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永井和の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-01-132015年12月28日の日韓合意について このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

昨年12月に、慰安婦問題に関して日本と韓国の外相会談が開かれ、解決にむけての日韓政府間合意が成立した。この件につき、1月初めに韓国のある雑誌から、質問を受けた、以下に掲げるのは、その質問に対する回答である。備忘のために記録しておく。

質問1.この問題を研究されてきた学者から見て、慰安婦問題での今回の合意に対して、その内容・形式・過程などを肯定的に評価されますか、それとも否定的に評価されますか? その理由も一緒にお教えください。

回答1

 2011年に韓国憲法裁判所は、元「慰安婦」の損害賠償請求権問題の解決をめざして、韓国政府が具体的な努力をしないのは憲法違反であるとの見解を示しました。これにより韓国政府は日本政府に対して「慰安婦」問題の解決を求める外交交渉を進めるべき責務をおったわけです。その交渉の結果が、今回の日韓合意でありました。いろいろ問題を抱えてはいますが、困難な外交交渉を乗り切って、ともかくも合意にまで至ったことは、韓国政府にとっては自己に課された責務を果たしことになると思います。

 しかし、今回の合意はあくまでも日韓両政府の間の合意であって、被害者であり、損害賠償請求者である元「慰安婦」の方々の合意はまだ得られていません。被害者である元「慰安婦」の方々が納得して認めた時に、はじめて「慰安婦」問題も解決されたと言うことができるのであり、すべては、この合意で示された解決策に対して元「慰安婦」の方々の同意が得られるかどうかにかかっています。

 今のところその同意を得るのは困難にみえます。なぜならば、今回示された解決策は、ご承知のように、かつて1990年代に日本政府が実施した解決策の延長線上にあり、それを補完するものにすぎないからです。90年代の解決策とは、「河野談話」の公表と「女性のためのアジア平和国民基金」の「償い事業」との組み合わせを言います。当時の日本の内閣は、日本軍の慰安所政策により「多数の女性の名誉と尊厳」が傷つけられたとし、それに対する軍の関与と政府の責任を認め、謝罪と反省の意を示しました。しかし同時に、植民地時代の被害に対する請求権問題は、日韓基本条約の締結時に解決済みであるとして、国家による賠償には応じませんでした。

それに代わる便法として実施されたのが、民間基金による「償い事業」で、これに日本政府が補助金を与えることによって、実質的な政府補償の代わりとするというのが日本側の理解でした。 しかし、ご存知のように、この90年代の解決策は、欺瞞的・不誠実であるとして、韓国の元「慰安婦」の方々から忌避され、「慰安婦」問題の完全な解決にはいたりませんでした。現在の「慰安婦」問題の淵源のひとつは、この90年代の解決策が成功しなかったことに求められます。

 今回の日韓合意で日本側が提示したものは、この90年代の解決策を継承し、それを補完するものであって、元「慰安婦」の方々から提示された批判に応じるものではありません。それゆえ原理原則からみれば、元「慰安婦」の方々にとって、今回の合意による解決策を受け入れるのはかなり難しいことだと思われます。

 

質問2.1965年韓日協定で請求権は終了されたというのが日本政府の立場であり、今回もその部分は変わっていないと見えますが、1965年当時の韓日協定に比べたら、(慰安婦問題に限られますが)今回合意の特徴や性格はどうだと見ていらっしゃいますか?

回答2

 1で述べたように、今回の合意は、90年代に日本側が提示した解決策を踏襲したもので、その繰り返しにすぎません。日韓協定における請求権問題との関係について言えば、請求権問題はすでに解決済みであり、国家が法的責任を負う損害賠償には応じられない、しかし元「慰安婦」の方々が被害を受けたことは事実なので、それに対しては請求権問題の法的な枠組みとは別に処理するというのが、日本側の論理でした。今回もその論理によって処理されていると思います。

質問3.今回の合意のずっと前、アジア女性基金という試みがありました。一部の被害者以外には拒否しましたが、今回は民間募金ではなく、日本政府の予算というところが違います。アジア女性基金に比べると、今回の合意結果をどう評価されるかを教えていただけませんか?

回答3

 すでにアジア女性基金の段階で、基金を運用する財団への補助金というかたちで、日本政府の予算から資金が流れ込んでいました。今回は韓国政府の責任でつくられる財団に日本政府が支援するということですので、その点においてちがいはありますが、大筋においては大きなちがいはないのではないでしょうか。

質問4.今回の合意で安倍晋三首相は、首相として元慰安婦に対し「日本政府の責任を痛感」「心からのおわびと反省」を表明しました。今回の合意を、謝罪・責任認定という点から見ると、どのように評価されるかをお聞かせください。

回答4

 今回の合意において、安倍政権は「河野談話」を踏襲し、「軍の関与の下、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた」として日本政府の責任を認め、内閣総理大臣の心からのお詫びを表明しました。安倍政権の今までの態度からすれば、これは大きな譲歩であり、ある意味では「英断」と言ってもよいかと思います。これ以降、安倍政権が「河野談話」に対して否定的な立場をとったり、「慰安婦」問題に関して、その犯罪性もしくは非人道性を否定したり、軍の関与や政府の責任を否認したりすることは、非常に難しくなります。その意味で、日本国内の歴史修正主義的な動向に対する大きな歯止めとなることが期待できます。

 安倍政権が、これほどの譲歩をなぜおこなったのか。ひとつの理由は回答5で述べますように、韓国政府を巻き込むためには、その譲歩が絶対に必要であったためだと考えられます。また、安倍政権が最初とろうとしたような、「人さらい的な強制連行の有無」のみを問題にする姿勢では、国際的に通用しない、とくにアメリカ合衆国からの側面支援をえることはできないことを、学習したからでもありましょう。また、安保法制を成立させて自信をもった安倍政権は、たとえそのような譲歩を行っても、国内の右派からの反対を容易に乗り切れるとの計算も働いていたのかもしれません。

質問5.「平和の碑」(少女像)に関連して、少女像の撤去が合意の前提条件だったとか、「適切に移転されると認識する」などの発言・報道がありました。韓国政府は今回の合意で、この少女像に対する懸念に関して、関連団体との協議などを通じて適切に解決されるよう努力するとしました。この問題に対して、両国はどう対応すべきだと見ていらっしゃいますか?

回答5

今回の合意は、1で述べたように、90年代の解決策の再提示であるわけですが、90年代のそれにはなかった新しい要素が含まれています。それは韓国政府のコミットメントです。今回の日韓合意により、韓国政府は日本政府によって提示された解決策を受け入れ、それを元「慰安婦」の方々に受け入れてもらうように説得する義務を負ったことになります。日本側からみれば、90年代には日本側の提示した解決策は元「慰安婦」の方々の拒否に出会って、うまくいきませんでしたが、今回はその反対を説得する役割を韓国政府に引き受けさせることに成功したことになります。

河野談話」に対して否定的であった安倍政権が、今回の合意において、軍の関与と政府の責任を認め、謝罪と反省の意を示して、「河野談話」を踏襲するという大きな譲歩をあえておこなったのは、それと引き替えに韓国政府から上記のような約束をとりつけることができたからであると、私は考えています。

今回の合意は、じつは「慰安婦」問題解決の責任を日本政府から韓国政府に肩代わりさせる巧妙な外交的措置と解釈できるのではないでしょうか。その側面を象徴しているのが、「少女像」撤去要求だと思います。

質問6.今回の合意に対する日本内の全般的な世論をお聞きしてよろしいでしょうか?社会全般的に見ると、どういう雰囲気を読めるのかをお聞きしたいと思います。

 

回答6

マスコミの論調には詳しくないので、日本国内の動向は正確なところはわかりません。ただ、日本国内の多数の雰囲気としては、今回の合意に基づいて、「慰安婦」問題が解決し、「慰安婦」問題について日本が韓国から批判されることがなくなれば、それを歓迎するというものだと思います。韓国側がそれを拒否した場合、日本国内の多数は、それに対して韓国側に理があるとは考えないだろうと推測されます。元「慰安婦」の方々が今回の合意を拒否するのには、それなりのきちんとした理由があることを理解できる日本人は、残念ながら少数にとどまります。

 いっぽう、「慰安婦」問題の存在そのものを否認する右派の人々は、今回の合意において安倍政権が日本の責任を認めたことに対して失望しているようです。

 

質問7.いわゆる吉田証言が誤報だったと「朝日新聞」が認定し、はたして韓半島で強制連行はあったのかをめぐって朴(パク)ユハさんが「帝国の慰安婦」で主張するなど、強制連行に対する疑問が出てきました。「すくなくとも韓半島では強制連行はなかったし、少女が日本軍や警察に連行されるようなことはなかったり、あったとしてもきわめて例外的な事例なので、日本に法的責任を求めるのは無理」という一連の主張について、どのようにお考えになりますか。

 

回答7

私は、そのような議論は、日本の右派がつくった「強制連行の有無のみを争点とする」議論の枠組みを無批判に受け入れてしまっているので、問題があると考えています。パク・ユハさんの主張では、慰安所で働く女性を集める役割を担っていた民間人(純粋な民間人ではなくて日本軍から業務を委託されている)が、就業詐欺や人身売買で女性を集めてきて働かせ、日本軍がそれを黙認して、女性を解放せずに、そのまま軍の管理する慰安所で働かせていても(これは当時においても立派な犯罪です)、日本軍には法的責任はないということになります。

パク・ユハさんの軍慰安所に対する認識は、もっぱら秦郁彦氏の慰安所=戦地公娼施設論に依拠しています。しかし、秦氏の説が誤りであることを、私は軍や警察の史料を用いて実証しました。

質問8.合意結果をめぐっては、「この道以外にはない」から、「受け止められない」、「無効」との声までも出ていると思います。とくに被害当事者と、支援団体は、「無効」「無視する」と全面的にしています。(被害当事者に関しては、受け止めるという方もいると報道もありましたが、その方も満足ではないと言っていました)慰安婦問題の真の解決のためには、これから両国がどうこの合意結果を受け止めて、これから何をすべきかに対するご意見をお願い申し上げます。

回答8

今回の合意にもとづき、韓国政府は提示された解決策を受け入れるよう、元「慰安婦」の方々に対して懸命の説得をおこなうことになるでしょう。その説得工作が成功するかどうかは、私にはわかりません。それを決めるのは元「慰安婦」の方々です。彼女たちの決断がどのようなものになるにせよ、その結論は尊重されねばならないと思います。

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2014-09-22【追記あり】池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を

池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を書いていますよ! 00:32 池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を書いていますよ! - 永井和の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を書いていますよ! - 永井和の日記 池田センセイ、永井和はウェブサイトに「そんなこと」を書いていますよ! - 永井和の日記 のブックマークコメント

平野啓一郎氏がtwitterに、

世界から、日本軍が慰安所なるものを設置・運営して、深刻な人権蹂躙を行っていたこと自体を非難されてる時に、「いえ、家に押し入ったり銃剣突きつけたりした証拠ないですから!業者使って欺して連れてきただけですから!」と胸を張るのは何なのか?理解力がないのか、人権感覚が狂ってるのか。

https://twitter.com/intent/favorite?tweet_id=512776686882934784

と記したところ、

 池田信夫氏がブログで次のように批判した。そこで、なぜか私の論文のことを引き合いに出しているので、一言しておきたい。

これもうんざりする古い嘘だ。「業者使って欺して連れてきただけですから!」などと言っているのは、彼のように理解力も人権感覚もない小説家だけだ。彼の参照している永井和氏のウェブサイトにも、そんなことは書かれていない。彼は吉見氏と一緒に「広義の強制」を宣伝した仲間だが、プロの歴史家なので、平野氏のように妄想を書いてはいない。

http://blogos.com/article/94907/

誉めていただいたのにはなはだ恐縮だが、池田氏の評価基準からすれば、私も平野氏に負けないくらい「理解力も人権感覚もない」「妄想を書いている」歴史家であることになる。なぜなら、以下に引用するように、平野氏と基本的に同じことを主張しているからである。

 該当箇所を、池田氏がリンクをはっている私のウェブサイトから引用しておきたい。

なお、慰安所と軍の関係について自分自身の考えをあらかじめここではっきりさせておくと、私は、慰安所とは将兵の性欲を処理させるために軍が設置した兵站付属施設であったと理解している。その点では吉見と同じ考えに立っており、これを民間業者の経営する一般の公娼施設と同じであるとして、軍および政府の関与と責任を否定する自由主義史観派には与しない。もっぱら「強制連行」の有無をもって慰安所問題に対する軍および政府の責任を否定せんとする彼らの言説は、それ以外の形態であれば、軍と政府の関与は何ら問題にならないし、問題とすべきではないとの主張を暗黙のうちに含んでいるのであり、慰安所と軍および政府の関係を隠蔽し、慰安所の存在を正当化するものと言わざるをえないからである。

なおこれに関連していえば、「軍慰安所で性的労働に従事する女性を、その本人の意志に反して、就労詐欺や誘拐、脅迫、拉致・略取などの方法を用いて集めること、およびそのようにして集めた女性を、本人の意志に反して、軍慰安所で性的労働に従事させること」をもって「慰安婦の強制連行」と定義してよいのであれば、たとえ軍が直接に手を下したり、命令を出したりしなかったとしても、右にあげた例のように、組織的に「見て見ぬふり」をしていた場合、すなわち軍から慰安所の経営を委託された民間業者やそれに依頼された募集業者が詐欺や誘拐によって女性を軍慰安所に連れてきて働かせ、しかも軍慰安所の管理者である軍がそれを摘発せずに、事情を知ってなおそのまま働かせたような場合には、日本軍が強制連行を行なったといわれても、それはしかたがないであろう。

http://nagaikazu.la.coocan.jp/works/guniansyo.htm

 念のために書いておくと、池田氏の上記のブログの言説は、「もっぱら「強制連行」の有無をもって慰安所問題に対する軍および政府の責任を否定せんとする言説」の一例であり、それを批判するために、私は上記の論文を書いたのである。

 池田氏も、先に紹介した読売新聞の記者と同じで、自分が読みたいものしか読まない人であるらしい。ついでに言えば、文章表現力もちょっとおかしい。平野氏を「「業者使って欺して連れてきただけですから!」などと言っている」と表現するのは、明らかに言葉足らずで、池田氏の言いたいことを正しく理解するには、読み手が言葉を補わなければいけないだろう。

 さらに蛇足だが、池田氏は上記ブログで、「河野談話」により日韓間の「慰安婦問題」には最終的決着がつけられた(だから日韓間に「歴史問題」など存在しない)と主張している。とすれば、池田氏にとっては「河野談話」は死守すべきでもので、その撤回などとんでもないということになると思われるのだが、はたしてそれでいいのだろうかと、他人事ながら心配になる。

 

【追記】

 上記の池田氏のブログ(2014年09月20日)の前日(2014年9月19日)に、池田氏がTwitterに次のようにつぶやいているのを最近になって知った。

https://twitter.com/ikedanob/status/513174238946410496

永井和氏は吉見義明氏と同じ「広義の強制」派。彼のいう「軍の関与」について、日本政府がすでに認めて謝罪したことを知らないようだ。22年前の史実を知らない歴史家って何なの?|日本軍の慰安所政策について http://ow.ly/BIaQq

 私のいう「軍の関与」と池田氏の認めている「軍の関与」とでは、中味がかなりちがうのだが(それゆえ日本政府と軍部が負うべき責任の性格についての理解も異なってくる)、それはひとまずおくとして、私の論文へのポインタを提示した上で、

日本政府がすでに認めて謝罪したことを知らないようだ。22年前の史実を知らない歴史家って何なの?

と書く池田氏は、私の理解をこえている。他人を誹謗中傷するにしても、もう少し簡単に馬脚があらわれないように工夫すべきだと思うのだが、そういう配慮もないのだろうか。

 池田氏が紹介してくれている「日本軍の慰安所政策について」のはじめのところで、私はこう書いている。

所謂「従軍慰安婦論争」は、(略)そして政府調査結果をふまえてなされた日本政府の謝罪と反省の意志表明といった、一連の動きに対する反発、反動としてとらえることができる。

 残念ながら、私は論文を書いた時点で、日本政府が謝罪した「22年前の史実」を知った上で書いているのは明かである。自分がポインタを示した先の論文を読者が読めば、すぐにバレるような嘘を吐いて、他者を非難する池田氏って何なの?とこちらが聞きたいくらいである。

 なお、池田氏は「強制連行否定論者」ではあるが、「軍の関与」およびそれによって生じる日本政府の「道義的責任」は認めており、日本政府が被害者である元慰安婦に謝罪したのは当然のことであったという認識つまり「河野談話」の正当性を認め、それを堅持すべきとする立場(言葉を換えれば、「河野談話」とアジア女性基金の「償い金」ですでに「慰安婦問題」は解決済みであり、それ以上の譲歩(謝罪や賠償)は一切すべきでないという立場)に立っていることが確認できたのは、ある意味で収穫であった。

 その点で、池田氏は「河野談話」そのものを否定し、撤回すべきとする論者とは異なるわけである。でも、これは「強制連行否定論者」の二面性、いっぽうで強制性を認めたとして「河野談話」を非難し、同時にこれで謝罪はすんでいるとしてタテにとる、その二面性のあらわれにすぎないのかもしれない。安倍首相だって、橋下市長だって、「道義的責任」は認めているわけだから。

 

 

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2014-09-01読売新聞のお役に立てなかった私の論文 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 8月25日休暇をとって海外に滞在していた私のところに、勤務先の事務室と所属学会の事務局から、FAXとメールが転送されてきた。どちらも差し出し人は同じ人で、読売新聞政治部の記者である。

 FAXおよびメールの内容は、私に対する取材依頼であった。従軍慰安婦問題を取材する中で私の論文「日本軍の慰安所政策について」を知り、インターネットに掲載されたものを読んだが、今後新聞や出版物でとりあげたいので、論文の理解がまちがっていないかどうか、確認してほしいという依頼である。記者が示した文面は以下のようなものだった。

読売新聞記者の要約

【論文の主旨の要約】

① 慰安所は「軍が設置した兵站(たん)付属施設」だった。

② 警察は、慰安婦募集業者が「皇軍慰安所」などの名前を使って募集を行うことは軍の威信を傷つけ、留守家庭に悪影響を与えるとして、軍直轄という事実を明らかにした形での募集行為を取り締まる方針(隠蔽化方針)を決めた。

③ 「副官通牒」は、出先軍司令部にこうした警察方針を周知徹底する指示文書であり、それによって慰安婦募集業者の活動を警察の規制下におこうとした。

【慰安婦「強制連行」との関連】

 「副官通牒(通達)から『強制連行』や『強制徴集』の事実があったと断定ないし推測する解釈は成り立たない」

 警察資料を根拠に、少なくとも日本本土においては強制連行がなかったという「作業仮説」のもとで解釈を行っている。

 正直言うと、これを読んで面喰らってしまった。【論文の主旨の要約】の部分①②③は、字面だけとれば、たしかに私の論文にはそれに近いことが記されているが(もっともそうはいっても、この要約には正確さが欠けている)、ほんとうに私が主張したいことはぜんぜんくみ取られていない。さらに、次の【慰安婦「強制連行」との関連】にいたっては、私の主張は無視され、まったく逆のことを言っているかのようにまとめられている。これでは、私がこの論文で「強制連行はなかった」と主張しているかのようにとられかねない。いったい、どういう理解をすれば、上記のような要約が出てくるのか不思議である。この記者の論文読解力はいったいどうなっているのか、と。

 そこで、私は取材依頼に対して次のように返信した。この時点では、私は読売新聞記者がなぜ私に取材しようとしたのか、どのような記事を書くために取材しているのか、まったく見当がつかなかったので、自分の論文について誤った記事が掲載されるのを防止するために、読売の記者が提示した文面を修正するかたちで、返答することにした。一から自分の論文の要約を書くのであれば、またちがった内容になるであろうことを、先に注記しておく。

永井の返信

 FAX拝読しました。ご呈示の【論文の主旨の要約】3点および【「慰安婦」強制連行との関連】ですが、著者である私から言わせていただきますと、拙論についての理解としては十分ではないと思います。以下のように変更していただくようお願いします。とくに【論文の主旨の要約】の②(修正分)は、③、④の結論を導くための重要な論点あり、私の論文の核心部分ともいえますので、これを省略はできません。この点ご理解ください。

 また、第二項目は【「副官通牒」と強制連行との関連】ではなく、【「慰安婦」と強制連行との関連】となっています。【「副官通牒」と強制連行との関連】であれば、①(修正分)だけでいいかと思いますが、【「慰安婦」と強制連行との関連】と一般的な設定となっていますので、その場合は②(修正分)が是非とも必要となります。

 以上、文章的には長くなりましたが、私の論文の主旨を新聞読者の皆様が誤解されるようなことがあっては困りますので、詳しく記した次第です。もし、長すぎてお困りになるようでしたら、私の論文について記事にされるのをお止めいただくか、あるいは著者の了解を得ていないことを明記していただくようお願いいたします。

 勝手なことを申し上げて、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくご高配のほどを。

修正分

【論文の主旨の要約】

①慰安所は所属将兵の性欲を処理させるために日本軍が設置した兵站付属施設であり、民間業者が経営する一般の公娼施設とは異なる。軍および政府の関与と責任を否定することはできない。

②1937年末に中支那方面軍が軍慰安所を設置し、その指示のもと売春業者達が日本国内および朝鮮に派遣され、軍慰安所で働く女性の募集をはじめた。それを察知した日本内地の一部の地方警察は、軍がまさかそのような施設を作るとは思いもしなかったので、募集活動の取締と慰安婦の中国渡航を禁止しようとした。

③この動きを知った内務省は、慰安所開設は軍の方針であることを地方警察に周知させるため通達を発し、慰安婦の募集と渡航を容認する一方で、軍の威信を保持し、兵士の留守家庭の動揺を防ぐために、軍と慰安所の関係を隠蔽化する方向で募集行為を規制するよう指示した。

④「副官通牒」は、このような内務省の規制方針にそうように、慰安婦の募集にあたる業者の選定に注意をはらい、地元警察・憲兵隊との連絡を密にとるように命じた、出先軍司令部向けに陸軍省から出された指示文書である。

【「慰安婦」と強制連行との関連】

①現存する1937年末から1938年初にかけての警察報告をみるかぎり、和歌山での婦女誘拐容疑事件(これは大阪の警察が慰安婦の「公募」証明を出したことによって容疑者は釈放された)を除き、警察は「強制連行」や「強制徴募」の事例を一件もつかんでいなかったと言わざるをえない。だとすれば、「副官通牒」から「強制連行」や「強制徴集」の事実があったと断定ないし推測する解釈は成り立たないことになるし、また、これをもって「強制連行を業者がすることを禁じた文書」とする主張も誤りと言わざるをえない。

②秦郁彦氏の研究でも就労詐欺や誘拐によって女性が集められた事例が多いことが明かになっている。「軍慰安所で性的労働に従事する女性を、その本人の意志に反して、就労詐欺や誘拐、脅迫、拉致・略取などの方法を用いて集めること、およびそのようにして集めた女性を、本人の意志に反して、軍慰安所で性的労働に従事させること」をもって「慰安婦の強制連行」と定義してよいのであれば、軍から依頼された業者が詐欺や誘拐によって女性を軍慰安所に連れてきて働かせ、しかも軍慰安所の管理者である軍がそれを摘発せずに、事情を知ってなおそのまま働かせたような場合には、日本軍が強制連行を行なったといわれても、それはしかたがないであろう。

 この返信に対して、読売の記者からは、私の論文要旨に関する修正案をすべて採用する方向で検討したいとの返答があり、また【「慰安婦」と強制連行との関係】と見出しにしたが、じつは【「副官通牒」と強制連行との関係】のつもりであったという釈明があった。もっとも、その後私の論文を紹介する記事が掲載された形跡はなさそうなので、検討の結果取材記事はボツになったようである。

 さらに記者は、私の論文のことを知ったのは、8月5日の朝日新聞の特集記事「慰安婦問題を考える 上」で私の論が引用されていたからであること、朝日の記事を最初に読んだ時には、「副官通牒」の前提となる内務省警保局長通牒について、私が「強制連行のような違法行為が実際におこなわれていたので、警察が業者に対し、軍との関係を口外しないように規制した」ものと主張しているように思えたが、実際に私の論文を読んでみたところ、そうではなさそうなので、私の論文の主旨を正しく紹介したいと思って、取材したのだと、説明してくれた。

 この説明から、読売の記者は朝日新聞の慰安婦問題特集を批判する材料として、私の論文に注目し、取材を申し込んできたことがわかった。さらに、この記者が「強制連行の有無」にしか関心を寄せていないこと、つまり「慰安婦問題とは強制連行の有無の問題にすぎない」という枠組みでしか、この問題をみようとしない人物であり、かつてこのブログで「慰安所・慰安婦関係の公文書の解釈と評価を、ただそれが「強制連行・強制徴集を示す証拠であるのか、ないのか」といった単一の判断基準のみでおこなおうとする傾向を、典型的なかたちで示している」と批判したサンケイ新聞の古森義久記者と同じ思考をする人物であることが了解されたのであった。

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070726

 

 その2日後から読売新聞は慰安婦問題に関して朝日新聞を攻撃する特集記事を連載しはじめた。私に取材依頼をしてきた記者が、この特集記事でどのような役割を果たしたのか、私にはわからない。しかし、YOMIURI ONLINEに掲載された記事を読む限り、特集全体が上記のような思考の枠組みで書かれているといってまちがいないであろう。ともかく、私の論文は読売新聞のお役には立たなかったようである。

2014-08-28吉見裁判第5回口頭弁論の案内 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「吉見義明教授の裁判闘争を支持し、「慰安婦」問題の根本的解決を求める研究者の声明」事務局から、吉見裁判第5回口頭弁論の案内が送られてきたので転送します。

吉見裁判第5回口頭弁論のご案内

■ 第5回口頭弁論

日時:2014年9月8日(月)15時〜

場所:東京地方裁判所103号大法廷

■ 報告集会

裁判が終わりしだい(時間未定)、東京地方裁判所近くの日比谷図書文化館4階スタジオプラス(小ホール)にて、報告集会を開催する予定です(参加費:500円)。ふるってご参加ください!!

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吉見義明教授の裁判闘争を支持し、

「慰安婦」問題の根本的解決を求める研究者の声明

http://y-support.hatenablog.com/

y-support@freeml.com

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2014-08-19EBS(韓国教育テレビ)のインタビュー

EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 09:27 EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 - 永井和の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 - 永井和の日記 EBSドキュメンタリー番組「終わらない歴史、日本軍慰安婦の真実」の取材への回答 - 永井和の日記 のブックマークコメント

 8月14日のシンポジウムの前に、EBS(韓国教育テレビ)のドキュメンタリー番組のために取材がおこなわれた。取材は、あらかじめ用意された質問に私が答える形式でおこなわれた。

 以下は前日に渡された質問に対する回答として、用意したものである。ただ、実際の取材の際には、時間の制限もあり、以下の文言どおりに話すことはできなかった。

質問1:戦時における慰安婦または日本軍性奴隷事件の歴史的、現在的な意味は何でしょうか?

まず、最初にお断りしておきたいのは、私と日本でいうところの「従軍慰安婦問題」との関わりについてです。私自身は、十五年戦争(日本では満洲事変からアジア・太平洋戦争にいたる戦争をこのように呼んでいます)期の日本の政治史・外交史・軍事史を専門とする歴史家であり、今まで「従軍慰安婦問題」に深い関わりをもってきたわけではありません。私の研究は日中戦争中に本格的に出現した日本軍の慰安所制度が軍の編制上どのような性格をもつものかを明らかにしたものであり、広い意味での軍事史研究に属するものです。「従軍慰安婦問題」とは、過去の戦争において性暴力の被害者となった女性の名誉と尊厳と回復することをめざした人権問題ではありますが、しかし同時に、それをめぐっての国際問題であり、かつまた関係する国家とくに日本、韓国など東アジアの国々の国内の政治・社会問題であり、1990年代にはじまり、今なお係争中のまさに現在の問題にほかなりません。問題は多岐にわたり、多くの国々、多くの人々を巻き込んだ世界的な社会問題という様相を呈しています。そのような複雑で困難な問題について、何らかの有効な発言ができる資格と能力が私にあるとは思えません。あくまでも、「従軍慰安婦問題」を構成するさまざまな要素のごく一部にすぎない日本軍慰安所制度の研究者という限られた視点からの回答であり、多くの点で不備があることを、ご理解ください。

歴史的にいえば、日本軍の慰安所は、所属する軍構成員の性欲を処理させるために、日本の陸海軍が設置した軍の後方支援施設であり、そのような軍慰安所で軍人達の性欲を処理するために過酷な労働に従事させられた女性達すなわち軍慰安所従業婦が「慰安婦」と呼ばれました。日本軍は軍慰安所を軍の戦時編制上、必要不可欠の要素と位置づけました。ある程度以上の大きさの部隊には必ず慰安所が付設されたのです。そのため戦争の拡大とともに日本軍の野戦兵力が増大するにつれ、多数の「慰安婦」が必要となりました。しかし、誰も好きこのんでこのような業務につく者はいません。軍の需要を満たすために、軍はすでに存在していた実質的な人身売買制度を大いに利用しましたが、それだけではまかないきれません。必要とする「慰安婦」を充足させるために、軍の意向を体した女衒たちが拉致、誘拐、就職詐欺などの方法で女性を集め、軍はそれをそのまま収受して慰安所で働かせました。さらに前線末端の部隊ではそれこそ文字通り人さらい的に占領地の女性を無理矢理連行し、「慰安婦」の調達をはかることもおこなわれました。

日本軍は慰安所を軍隊の維持のため必須の装置とみなしましたが、しかし同時に軍および政府は、軍が性欲処理施設を軍の編制に組み込み、女性をそこで働かせているという「恥ずべき」事実については、これをできるかぎり隠蔽する方針をとりました。軍の威信を維持し、出征兵士の家族の動揺を防止するために、すなわち日本帝国の戦時総動員体制を維持するために、慰安所と軍・国家の関係は公的にはふれてはいけないこととされたのです。「慰安婦」は軍・国家から性的「奉仕」を要求されると同時に、その関係を軍・国家によってたえず否認され続ける女性達であったといえましょう。軍は慰安所に関する規則をつくりましたが、このような方針がとられたために、「慰安婦」の保護に関するものはひとつも含まれていません。日本国内や植民地の公娼制度と比較しても、「慰安婦」はまったくの無保護、無権利状態におかれていたといわざるをえません。

現在的にいえば、戦時性暴力の被害者を救済し、その再発を防ぐにはいかにすべきかという、世界的な課題につながる問題ととらえることができます。もしも、この個別的問題について被害者の納得できる解決が導き出されば、それは将来にむけて大きな貢献となるでしょう。もちろん日韓間の問題としては、それにとどまらず戦争被害の補償にかかわる戦争責任・植民地支配責任の問題であると考えています。

質問2:戦時における慰安婦または日本軍性奴隷事件の解決に向けた前提条件、または究極的な解決方策は何でしょうか?

究極的な解決方策は、被害者である元「慰安婦」の方々が納得いくものでなければならないと思います。ただし、その要求がすべてかなえられるかといえば、現在の日本政府の状況、日本社会の動向からすれば、たいへん難しいと言わざるをえません。より具体的な前提条件としては、やはり日韓基本条約とその附属協定の解釈変更あるいはそれらの一部棚上げが必要とされるのではないかと思われます。ご承知のように、1990年代に日本側が提示した解決策であるアジア女性基金の「償い事業」は、日韓基本条約とその附属協定は変更不可能との前提のもとで成立しました。しかしその解決策は、問題をさらに紛糾させただけで、問題の解決にはつながりませんでした。この失敗に鑑みれば、まず日韓基本条約とその附属協定を再考することが必要ではないかと思われます。しかし、それは日韓関係をさらに不安定にさせる道となってしまうかもしれません。

質問3:日・韓両国が、同問題を解決するために、最も妨げるものまたは困難な点は何でしょう。

日本側のことはわかりますが、韓国については私にはよくわかりません。日本側において解決を妨げている最も困難な点と私が考えるのは、この問題に対して、「日本は何も悪いことはしていない」あるいは「日本だけが悪いのではない他国も同じことをやっていた」とする「日本無罪論」が日本政府の一部や有力な政党によって声高に主張されるばかりでなく、現在の日本社会でそれが少なからぬ支持を得ていることです。ここ20年ほどの間、日本のナショナリズムは戦後日本が生み出したものを享受しながら、他方で戦後日本が自らに課した拘束をふりほどこうとしてきました。しかも、戦後からの脱却をめざすにあたって、戦後の自己拘束の原因である自ら起こした侵略戦争を反省し、その全否定を再確認するのではなくて、逆に過去の戦争の一部を肯定することで、その悪を相対化し、それによって戦後から脱却しようとしてきたのです。それが、先ほどの「日本無罪論」が広く支持される背景となっています。これは私には危険な道にみえますが、そう考えない日本人は決して少なくはありません。

 韓国のことはわかりませんが、もし韓国のナショナリズムが問題となるとすれば、あるいはそれは日本軍の「慰安婦」問題が解決されたあとのことかもしれません。先ほど述べたように、日本軍「慰安婦」問題が戦時性暴力問題解決のモデルケースとなれば、他の戦時性暴力問題の解決へと視野が転じる契機となるでしょう。その時、韓国は韓国としてまた別個の問題に直面することになるでしょう。韓国のナショナリズムがその問題の解決に壁となってたちはだかるかどうか、私には何ともいえませんが、それが試される時が来るのではないかと思います。

質問4:日本は、当時国際条約と国内法を無視して最前線にまで慰安所を設置・運営するなど、国家が直接介入したにもかかわらず、国家の責任を否認しています。これに対する先生の立場と意見は何でしょうか?

上にも述べましたように、軍慰安所は、日本軍が所属将兵の性欲処理のために設置した後方支援施設の一種であるというのが、私の研究の結論であり、このことを軍や警察の内部文書と軍人の日記などを史料に実証しました。軍慰安所が軍事上の必要から設置された軍の後方支援施設の一種であるかぎり、そこでなされた「慰安婦」に対する強制や虐待の究極的な責任は政府および軍に帰属するというのがそこから導き出される結論です。ただし、慰安所そのものは軍の編制規則(陸軍の場合は、野戦酒保規程という名の陸軍大臣が定めた軍令規則)にその法的根拠をもっています。

質問5:慰安婦事件を戦地の公娼制として説明する視角に対する先生の立場と意見は何でしょうか。

上に述べましたように、軍慰安所は軍が軍事上の必要から設置した軍の施設であり、軍の編制に組み込まれていたというのが私の主張ですが、この点で軍慰安所は一般の公娼施設とは異なります。公娼施設はあくまでも民間の売春業者が不特定多数の利用者を相手に営業するもので、国家権力はそれに対して風俗警察権を行使するだけです。政府機関がその政府機関に所属する職員のために性欲処理施設を設ける場合と国家権力との関係において大きなちがいがあります。私の説は、学説史的には秦郁彦氏に代表される「軍慰安所は戦地に移動した民間の公娼施設の一種であり、軍の施設ではない」とする「戦地公娼施設論」に対する批判だと自分では考えています。

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