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日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

071219

[][] 美醜と善悪 00:15 はてなブックマーク -  美醜と善悪 - kmiura  美醜と善悪 - kmiura のブックマークコメント

【蛙の遠めがね】石井英夫 気高き戦場の慰安婦たち

http://sankei.jp.msn.com/world/china/071217/chn0712170820000-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/world/china/071217/chn0712170820000-n2.htm

自らも慰安所の管理に携わった経験を持つ伊藤桂一氏の発言が産経新聞のコラムに掲載されている。日本兵と慰安婦の間の心の交流があったという伊藤氏の発言を引きつつ、欧州議会の決議に対置させている。結論を述べているわけではないが、暗示されているのは”慰安婦という存在はもっと人間的・社会的な存在であったのであり、兵士に必要とされ、互いにも必要としていた。慰安婦システムは必ずしも糾弾されるべき存在ではない”という主張である。

我々は曽根崎心中を読んだり芝居を見たりして感動する。女郎のお初と手代の徳兵衛が不条理になげきつつ心中という形で恋を成就させるという悲劇である。女郎と勤め人の間の深い心の交流に研ぎ澄まされた人間的な感情交流を発見してロマンを我々は感じるわけであるが、上記伊藤桂一氏の語ることも同様のロマンである。私はこうした物語的なロマンにとやかくいうほどの無粋者ではありたくないが、これを欧州議会決議の決議と対置させる文章には反感を覚える。

我々は、曽根崎心中に対してロマンを感じることもできるが、当時の女郎という制度や、丁稚→手代という半ば奴隷のような雇用形態に対して現代的な人権意識から批判することもできる。これはロマンと倫理、あるいは美醜と善悪、というふたつのことなる判断基準である。ことなる判断基準を使用すれば、それぞれにおいて我々は曽根崎心中を賛美するように慰安婦を賛美することもできる。同様に慰安婦システムを批判するように、曽根崎心中の世界を批判することもできる。しかし、これをあえて混同すると、たとえば美醜の判断基準で欧州議会の決議を批判するというロマン主義なコラムになる。私はこのコラム子が徹底してロマン主義者ならばそれはそれで一貫しているので勝手にしろ、ということだが、「反日的な政治運動」の一言をみればこれが純粋なロマンティシズムではなく、単に政治的な翼賛主義に基づくロマンチズムの悪用にすぎないことがわかる。

【蛙の遠めがね】石井英夫 気高き戦場の慰安婦たち

いわゆる「従軍慰安婦」問題で、こんどはヨーロッパが騒ごうとしているらしい。日本政府への謝罪要求決議は、この7月の米下院採決を皮切りに、11月はオランダ、カナダ両下院と続いた。そしていま欧州議会も謝罪要求の動きが活発になっているようだ。

 やれやれ。こうした反日的な政治運動は、一切これを無視するのが最良の対応だという見方がある。たぶんそうだろう。

 しかしこんな時だから、日本人のなかには慰安婦をこういう目で見ていたものもいたということを知ってもらいたい。こんな時だからこそ、こういう視点を持つ兵士もいたという事実を知らせてやりたいと思う。

 その視点とは、「戦場慰安婦は気高い存在だった。兵隊はこの女性たちのおかげで人間性が浄化された」という底辺の兵士だった作家・伊藤桂一氏の証言である。近刊『若き世代に語る日中戦争』(文春新書)で、伊藤さんはそう語っている。

 伊藤さんは三重県生まれのことし90歳。日中戦争で中国大陸を転戦し、昭和36年『蛍の河』で直木賞を受賞した。戦争を舞台にした『静かなノモンハン』や『雲と植物の世界』など多くの戦記文学を書いている。本書は「日本はダメなくにではないことを、若者たちに伝えたい」という一心で、戦後生まれの女性ジャーナリスト・野田明美さんを聞き手に、日中戦争の実相を語ったものだった。

 戦場慰安婦(と伊藤さんは呼ぶ。そもそも従軍慰安婦というものは存在しなかった)のくだりは、大要次のようだ。

 「(慰安婦問題が騒がれる)根本には、娼婦(しょうふ)を醜業、賤業(せんぎょう)と見る見方があるようにも思えます。だから強制連行されたことにしないとまずいのかもしれない。…たとえ一晩だけの付き合いでも、兵隊と慰安婦が互いに敬意と親しみを感じる、そういうことがざらにあったんです。兵隊は戦闘で明日には死んでしまうかもしれない。そんななかで、喜びと悲しみを分かちあってくれたのが彼女たちだった」

 「兵隊と慰安婦が意気投合して一緒に逃げたりすることもありましたが、そういうときはたいがい中国女性でした。中国の女性は日本兵になじまないけれど、一度なじむと一切を賭ける。その点、朝鮮の女性は献身的だけど、日本兵に芯(しん)から溺(おぼ)れることはなかったですね。お金を稼いで、その後、結婚するというのが彼女たちのほとんどの夢でした」

 「戦場慰安婦というのは兵隊と同じ。兵隊の仲間なんです。本当に大事な存在だったんですね。…兵隊たちは黙って働き、多くは黙って死にました。慰安婦たちは悲劇的な不条理のなかで生きたし、兵隊たちももっと不条理のなかで生き、死んでいかなければならなかった。だからお互い心が通い合うこともあった。彼女たちとの思い出を胸に死んでいった兵隊もある」

 伊藤さんは「今の人には到底分かってもらえない気持ちかもしれないが、そういう兵隊たちに代わってあえて慰安婦賛美論をのべた」と語っている。とりわけ若い女性の理解を得るのは難しいだろう。しかしここには確かな戦争の一真実がある。

http://sankei.jp.msn.com/world/china/071217/chn0712170820000-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/world/china/071217/chn0712170820000-n2.htm

なお、伊藤桂一氏の慰安婦関連の発言・記述は以下リンク先にまとめてあるのでそちらも参照にされたい。

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070522/1179849516

せんじつやっしゃんさんが掲載した水木しげるの描く東南アジア諸島における慰安婦の姿とはにてもにつかぬが、時と場所によって慰安婦の就業生活は千差万別であったことを常に留意すべきである。

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