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日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

070713

[][][] 慰安婦の徴集 キーワード化予定 その2 04:31 はてなブックマーク -  慰安婦の徴集 キーワード化予定 その2 - kmiura  慰安婦の徴集 キーワード化予定 その2 - kmiura のブックマークコメント

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070601/1180654577

の続き。

以下、下記サイトより。本の情報・氏名の誤記等を訂正・補足。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/1794/ianfu.html

『戦場と記者 日華事変太平洋戦争従軍記 』小俣行男著 (冬樹社,1967)

私の相手になったのは23,4歳の女だった。日本語は上手かった。公学校で先生をしていたと言った。「学校の先生がどうしてこんなところにやってきたのか」と聞くと、彼女は本当に口惜しそうにこういった。「私たちはだまされたのです。東京の軍需工場へ行くという話しで募集がありました。私は東京に行ってみたかったので、応募しました。仁川沖に泊まっていた船に乗り込んだところ、東京に行かず南へ南へとやってきて、着いたところはシンガポールでした。そこで半分くらいがおろされて、私たちはビルマに連れて来られたのです。歩いて帰るわけに行かず逃げることもできません。私たちはあきらめています。ただ、可哀そうなのは何も知らない娘達です。16,7の娘が8人にいます。この商売は嫌だと泣いています。助ける方法はありませんか」

→ より長い抜粋 http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070603#p1

『戦旅の手帳』 伊藤桂一著 (光人社、1986)

ISBN : 4-7698-0293-5

騙すのは、看護婦にする、というのと、食堂の給仕にする、というのとつまり肉体的供与を条件とせず連れて行って、現場に着いたら因果を含めたものである。逃げる方法はない。

伊藤桂一 → http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070522/1179849516

『兵士達の陸軍史』 伊藤桂一著 番町書房 1969年4月

兵隊と、何らかの意味で接触する女性は、慰安婦のほかには中国民衆(つまりその土地の住民)、在留邦人、慰問団それに看護婦くらいなものだろう。このうち、慰安婦がいちばん兵隊の役に立ってくれていることは事実だが、慰安婦も多くは、騙されて連れて来られたのです

伊藤桂一 → http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070522/1179849516

『ある日、赤紙が来て ―応召兵の見た帝国陸軍の最後』 真鍋元之著 光人社 1981年8月

ISBN-10: 4769801610


私が馴染んだ慰安婦は、職業用の日本名をミサオと呼んでいた。生家は江原道の最も貧しい農家だったが、ある日突然村長がやってきて、「軍の命令だ。お国の御奉仕に、娘を差し出せ」という。御奉公の意味がわかったので、父母は手を合わせ声の限り哀号をくり返したが、村長は耳を貸さない。この面(村)へ8名の割り当てが来たが、面には娘が5人しかいないから、一人も容赦はならぬ、とニベなく言い放つ。村長の背後では、○刀を吊った日本人の巡査(警察)が、肩をそびやかせている。5名の村娘が、石ころのようにトラックへ乗せられ、村境の土橋を渡ったのが、故郷との別れであった。文字が書けないので、家族の安否を、手紙で問い合わせることもできない。幸いにして、いまの生き地獄から開放される日があれば、しばらく温泉につかって、疲れを休めたいと思うが、そんな幸福な日は、絶対に来ないであろう。仮にその日が来るとしても、その時、私の体は、すでにボロ切れのごとくズタズタになっているに違いない。「毎日兵隊サン15人、客にとるてすよ。カラタ持つない。生きているのフシキのこころ(不思議な気がする)」

従軍慰安婦、男の本音」より抜粋

文庫化(1994)されている。

http://circle.excite.co.jp/bbs/view.asp?cid=p0300121&iid=3&num=1757&pg=1

生家は江原道のもっとも貧しい農家だったが、ある日とっぜん村長がやってきて、軍の命令だ、お国へのご奉公に、娘を差し出せ、と言う。

ご奉公の意味がすぐにわかったので、父母は手を合わせ声の限りに哀号(アイゴー)を繰り返すしたが、村長は耳を貸さない。この面(村)へ8名の割り当てが来たが、面には娘が5人しかいないから、ひとりも容赦はならぬ、とニベもなく言い放つ。村長の背後では、日本人の巡査が肩をそびやかしている。5名の村娘が、石コロのようにトラックへ乗せられ、村境の土橋を渡ったのが、故郷との別れであった。

→文庫版には少々編集が加わっているのだったり。(強調部)

土金富之助『シンガポールへの道 ―ある近衛兵の記録(上、下巻)』 (1977)

彼女の部屋へ招かれて、お茶、お菓子の接待を受けながら、故郷のことや生い立ち、家族の話などを聞かせて貰った。私が一人で行ったある日、彼女は「私達は好き好んで、こんな商売に入ったのではないのです。」と、述懐するように溜息を吐きながら語った。「私達は、朝鮮従軍看護婦、女子挺身隊、女子勤労奉仕隊という名目で狩り出されたのです。真逆慰安婦になんかさせられるとは誰も思っていなかった。外地へ輸送されてから、はじめて慰安婦であることを聞かされた」 彼女達が、はじめてこういう商売をするのだと知った時、どんなに驚き、嘆いたことだろうと考えると気の毒でならない。 Y子は真剣な面持ちで、訴えるように話を続けた「今更、悔やんだって、嘆いたって仕方のないことだけど、当時は毎日泣きながら過ごしたの。日本軍が憎らしかった」

日本軍は中国で何をしたのか

日本軍は中国で何をしたのか

モア島での取調べ

モア島(現インドネシア)指揮官だった日本陸軍中尉が、連合国オランダ軍の取り調べの中で、「現地在住の女性を無理やり慰安婦にした」と供述している(46年1月)。次のような問答があった。

問 ある証人は婦女を強姦し、その婦人たちは兵営に連れて行かれ、日本人達の用に供せられたと言いましたがそれは本当ですか。

答 私は兵士達のために娼家を一軒設け、私自身もこれを利用しました。

問 婦女たちはその娼家に行くことを快諾しましたか?

答 ある者は快諾し、ある者は快諾しませんでした。

問 幾人そこに居りましたか。

答 6人です

問 その女たちの中、幾人が娼家に入るように強いられましたか。

答 5人です

問 どうしてそれらの婦女たちは娼家に入るように強いられたのですか。

答 彼らは憲兵隊を攻撃した者の娘達でありました。

問 ではその婦女たちは父親たちのした事の罰として娼家に入るように強いられたのですね。

答 左様です。

モア島のすぐ西にあるチモール島のポルトガル領(現東チモール)では進駐した日本軍が、地元の酋長に慰安婦募集への協力を強要していた。その様子を目撃したポルトガル人の医院事務員が証言している。(46年6月)「私は日本人が酋長に原住民の女の子たちを娼家に送る事を強要した多くの場所を知っています。彼らはもしも首長が女の子達を送らないのなら、彼ら即ち日本人が酋長の家に行って彼らの近親の女達をこの目的で連れ去ると言って脅迫しました」

(97年3月31日、朝日新聞の朝刊)

1948年11月4日、極東軍事裁判判決

中日戦争が始まってから1945年8月の日本降伏まで、日本陸軍並びに海軍が恣に実行した拷問、殺人、強姦及びその他の非人道的な、野蛮な、残虐な行為は、既に証明されている・・・・。桂林を占領した時期、日本軍は強姦や略奪といった暴行を犯した。彼らは工場を設立するという口実で女子工員を募集し、応募した女性達を強制的に日本軍の娼婦とした・・・・。 帰国した兵士達は、彼らの暴行を語っている。某中隊長は非公式ながら強姦について以下のような訓辞を行っている。「多くの問題を起さないためには、金を渡すか、あるいはやった後に殺してしまうかである」と。もし参戦した軍人の一人一人を調査したならば、そのほとんどが殺人者か強盗、強姦の犯人であろう。ある所では一家4人が捕らえられ、女の子を娼婦のようにあそんだ。両親が必ずや娘を取り戻そうとするので、娘一人を残して殺してしまった。女の子は軍隊が出発するまでずっとなぶりものにされ続け、出発直前に殺された。約半年の戦争のなかで想い出されることは、強姦や略奪といった事ばかりである。

以上は、極東国際軍事裁判判決書第8章の「戦争法規に違反する犯罪(暴行)」のうち、日本軍が中国人の女性達を強姦し、中国人の女性達を強制的に娼婦または従軍慰安婦としたことに対する判決での認定である。

(井上清編「日本軍は中国で何をしたのか」)

日本軍は中国で何をしたのか

日本軍は中国で何をしたのか

禾晴道「海軍特別警察隊 アンボン島BC級戦犯の手記」(1975)

『民政警察の指導にあたっていた木村司政官が敗戦後、戦犯容疑者として収容された時話してくれたが、その時の女性集めにはそうとう苦しいことがあったことを知った。「あの慰安婦集めでは、まってくひどいめに会いましたよ。サパロワ島で、リストに報告されていた娘を集めて強引に船に載せようとしたとき、いまでも忘れられないが、娘達の住んでいた部落の住民が、ぞくぞく港に集まって船に近づいて来て、娘を帰せ!!娘を返せ!!と叫んだ声が耳に残っていますよ。こぶしを振り上げた住民の集団は恐ろしかったですよ。思わず腰のピストルに手をかけましたよ。思い出してもゾーッとしますよ。敗れた日本で、占領軍に日本の娘があんなにされたんでは、誰でも怒るでしょう』

海軍特別警察隊―アンボン島BC級戦犯の手記 (1975年)

海軍特別警察隊―アンボン島BC級戦犯の手記 (1975年)

日本の軍隊慰安所制度及び朝鮮人軍隊慰安婦形成に関する研究

著者:尹 明淑 (Yun, Myoung Suk)

博士号取得年月日:2000年7月31日

以下徴収に関して抜粋。

第二に、軍隊慰安婦の徴集について。軍隊慰安婦の徴集は、日本国内、植民地、占領地の状況に応じた形で行われていた。陸軍省が軍隊慰安婦の徴集に関する方針を公表、直接関与したのは、前出の陸軍省通牒が出された1938年3月4日であるが、通牒が出された背景には、日中戦争勃発後の1937年末頃から日本国内の各地において、軍隊慰安婦の徴集が誘拐類似の方法で頻繁に行われるようになり、内務省や地域駐屯部隊に各県の知事による取締り強化の要請が相次いだことがある。こうした日本国内での徴集状況は、戦時体制を本格化していく時期に相俊って、社会問題化するおそれが大きくなった。内務省は、こうした徴集状況を、社会秩序を乱し国民の団結を阻害する不安材料として認識し、1938年2月23日、日本国内の社会混乱を防ぐために、確実な証明責を所持する徴集業者による徴集及び合法的な周旋業者による募集以外に対しては、いっそう取締りを強化するよう各県に指示を出すとともに、中国に渡航する接客業婦の募集対象を21歳以上の「売春」経験者に制限した。この制限により、軍隊慰安婦日本国内での徴集対象も21歳以上の「売春」経験者に制限されることになった。内務省がこうした内容の通牒を出した背景には、日本国内での軍隊慰安婦の徴集において、内務省陸軍省の両省間の協力体制の不備や合意が不充分であった事情が関係すると思われる。内務省通牒が出された数日後の3月4日、前出の陸軍省通牒が出されたが、陸軍省通牒は内務省の取締り強化の指示を受けた形になっている。陸軍省通牒により、軍隊慰安婦の徴集業務は各派遣軍の統制監督下におかれることになるのである。同時に、徴集業者は各徴集地での警察及び憲兵との連携を密にすることが指示され、日本国内の徴集対象が21歳以上の「売春」経験者に限定されたのに対して、植民地では徴集対象の制限は施行されなかった。

 軍隊慰安婦の徴集に対する国家権力の関与の仕方は、まず、日本国内の場合、各派道軍と陸軍省内務省に協力を求めると、内務省が各県に人数を配当し、各県の警察が主に接客業者を対象に徴集業者を選定したうえで派遣軍が許可を与える。そして、この徴集業者に直接徴集を担当させることで、表面的には徴集業者が徴集の責任を負うメカニズムになっていたが、実質的には内務省日本国内での徴集の総責任者であったのである。こうした内務省の対応の仕方は、日本国内での軍隊慰安婦の徴集が国際条約に抵触するおそれがあることを熟知していたためである。

 朝鮮国内での徴集の場合、朝鮮総督府が関与したことは元関東軍後方担当参謀である原史朗の証言で確認でき、朝鮮総督府が徴集に関与した事実を否定することはできない。ただし、資料の制約により、朝鮮国内での徴集における朝鮮総督府の関与実態について、内務省の徴集の仕方と同様な検証が充分に行われていない。しかし、朝鮮と同じく日本の植民地であった台湾総督府が徴集に直接徴集した事実が確認できたことから、朝鮮国内での徴集に対して朝鮮総督府が直接関与・徴集したことは充分推測できる。また、朝鮮国内での徴集には、朝鮮軍司令部が直接担当しており、徴集業者に許可及び便宜を与えていた。

 朝鮮総督府の資料が発見されていない理由として、日本の敗戦直後、朝鮮総督府による資料の焼却、朝鮮戦争での紛失とともに、未だに日本政府が拓務省や内務省などの関連資料を未公開にしていることが挙げられよう。しかし、こうした資料の制約にもかかわらず、朝鮮人軍隊慰安婦の徴集における朝鮮総督府の責任は否定できるものではないことは前述したとおりであり、軍隊慰安婦の徴集における日本政府・軍の責任は明らかである。

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http://www.soc.hit-u.ac.jp/research/thesis/doctor/?choice=summary&thesisID=48

dempaxdempax2007/07/17 23:29>■ [clip][documents][keywords] 慰安婦の徴収

徴集/徴収

kmiurakmiura2007/07/18 00:53あわわ。指摘、ありがとうございます。訂正します。