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日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

071212

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http://d.hatena.ne.jp/london-tower/20071212/1197417947

外交レベルの判断(河野談話)と、歴史的事実の確証性は判断基準が違うので、河野談話を金科玉条として歴史判断を行うのは間違っている、ということだと思うのだけどそれはあたりまえです。先日の米国下院の決議案に対する対応に関しても論壇のみならず、日本政府内でも”外交を考えればここはひとまず認めよう”という外交バリバリの判断を文章にしたためている人がいたし、一方で、内政干渉だと切れている人とかもいました。これは判断基準がずれていることが外面化した、ということで、なんにしても政府の声明は声明だから、外国はそれに従ってその政府の判断に釘をさす(確定する)。そのために国は声明を出す。河野談話が発表された1993年当時のことを思い出すと、これでもまだ慰安婦のみなさんに対して傲慢だ、と逆の立場から河野談話を批判する人たちがいたのをなんとなく覚えています。なにを政府が事実として認めたか、ということに対する批判は世の中ガウス分布なのだから、どちらからもあるのがあたりまえだ、と私は思っています。河野談話の判断を分析することは、いわば当時の外交戦略の分析ということになる。でも世界的なレベルで見て当時うまくバランスを取ることができたのだから、その外交戦略は正しかったと私は思っています。でも、その内容が歴史の見方として正しいかどうかは保留せねばならない。歴史修正主義、というのはいわば、こうした保留をとっぱらって政治的に昔の事実を捻じ曲げて今に利用しましょう、というなんとも小賢しいイデオロギーだと思います。死んでいった人たちに実にすまない。これはだけど、実は上で書いたような目下の外交のみにそって、歴史記述をコントロールする人たちもまたそうなのですが。まあ、ひとことでいえば厚顔無恥。

従軍慰安婦=性奴隷」という点はまた別の軸の判断基準です。これはそもそも性奴隷とはなにか、ということがよく考えられなければならない。日本のほとんどの人は、性奴隷、という語感だけに脊髄反射している。鎖につながれた裸の女、とかそんな感じでしょうか。戦前に「天皇機関説」という美濃部さんの法学上の学説が、「天皇を機関車となすか、無礼者」というこれまた語感だけで反発した人が大勢いたそうですが、似たような感じです。

実は違う。人権というものをさんざん考え、奴隷とはなにかということを市民権運動をはじめとして考えぬいた20世紀の産物のひとつとして性奴隷とはなにか、ということがある。それにのっとって考えれば、慰安婦はやはり性奴隷だった。このあたりのことは、次のリンクを参照にしてください。

追記 ちなみに左に掲げられている「歴史修正主義反対」のバナー(意匠)はサイドバーに貼ってあるので、記事の内容に関係なくつねに見えるようになっています。細かい内容は修正主義とは関係ないこともありますが、全体としてはこのログの意識は「歴史修正主義反対」というベクトルです。なお、歴史修正主義にも一応特定の歴史的文脈と意味があって、たんに「修正」の部分だけでそれはなにか、と議論してしまうと意味のないことになります。先日も「歴史を修正したい」という人がリングに参加してたりしたなあ、そういえば。とぼけているというかなんというか。


[追記2] 

http://d.hatena.ne.jp/london-tower/20071212/1197439977

なぜなら、僕は一般に流布されている「性奴隷」を問題にしていますから。そして性奴隷説を盛んにプロパガンダにのせて広める側も「性奴隷」といったときに普通の人が取るであろう反応を織り込んで「性奴隷」とい言葉を使っている節があるからです。

つまり僕は巷で広まっている「性奴隷」を問題にしている訳です。

おそらくこの考え方は、日本を貶めようとしている勢力があり、その工作の一部であるという意識があるからなのでしょうけれど(古森記者もさかんにこうしたことを言っていますね)、慰安婦が性奴隷であったという事実よりもよほど根拠に乏しい話だと思います。そう考えられないのでしたら、考えがずれるのは当たり前です。それよりも私は、なぜそのような陰謀世界観に多くのマンガとサンケイ新聞しか読まない人達がとらわれてしまうのか、という社会学的な興味が沸いてきます。いわゆる”シンジツはこれだ!”の人達のことですが。

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