、私は、慰安所および慰安婦の専門家ではなくて、慰安婦に関連する論文(1本だけですが)書いたことがある、ただの日本近現代史研究者にすぎないのですが、ネット上では吉見氏や鈴木裕子氏や林博史氏、吉野瑠美子氏、尹明淑氏などと並べて専門家扱いされるの見せられると、尻こそばゆい気がしてなりません。
 これもインターネットのおかげなのでしょうが、ちょっとコワイ気もしないではありません。