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日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

070712

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  • 謝罪要求決議案

http://d.hatena.ne.jp/gachapinfan/20070712#p1

  • 草莽とは

PledgeCrewの日記

http://d.hatena.ne.jp/PledgeCrew/20070711

彼らのこういった特徴には、かつてシュミットが論じた、主観性に閉じこもって政治を美学化する、 「現実から遊離」 した 「政治的ロマン主義者」 を思い起こさせるものがある (ちょっとおおげさ、というか過大評価かも)。

自己風刺の中にある客観化、主観主義的幻想の最後の残滓の放棄ということは、ロマン主義的な立場を危殆に瀕せしめるであろうし、ロマン主義者は、ロマン主義者たるかぎり、本能的にこうした放棄はさけるのである。・・・

 彼らの用いる言葉は、彼らがつねに自己についてのみ語り、対象について語ることが少なかったために、実体のないものであった。

『政治的ロマン主義』 カール・シュミット

シュミットの政治思想については、もちろんワイマール共和制に対する攻撃とナチスに対する一時的な協力など、いろいろな問題が含まれている。しかし、ここでの彼の指摘には鋭いものがある。彼のいう 「政治的ロマン主義者」とは、一言で言うなら、空疎な言葉ばかりをもてあそび、具体的な政治的な決定と行動をおこす能力を欠いた 「政治的不能者」 のことである。

政治的な能力がないのに行動を起こすばあいは「跳ね上がり」というカテゴリーが日本にはある。でもそれを尊ぶところがあるのもまた日本だったり。

左翼」つながりでとりあえず書いておくことにするが、先日読了した『不安型ナショナリズムの時代』(高原基彰洋泉社新書y)について。「中間層の形成」と「社会の流動化」とのタイミングの違いという観点から日中韓を比較した図式はなかなか説得力がある一方、読んでいてずっと違和感が拭えなかったのが“アジアへの贖罪意識が日本の左翼にとっての「賭け金」であった”という著者の認識。ぶっちゃけて言えば「これが若さか」と。80年代までの左翼反戦運動は、(ヴェトナム戦争に日本が加担しているといった論点はあったにしても)圧倒的に「被害者意識」に導かれたものではなかったか? 例えば本多勝一の『中国の旅』が1971年森村誠一の『悪魔の飽食』が1981年。これらが大きな反響を呼んだのは、それまで南京事件731部隊について語られることがあまりにも少なかったことを示している。従軍慰安婦問題がマスコミにとりあげられるようになったのはさらにその後である。単純化して言えば、一方で冷戦の緊張が緩むことによりアジアでも日本(軍)による被害を自由に語ることができる状況が到来し、他方でマルクス主義に依拠する左翼の敗北が明白になり左翼が別の道を模索するようになって(言い換えれば文化左翼化して)はじめて、「アジアへの贖罪意識」は日本の左翼にとっての重要な賭け金となった…というべきではないだろうか(その意味で、「いつまで謝ればすむんだ」という主張は間違ってもいるわけである)。

Apemanさん、4月 24, 2006

文化の背景に限らずそもそも左翼は弱者(であるわれわれ)を社会的にどう救おうか、というある意味で尊大なところから始まる。尊大の裏返しである贖罪(ある意味、その立場はおぼっちゃま・おじょうちゃまだ)をそれおして呼んでいいのかどうかは私は疑問である。私の罪ではないが、しかと正視することが必須である、あるいはまた、私も弱者である、ということこそその中心なのだと思う。それがわからない人間ないしは自ら隠蔽する人間が「美しい国」だの「自虐史観」だの言い始める。はたまたそこまでいかなくても能面のような論理で「終わりなき日常」前提の外交分析と冷静なる状況判断から「最善の処置だ、しかたがなかった・しかたがない」とつぶやく。思えば私は満州難民の子供だし、自分自身もいわば在外暦が10年を優に越えてしまった科学難民のようなものであるからこんなことを思うのかもしれない。

水村美苗私小説

http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20040926#p1

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