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kmiura このページをアンテナに追加 RSSフィード


日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

120615「狭義の強制はなかった」に関して このエントリーのブックマークコメント

軍慰安婦の徴集形態は、占領地域と植民地において異なっている。

中国・東南アジア・太平洋地域といった占領地域においては、現場の軍が直接徴集に関与する例が多く知られる。例えば、スマラン事件(白馬事件とも呼ばれる)である。いわゆる「人狩り」のイメージに近い手段によって徴集が行われた。東チモールでは、これに抵抗した現地住民が日本軍の逆恨みによって数百人の規模で住民が虐殺されたという証言などがある。

一方、台湾や朝鮮といった植民地においてはより組織的な徴集が行われた。行政システムがすでに完備しているので、この指揮系統が使われたわけである。具体的には、まず軍による要請が内務省・総督府・軍司令部に向けてなされ、この要請は各地方の警察や役場に割り振られる。各地方の役場・警察は徴集業者を選定し、実際の徴集はこれらの業者が行った。このことから、朝鮮においては徴集業者による貧困層の女性の就業詐欺 - つまり騙す - という手段がもっとも多く使われた。徴集の後の移送に際し、出国などの審査は関連省庁も含めた組織的な配慮がなされていることが様々な資料から知られている。

朝鮮におけるこうした軍主導の組織的な徴集の例としては、元関東軍広報担当参謀であった原四郎の証言がある。原は、1941年7月頃、関東軍が2万名の朝鮮人軍慰安婦を徴集しようと計画し、朝鮮総督府に徴集を要請して8千名の朝鮮人慰安婦を徴集した、と証言している*1。なお、日本や台湾におけるこうした組織的な徴集の例は永井和の警察関連資料の分析などを通じてより詳しく知られている。

こうした占領地域と植民地における徴集手段の違いは、そのままその後の論争となった「狭義の強制」と「広義の強制」の違いに対応している。安倍晋三元首相をはじめとする「狭義の強制はなかった」という主張は朝鮮における徴集に関してよく聞く主張であるが、これはあたりまえである。要するに人目に付くような軍による人狩りをするまでもなく、徴集はより綿密に組織的に、系統だって行われたからである。また当時の軍や内務省は、こうした徴集に自らが直接かかわることを威信の面や法的な面から嫌っていた(あるいは検証不可能であるが、事情に通じた「プロ」に任せるというのは不思議なことではない)。このことが各地域の警察・役場による徴集業者選定という手段が多く使用された背景にある*2。したがって、「狭義の強制はなかった」という事態は、軍や当時の政府を免罪するどころか、その国家的な犯罪性をより一層浮かび上がらせることになるのである。

なお、「広義の強制」というタームは人狩りの事実が証明できないために吉見義明が考案した言葉だ、という小林よしのりによる1997年の「朝まで生テレビ」における指摘が広く流布しているが、これは捏造である。「狭義の強制連行」という言葉を造語したのは自由主義史観派の秦であり*3、これに呼応して「広義の強制」という言葉を1992年11月に刊行された『従軍慰安婦資料集』において吉見義明が使用している*4。秦郁彦の造語以前に「狭義の強制連行があったか否か」という問題設定は存在しなかったのである。

まとめると、組織的な徴集が可能な植民地において「狭義の強制」は必要がなかったわけであるから、はるか50年後に「狭義の強制連行はなかった」と意気揚々と主張しても、国家的な関与という大きな問題を免罪するどころかより強調することになる、という点はより広く認知されるべきである。

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久しぶりの投稿である。ツイッターで議論が再燃しているようなので、くりかえされる「狭義の強制連行はなかった」という主張に関してコメントした。

*1:『関東軍』島田俊彦、中公新書、1965

*2:なお、少数であるが植民地においては徴集にあたって業者と共に警察や役場が直接関与した例も知られている

*3:秦郁彦「諸君!」1992年9月号。引用「官憲の職権を発動した「慰安婦狩」ないし「ひとさらい」的連行(かりに狭義の強制連行とよぶことにする)を示唆する公式資料は見当たらないというのである。」

*4:吉見『従軍慰安婦資料集』より引用「一般には、強制連行というと人狩りの場合しか想定しない日本人が多いが、これは狭義の強制連行であり、詐欺などを含む広義の強制連行の問題をも深刻に考えてしかるべき」