Hatena::Groupianhu

kmiura このページをアンテナに追加 RSSフィード


日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

070518

[] キーワド化の予定(編集中)従軍慰安婦の報酬 10:09 はてなブックマーク -  キーワド化の予定(編集中)従軍慰安婦の報酬 - kmiura  キーワド化の予定(編集中)従軍慰安婦の報酬 - kmiura のブックマークコメント

従軍慰安婦は高給取りだった”という説がこのところ流布している。いくらでも例はあるのだがたとえば

慰安婦問題おさらい @luna東亜日記

http://d.hatena.ne.jp/lunakko/20070422/1178987694

8.慰安婦は職業売春婦なので高給取り。経営者との収入配分比率は40~60%、女性たちの稼ぎは月 に1000~2000円、当時の兵士の月給が15日~25円なので破格といえよう。因みに当時の貨幣価値からすると、1000円で小さな家が建ちます。因みに現在の貨幣価値からすると、月給約130万円。この給料に関しては、アメリカ情報部が調べた結果で証拠としてあります

通貨の価値等を考えることのできない単純バカな虚妄である。この”給料に関しては、アメリカ情報部が調べた結果”とは、あちらこちらでたびたび引用されるJapanese Prisoner of War Interrogation Report No. 49.日本人捕虜尋問報告書第49号)のことである。なお、旧ビルマでの慰安婦たちへの支払いは軍票で行われた。終戦と同時に紙切れである。

この件に関してはscopedogさんが詳しく追求している。

従軍慰安婦問題・慰安婦高額報酬説のトリック

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10030549652.html

実際、日本軍政下のアジア―「大東亜共栄圏」と軍票/小林 英夫のp179によるとビルマ物価指数のグラフが表示されており、プロットがないため正確ではないが、1941年12月を100として1943年12月がおよそ2000程度である。

つまり慰安婦の月収750円とは1944年初頭の内地換算で38円となる。当時の下士官の月収が約30円で大体これと同レベル(この内地換算38円から「食料、その他の物品の代金」をとられていたことを考えれば実質はさらに下回るかも)と言える。

都市伝説慰安婦高額報酬説(追記)

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10031729317.html

慰安婦は贅沢に暮らしていた?

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10033149316.html

慰安婦と軍票

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10033162494.html

慰安婦高給・高収入・高額報酬説まとめ

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10033353402.html

他にも

従軍慰安婦は高い報酬を得ていたという嘘

http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070517/p1

アメリカ戦時情報局心理作戦班『日本人捕虜尋問報告』第49号

を読み解く

http://members.at.infoseek.co.jp/ash_28/ca_i02.html

ここに引用したのは尋問報告書第49号をめぐる議論であるが、場所、年代によって報酬にもさまざまなバリエーションがあるだろう。今後もそうした情報があれば追記してゆく。

[追記]

従軍慰安婦問題に関する自由主義史観からの批判を検証する 白石秀人より該当部分。

もう一つ、ビルマでの米軍の心理作戦班による尋問調書が、「第三者の立場で観察した唯一の公文書で」、「その資料的価値は高い」(秦郁彦従軍慰安婦問題で国の法的責任は問えない」)ということでよく使われます。これにも関連資料があります。

1. 日本人捕虜尋問報告第49号(1944年10月1日)

2. 尋問報告題2号(1944年11月30日)

3. その他

このうち、頻繁に引用されのは(1)で、秦氏の主張は次のようなものです。

慰安婦は、ア将軍より高収入で、イ借金を一年で返し帰国したものもいた、ウ現在の物価に換算して1千万以上を家族に送金したり、オ休日に町へ買い物に行ったり、エ接客を断る権利も認められていた」(同上)。

まず、「資料価値が高い」ということですが、資料の価値とは厳密にどういう条件を備えているものでしょうか。実は、引用した秦氏の文章は、吉見義明氏の「歴史資料をどう読むか」に対する「反論」として書かれたものです。吉見氏は「秦氏らが比島軍政監部の慰安所規定などの「一次資料」を無視して、前記米軍の資料を使用している」と批判しているのですが、それに対する反論をしないまま、引用したものです。私は、秦氏が「資料」を引用するに当たって、「歴史資料」に対する考えを示してくれるものと期待していたのですが、それは一行も回答されていませんでした。それで、私なりに考えると次のような理由で上記(1)の文書については、「資料的価値」を疑問に思うのです。

1. この文書は、尋問の目的が達成されなかった結果の、一般的「報告」であること。

2. 従って、予備知識なしに、一般的なことを聞いているにすぎないこと。

3. 従って、正確なものと不正確なものの判別が出来ず、現に、相反する記述が含まれていること。

4. 特に、朝鮮人慰安婦の聞き取りを何語で行ったか不明であること。

5. 誰が何を話したか特定出来ないこと。つまり情報の提供者が不明であること。

6. 断片を繋ぎあわせた、また主観の強い印象をまぬがれないこと。

このうち、(3)は重要なので、具体的に指摘しておきます。

「生活及び労働の状況」の中で、「欲しいものを購入するお金はたっぷりもらっていたので、彼女たちの暮らし向きはよかった」とあります。これが、秦氏らの引用するところですが、一方、「報酬及び生活状態」の中では、「多くの楼主は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしたため、彼女たちは生活困難に陥っていた」とあります。どちらが、本当でしょうか。実は、(2)を読めば、多少とも推察は可能なのです。

 (2)は資料としてもう少し厳密です。他の尋問調書など、この種の多くの情報を基に米軍東南アジア翻訳尋問センターが9項目にわたる報告を作成したのですが、「正確を期すため十全の努力が払われている」と述べ、特に情報提供者を明示しています。

その第4項と第9項に、日本軍慰安所関係の記述があります。

特に、第9項は「前線地域の日本軍慰安所」と題され、情報提供者が民間人の慰安所経営者M739と明示されています。この人物は、(1)に出てくる慰安所の日本人経営者のことです。また、注として、この記述がM739及びレド捕虜収容所での20人の朝鮮人慰安婦に対する尋問、つまり(1)に基づくことが示されています。

それによれば、(1)の情報の主要な部分がこの日本人経営者の供述であることがわかります。ということは、経営者にとっては、罪を問われる危険もあり、自分に都合のよい供述も混じっている可能性もあるわけです。

また、前記、慰安婦の生活状況については「経営者は衣服、必需品、奢侈品を法外な値段で慰安婦に売って、余録を得た」とされ、「暮らし向きがよかった」は消えています。

むしろ、経営者に都合よい部分もあるとしても、「契約は、慰安婦の取り分が50%」であり、「収入は、最高が月に1500円で最低が300円位だが、慰安所の規定では、最低でも150円を経営者に払わねばならなかった」というような、慰安所経営に関するこ

とに注目した方がよいと思われます。すると、50%の配分はどうなるのでしょうか。

50%の取り分から前借金の返済と利息の支払及び生活品(食料は別)を出さなければならなかったということでしょうか。女性達が「法外なもの」を買わされたのは事実としても、どの位のお金が手元に渡ったのかは、依然はっきりしません。ちなみにこの資料に出てくるデータで女性たちの売り上げを計算してみると、平均で、上記の300円を多少上回る程度です。(一日当たりの利用人数と料金を22人の女性で平均してみたものです)

更に(3)として、米軍通訳のウオン・ロイ・チャンの著書「ビルマ・アントールド・ストーリー」があると聞きます。私は目を通せなかったので、参考までということで、西野留美子氏の「日本軍慰安婦を追って」から引用させていただきます。

「女たちは、片言の日本語を話した。いや、片言の日本語しか話せなかった。」とあります。そうすると、朝鮮人慰安婦から朝鮮語で詳しく彼女たちの体験を聞いたものとは思えません。女性達の声に「実感」があまり感じられない印象はそのためではないでしょうか。

更に、(2)の別項や、辻政信氏の「十五対一」を併せて読むと、この慰安所が「特別」の、最も「恵まれた」ケースであることが分かります。一つは、この慰安所がミートキナに来る前、メイミョウでも営業していたことと、丸山大佐という指揮官の部隊に付いていたことです。メイミョウは、辻正信氏が、慰安所が大繁盛しているのを見て、軽井沢以上だ。こんな所は今まで見たこともない。と慨嘆した所であり、丸山大佐は、「慰安婦に、望み次第の食べ物と楽しみをほしいままにできるように手配した」(資料・2)からです。又ここでは、「都会では自由だった」という部分を引用して「慰安婦達は自由を認められていた」という根拠に使われていますが、この場合、「都会」は明らかにメイミョウのことであり、「都会では」とことわっていることから逆に、ミートキナでは「そうではなかった」と考えるのが適切だと思います。

ちなみに、上記秦氏の「慰安婦」が豊かで自由であったというオからエはこのままの記述では、(1)、にも(2)にも、どこにも出てきません。

「資料」をどう読んだのでしょうか、「資料」の読み方を是非知りたいと思いました。

以上、私は我流で「資料」を読んできましたが、資料にも様々なものがあり、また様々な性格を持っていることを感じました。(1)資料の価値という問題がありました。(2)資料としての条件ということもありました。(3)資料をどう読むべきかという問題もありました。その中で、初歩の初歩として、次のことは強く感じました。

いかに「資料」といっても、それが誰によって、何の目的で、何について、いつ、どういう条件の元で書かれたのか、或いは作られたのか、厳密に検証しなければ、安易には使えないのではないかということです。 

[][] 18:51 2007-05-18 - kmiura のブックマークコメント

下記はネット右翼のサンプルのようなページ。このあたりで頻繁にあげられている資料をキーワードに追加していくつもり。偏った解釈がなされているので、そのあたりを指摘しつつ。

従軍慰安婦はただの売春婦だ!ふざけるな!!

http://www010.upp.so-net.ne.jp/japancia/index.htm

[][] 23:22 2007-05-18 - kmiura のブックマークコメント

従軍慰安婦関連のRSSリーダーを作りました。今後キーワードを増やして、ヒットする記事が増えるようにしたいと思います。

http://r.hatena.ne.jp/kmiura/ComfortWomen/

[] 04:37 2007-05-18 - kmiura のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/mitzubishi/20070518#p1

歴史修正主義者対”自虐史観”派の対立の発展過程を解説した後に

もし、真剣に慰安婦問題を、自虐史観から解放しようと思えば、一緒に勉強する相手は、異床同夢の修正主義者にお願いするのではなく――同じ妄想を抱いているのだからオウム返しの返答しかできない――自虐史家でもなく、両者から等距離にあるまともな歴史家心理学者文化人類学者を捉まえて、真剣に共同研究を開始することだ。同じことは靖國神社問題においても言える。

とのこと。ただなあ、歴史とはなにか、という話でもあるんだよなあ。

clip 『従軍慰安婦の深層』 04:47 はてなブックマーク - clip 『従軍慰安婦の深層』 - kmiura clip 『従軍慰安婦の深層』 - kmiura のブックマークコメント

よくまとまっているページ。

http://d.hatena.ne.jp/abesinzou/

シンゾーさん、グループに入りませんか??

ni0615ni06152007/05/24 15:35はじめまして、ni0615と申します。最近少し関心をもっています。(http://ni0615.iza.ne.jp/)
まあ、朝鮮人従軍慰安婦の皆さんがいかに高給取りだからといっても、軍票でもらったのでは高値の花だったでしょうね。米軍の尋問に対して彼女たちは、日本軍が負けたことよりも、自分たちが捕虜になったことよりも、いや、命を落としたかもしれないことよりも、何よりも枕もとに蓄えた軍票が無価値になったとは、信じられないショックで、彼女たちは最後まで納得しなかったそうですね。
で、私の疑問は花代を払う側の日本将兵の方です。かれらの給料は日本銀行券で家族に払われていたのですか? でも戦地での慰安所通いのお小遣いは、郵便通帳から下ろして軍票に換えたわけですね。それはどのようなレートで手に入れることができたのでしょうか。ここにお示しくださったような実勢レートでしょうか? それとも・・・・
もし、日本銀行券に対して額面でビルマ軍票を受け取ったとすれば、日本将兵も為替詐欺に会ったようなものですね。軍慰安所は、為替詐欺を同時に行い、兵士の給料を巻き上げる機能をもっていた、ということになります。

日本軍兵士の軍票交換に関する情報がありましたら、ご「示唆」ねがいます。
(尋問資料にありますように「示唆」ならば「命令」でも「指示」でもありませんから、当局の責任はありませんので、お気楽に!・・・という冗談ですw)

kmiurakmiura2007/05/25 05:12はじめまして。

兵士のお小遣いはどこから?という視点はなかなか興味深いですね。私はそれがどうなっていたのか全くしりません。ただ、外地に派遣される軍にはあらかじめ軍票が大量に支給されたそうです。これは現地で物資を調達するためです(これまた詐欺ですが)。

軍票の話はいろいろネットでみてみたのですが、ひどい話です。預け合い、という方法で見せ金を用意して、外地の資金だけ無限に発行する、という。

kmiurakmiura2007/05/25 05:36こんな記事がありました。(日清戦争の年はタイポだと思うけど。)

>>
軍事郵便局は、貯蓄増強運動のもと、戦地に郵便局を設けて軍人またはその家族らのお金を集めたものだ。日清戦争後の1985年ごろからできはじめ、第二次大戦時には約400箇所あったという。強制的に貯金させていたとう説もある。特に野戦郵便局においては、もらった給与を使う場所もないため、こぞって軍人が貯金した。戦後、1964年5月までにこれらの軍事郵便局は閉鎖された。インフレを防ぐため、一定期間をおいた後、55年に郵政省は日本国内で住所のわかっている者約52万人に払い戻しを認める通知をした。しかし、郵便局に貯金していたのは何も日本人だけではなかった。台湾人や朝鮮人の預金は払い戻されなかった。貯金の原簿は今も残っていて、郵政省の許可が出れば口座を照会できる。近年になって年二桁まで落ち込んでいた照会請求数が急増し、400件を超えた。
<<
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~e930032/detect-data/2001/20011112/03.htm

ni0615ni06152007/05/25 08:16早速のご回答ありがとうございます。豊富な知識に驚いています。じつは、慰安婦の尋問調書を翻訳しながら読み解く作業を、掲示板の行きがかりからはじめました。ぜひご参加の上、知識の一端を賜りますように。このページとコメントをそのままいただきたいくらいです。http://www22.atwiki.jp/doc_exam2007/

ni0615ni06152007/05/25 08:27なお、この方の疑問に答えるのは面白い試みかもしれませんね。ttp://d.hatena.ne.jp/lunakko/20070521/1179709625
実勢価値と交換。それから、貯金をおろすのは「非国民」といわれたことも。
とにかく国民が貯金をおろし始めたら戦時インフレーションはモロ見えになって、敵と戦う前に国は消滅したはずです。

lunakkolunakko2007/05/25 11:48こんにちは。 kmiura さん。
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~e930032/detect-data/2001/20011112/03.htm
を拝見しました。
消えているようなので、この記事のソースをお願いします。
ソースが無ければ、ただの捏造記事かもしれませんから、確認したいのです。
上のリンクを辿ると、捏造写真だと証明された写真や、韓国の関わった「証言」(証拠にはなりません)しか書かれていないようなので、大変いかがわしいです。

kmiurakmiura2007/05/25 19:23ni0615さん

翻訳活動のページ、ちょっとだけいってみました。よい試みだと思いました。「アジア女性基金」の英文資料をちょっと前に眺めていて、ああ、これを翻訳する時間があればなあ、なんておもっていたので。あらためて日記で紹介します。

lunakkoさん

その学習院のリンク先の記事がどのような文献を元にかかれたのか、記載されていないので、私も軍事郵便局の詳しい話をしりたいな、と思っています。というか、調べている途中でヒットしたページです。

lunakkolunakko2007/05/25 21:48調べている途中でヒットしたページをソースの確認も無くni0615さんに提供したのですか?しかも、ni0615さんは信じていますよ?もう少し、丁寧に回答すべきではないでしょうか?

ni0615ni06152007/05/26 18:07lunakoさん、見ず知らずの方からご心配いただくなんて、なんて私は果報者なんでしょう。ni0615さんは信じていますよ? そう、わたしも人様が下さる情報を端から信じられる世の中に棲みたいものです。
つい最近も、某新聞がワシントン発記事で外国通信社の報道を捏造したり、10年以上前に発見された米軍資料を「新発見」だといって、資料の中身と全く違う要約をしてみたり、ルナ子さんにご心配いただく前からとっくに情報不信に陥っています。 
ですから情報は余分な解説なしで生で受け取り、自分で吟味するようにしています。

なお、別のエントリーでのあなたの長文書き込みを拝見しましたが、資料に寄れば兵隊さんたちはビルマの慰安所(中国でも)では、
1、円の軍票で玉代を払っていたようですよ。
2、それをルピーに変えた気配も無いようです
3、送金もわずかしかできず、1944年に戦に負けて、軍票の価値は0になったようですよ。
ルナ子さんは、朝鮮人慰安婦のお姉さんが贅沢三昧をしたと思い込んでいるようですが、使えないお金を稼いでいただけなのですね。前借金の借金を返しても朝鮮には帰れなかったし。
中国などからは前借金と利子を返して朝鮮に帰ったお姉さんもいたようですが、それらは郵便貯金ですから日本帝国が勝利するまでは降ろせなかったのですよ。降ろしたら「非国民」ですから。いっぱい貯めた郵便貯金をおろして家を建てた人なんかいなかったのではないでしょうか?

そうわが日本人の父祖母姉たちも、鍋釜金属の全てを供出しただけでなく、ちょっきん貯金、余裕も無いのに郵便貯金と戦時国債を買わされたのです。それもあって、戦争に勝つためのあらゆる協力、滅私奉公をしたのですが、戦後になって新円切り替え、すべてがパア、海の藻屑となりました。これって庶民には、米軍の無差別空襲よりも打撃になったのですよ。さんざん私も聞かされましたから。

というわけで、これは戦争というよりもマルチ商法の餌食になった、というほうが近いかと思います。

へんなはなし、戦争に負けたから「新円切り替え」もみんなが我慢したけど、戦争にもし勝っていたら、恐ろしい現実が起きたと思います。「新円切り替え」が暴動を招き、わが国にも革命が起きたかもしれませんね。笑い事ではありません。

ni0615ni06152007/05/26 18:26あ、私「円軍票」と書きましたが、正確には単位はルピーでも、公式には1ルピー1円の固定相場であるため、「円」「銭」という表現は現地でも使われていた、そうですから、思わず「円軍票」と書いてしまいました。
キーポイントは、公式的には1ルピー1円の固定相場、ということです。
ですから、円とルピーの交換比率が実勢価値でどんどん変わったから、とルナ子さんはいいますから、300円の収入は凄いといいますが、実際は軍票の300ルピーだったのです。それは、建前上は300円に変えられるといいながら、実はそうではなかった。トリックですね。為替詐欺です。

lunakkolunakko2007/05/26 19:50ni0615さんこんにちは。
まず、最初に、私も負けたら軍票は価値が無くなる事は知っております。負けると思って戦争をする国はありません。日本が勝っていた場合、日本に戻れば出した分の軍票に対してはちゃんと支払ったでしょう。
で、そうある以上は価値がどうとかで無く、軍票で支払われてても高給は高給なんだと思います。いくら、「引き出せなかろうが」です。結果論で語るのはどうでしょう?
また、「多くの楼主は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をした」ので、慰安婦の生活は貧しかったらしいですよ?
これは、「多額の請求の出来る給料を貰っていた」という証拠でしょう?
私も負けたら軍票は価値が無くなる事は知っております。
3.については、送金もわずかしかできずと書いてありますが、文玉珠さんは家族に高額の送金をしております。
>朝鮮人慰安婦のお姉さんが贅沢三昧をしたと思い込んでいるようですが、
そんなことは言ってませんよ?私の主張は「慰安婦は高給取りであった。」この一点です。また、慰安婦が家を建てたとも言ってませんよ?私がそのソースを知りたいぐらいです。
>そうわが日本人の父祖母姉たちも、・・・・・以下略
それはしょうがないですね。負けたのですから。
>というわけで、これは戦争というよりもマルチ商法の餌食になった、というほうが近いかと思います。
戦争は、勝てば官軍ですよ。後で考えても仕方ありませんよ。
>へんなはなし、戦争に負けたから「新円切り替え」もみんなが我慢したけど、・・・
意味がわかりません。何故革命がおきるのですか?貯金も無くならずに済むのでは?
>キーポイントは、公式的には1ルピー1円の固定相場、ということです。
物価上昇前の公式相場ですね。知っております。
>300円の収入は凄いといいますが、実際は軍票の300ルピーだったのです
この主張が正しいのであれば、月給20円の兵士さんはどのように生活していたのでしょうか?
実際は、1円=1ルピーが、1円=10000ルピーになれば、慰安婦の人には10000倍のルピーが支払われたのでは?
あなたの給料が同じで、物価が10000倍になれば、あなたはどのように生活するのですか?

ni0615ni06152007/05/26 22:02>戦争は、勝てば官軍ですよ
私はそうではなかった、といってるのです。仮に戦闘力でなんとか勝利を得たとしても、発行した戦時国債や、円や軍票の総額を支える財も生産力もなくなっています。ですから新円切り替えで、国の債務をおちゃらにしなくてはならないのは必然なのです。それをしないためには、占領地から過酷な収奪をしなくてはなりません。それとも米国や欧州に軍隊を派遣して占領し、「賠償金」をとりたてますか? それができなければ、大東亜の解放どころじゃなくなります。そうならないためには、アジアから、原料と役務をがむしゃらに奪い取って、だぶついた円の裏打ちをしなくてはなりません。そうなれば、アジア諸国の恨みを買うだけです。

>月給20円の兵士さんはどのように生活していたのでしょうか?
月給20円の兵隊さんは、多分、日本の円で家族に払われ郵便貯金したなかから、慰安所通いのお小遣いを任地で軍票に替えたのだと思います。1ヶ月に4回通うためには「6円」を軍票に替えました。1回「1円50銭」。でも実は花代もそれを賄う軍票も実際はルピーだったのです。公称交換レートが1円=1ルピーだから、ルピーを「円」で呼んでいたに過ぎないのです。その偽「円」は、仮に物価が1000倍になっても、慰安所通いにおいては1倍のままですから少しも困りません。残りの14円は、家族が内地で日本円として受け取り生活費に充てられます。ビルマにいる兵隊さんはアゴアシ付きで、町での買い物さえなければ部隊が全て養ってくれます。慰安婦のほうは、食事代などを楼主が値上げすればとても物価の値上がりについていけませんが、食料や生活必需品などは軍の兵站部などが面倒見たと書いてありますから、買い物さえしなければなんとかしのげたのでしょう。では、軍はどうしたかというと、物価が上がれば軍票を大量に発行してしのぐ、するとまた物価があがる、その連鎖です。

というわけで、こと「慰安所」に関する内部経済は、破綻しなかったのです。
どうしてかというと、慰安婦が枕もとに蓄えた軍票は、それが使われること無く外部経済に晒されないまま、価値0となったからでした。ということからも、従軍慰安婦だからこそ部隊が降伏する最後の最後まで成り立ったのです。沖縄戦でも同じです、ガマ陣地が崩壊するまで、ガマの一角の慰安所は成り立っていました。これが、民間の売春業だったら、戦闘が激しくなったり物価が急騰したら、みんな逃げ出したに違いありません。

ni0615ni06152007/05/26 22:17>1円=1ルピーが、1円=10000ルピーになれば、慰安婦の人には10000倍のルピーが支払われたのでは?
すでにお答えしたとおり、仮に物価が1円=10000ルピーになっても、軍の慰安所利用規定が改正されない限り、1,5ルピー(通称「円」)が支払われたのです。(軍の側が料金値上げでない方法で、慰安所を援助したが)。そうであれば、兵隊さんは困りません。慰安婦も「くうねるところにすむところ」さえ補償されれば暮らしていけます。そんなに物価が上がっている状態では、化粧品なんて買えないからあきらめていたでしょう。

lunakkolunakko2007/05/26 23:10ni0615 さんこんばんは。
推測はいりません。資料をください。
まず、最初の勝てば官軍・・・のコメントについて
●戦勝国が新札に切り替えして、国の債務をおちゃらにした資料をください。必然なのですからあるはずです。まさか、日本だけ例外とか言わないでくださいよ?

月給20円の兵隊さんのコメントについて
●推論ではなく、根拠となる資料をください。兵隊さんの円と、慰安婦の円が、なぜ違うのかを教えてください。
当時、兵隊も軍票で給料を貰っていましたよ?あなたの説だと、軍票も1円=1ルピーで、価値は変わってないですよ?自己矛盾してませんか?

●もし、あなたの説が本当であるならば、文 玉珠がミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事貯金(26145円。ルピーじゃないですよ。)をどのように貯めたのかお答えください。

ni0615ni06152007/05/26 23:44はは、
>推測はいりません。資料をください
こういうのを、 キターーーーっていうんですか(笑)。
>日本だけ例外とか言わないでくださいよ?
生産力と人的資源をこれだけ失ったという国は戦勝国にはありませんでした。例外は、ソ連、中国でしょう。むろん大きな混乱はありましたが、このときばかりは、貨幣増刷をしなかった社会主義経済が幸いでしたね。ヨーロッパでは、英仏が疲弊しましたが、アメリカが必死に支えましたね。アメリカだけが戦争で生産力を向上させました。それでも戦後、インフレの危機はあったはずです。
>兵隊も軍票で給料を貰っていましたよ?
そうですか?
>軍票も1円=1ルピーで、価値は変わってないですよ?自己矛盾してませんか?
矛盾しているのは私ではなくて、当時の額面と実勢が全く違うダブルスタンダードの貨幣制度です。わたしの叔父がかつてドイツにいったとき、東マルクと西マルクは公称1:1でも実勢は1:10だったといてましたよ。東ドイツ崩壊の時にはもっともっと差が出てきたそうです。こうなるよ社会主義はもろいですね。
>文 玉珠がミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事貯金
さんぐらいつけなさいよ。みくにのために兵隊さんのために身を尽くした恩人に対して。で、貯金できたということは、軍人軍属は公称レートで軍事郵便貯金に限って貯金ができたのでしょう。(でも、軍事郵便貯金は一定額以上はおろせない。戦後になって新円になって日本人はやっと価値が下落してから降ろせた)ということで、あなたもよく想像力を働かせてください。

lunakkolunakko2007/05/27 01:07ni0615さん、こんばんは。
私は、真実を知りたいだけなのですよ。想像とかはいらないのです。キターーーーでも何でもかまいませんが、資料をください。
>そうですか?
違うのですか?
>矛盾しているのは私ではなくて、当時の額面と実勢が全く違うダブルスタンダードの貨幣制度です。
お聞きしたいのですが、インフレで通貨価値が下がるという事と、その状態で為替取引を行うとどうなるかについて、あなたの意見を教えていただけますか?

●あなたの主張は、「ルピーで慰安婦の給料が用意された場合のみ有効」で、そう主張するならば、ルピーの軍票と円の軍票、2種が出回り、更にルピーのみ、その価値が激減したという根拠が必要です。
●あなたの主張は、物価が変わっても為替レートが変化しなかった時だけ有効です。物価だけが上がり、為替レートが変化しなかったのですか? 変化しなかったのだとしたら、それを示す資料を教えていただきたい。
これに答えられない限り、あなたの主張に説得力はありません。

>さんぐらいつけなさいよ。
すみませんでした。では、文 玉珠さんが2年半の間に貯めた26145円は、月給でいくら貰えば可能ですか?
私の主張は、「慰安婦が高給取りであった」の一点です。たとえそれが「使えなくても」です。

ni0615ni06152007/05/27 06:18lunakkoさん、おはようございます。
真実は自分でつかむものです。他人に絡んで得るものではありません。

>インフレで通貨価値が下がるという事と、その状態で為替取引を行うとどうなるかについて、あなたの意見
それはすでにこの場合の例として申し上げています。
>ルピーの軍票と円の軍票、2種が出回り、
そんなことは言ってません。ご自分のかってな妄想的疑問にはご自分で答えを探してください。軍票(ルピー)が、「円と等価である建前」と、300倍(45年)も違う「大きな較差の実勢」という「2つの交換基準」をダブルスタンダードだといってるのです。
>物価が変わっても為替レートが変化しなかった時だけ有効です
「建前の為替レート」を変化させなかった。しかし、そのおかげでやっと例外的にルピーから円に替えた郵便貯金も、豊田商事の「債権」が決して金に貢献できなかったと同じで、実際の「円」には特例をのぞいては交換できなかった。

他人の話は理解しようとしなければできませんよ。わたしも、あなたの話を読んで、数日経ってからここに批判を申し上げています。このへんのカラクリは、理解しようとしない人に言っても無理かもしれませんね。

文玉珠さんの貯金についてはすでにお答えしました。同じ質問を繰り返すのは、新宿歌舞伎町でカラまれたときだけにしてほしい。かんべんしてくださいね(笑)。

ni0615ni06152007/05/27 06:20訂正
金に貢献→金に交換

lunakkolunakko2007/05/27 14:46ni0615さん、おはようございます。
>真実は自分でつかむものです。他人に絡んで得るものではありません。
あなたは、「情報は余分な解説なしで生で受け取り、自分で吟味するようにしています。」と書いています。
あなたが真実をつかむ証拠となった情報を教えてください。お願いします。
>それはすでにこの場合の例として申し上げています。
何を指しているのですか?理解できるようにおねがいします。
>そんなことは言ってません。
自分の書いたことも理解できないのですか?
>軍票(ルピー)が、「円と等価である建前」と、300倍(45年)も違う「大きな較差の実勢」という「2つの交換基準」をダブルスタンダードだといってるのです。
ですから、この考えにいたった資料をくださいといっているのですよ。あなたの考えや、ネットに落ちている証拠のないブログはいりません。

あなたのいうカラクリ、通貨の価値の下落とは、例えれば、
店主が、

「ああ、これなら300ルピー……え、日本円! それなら15円でいいよ」

という意味ですよ。ルピーの価値は落ちたけれども、円の価値は落ちていませんね。
この場合物価高が起きたと主張される通貨はルピーのみ。
であれば、円を利用した方が安定した取引が可能になるんで、ルピーの価値は落ちたとしても、円で取引する分には全く影響無しです。
よって、円とルピーの二種類の軍票が存在したのですか?と聞いたのです。
一種類の軍票しか存在しないならば、あなたの主張は成り立たないといっているのです。
そして、裁判の資料によると、実際に文玉珠さんは、「円で」2万6千円を貯金し、家族に5千円を仕送りしています。
理解してください。

●あなたは「軍票」とは、「軍票=空手形」という無責任にばらまいた保障のないお金と思いこんでいませんか?
「軍票のルピー=現地での正式な通貨」で、軍票はただの現地通貨でしかないのですよ?

「軍票」を使う理由は、簡単に言うと、
・占領地では、占領した国が通貨を発行する。(前に支配していた国の統治が及ばないから)
・占領地での通貨は、独自の通貨を使う。(すでにあった通貨を基本として、住人の混乱を無くす)

軍票を発行する理由は、
・領地が増える事で、日本円の発行枚数が増え、インフレを誘発する事を防ぐ。
・敵に再占領された時に、日本円が敵の手に渡り軍事利用される事を防ぐ。(再占領されれば無効宣言で紙切れに)
です。

●あなたの出したたとえ話は、論点ずらしそのものです。気付いていますか?
>わたしの叔父がかつてドイツにいったとき、東マルクと西マルクは公称1:1でも実勢は1:10だったといてましたよ。
今は、同じ国の通貨(円とルピー)の話をしているのです。東ドイツと西ドイツという違う国の話しをして何が言いたいのですか?(単位が同じだけでしょ?)
>豊田商事の「債権」が決して金に貢献できなかったと同じで、実際の「円」には特例をのぞいては交換できなかった。
今は、当時流行していた通貨の話をしているのです。債権は関係ありません。

●兵隊さんも、慰安婦も、円で給料を貰っていました。証拠は、文玉珠さんの貯金がルピーではなく、円だからです。
また、慰安所の入場料も円で書いてあります。ルピーではありません。
円をルピーと名前を変えて軍票を作ったのです。よって、1円=1ルピーなのです。
あなたのいう、「ルピーから円に替え」る必要はまったくありません。

>文玉珠さんの貯金についてはすでにお答えしました。
答えてもらっておりませんが?私の質問は、
「文 玉珠さんが2年半の間に貯めた26145円は、月給でいくら貰えば可能ですか?」です。
答えなら、○○円以上。となるはずです。

ni0615ni06152007/05/27 17:11lunakoさん、私の説明の梯子の一段一段を全部取り外して、あなたが勝手に何かをとっつけて説明しなおせ、といっても、それは嫌でござんす。通貨とは何か、債権債務とは何か、為替とは何か、固定相場と変動相場の違い、などを勉強してください。それから、「新円」切り替えなどをググッテみてきださい。さらに、アジア資料センターに軍票についての政府解説書があるそうです。頑張ってください。

ni0615ni06152007/05/27 19:05それから
>○○円以上。>前提が正しければ、月831円以上です。あなたが計算すれば済むことです。これ仮に売上のおよそ4割だとすると、売上は2100円。もしお客さんが全部兵卒でミッチナの料金なら、月に1400人をサービスしなくてはなりません。1日47人の性サービスです。お客さんには下士官や将校もいたでしょうし、ラングーンでは単価はこれより高かったかもしれません。
1、 兵  午前10時~午後5時  1.5円   20~30分
2、 下士官  午後5時~午後9時  3円    30~40分
3、 将校   午後9時~午後12時  5円    30~40分
です。

ni0615ni06152007/05/27 21:00lunakoさんは女性ですからリアルなイメージをお持ちにならないほうがいいかと遠慮していましたが、もっと具体的にせよ、というご希望なので、
午前10時~午後5時 兵卒14人として 売上21円
午後5時~午後9時 下士官6人として 売上18円
午後9時~午後12時 将校4人として  売上20円
午後12時~午前6時 将校1人として  売上20円
----------------------------------------
合計79円  1日70円×30日=2100円 その4割=840円 30ヶ月で 25200円
lunakoさん、どういう生活かは御想像できましたか?

lunakkolunakko2007/05/27 23:35明確な資料もしくは論理的な弁論で指摘すべき部分を、定かでない資料と間違った理論で説明して、
その理論の問題点を指摘されたら、「あなたが調べろ」ですか。社会に出て通用すればいいですね。

いずれにせよ、資料をお出しください。
私の要求している資料は
●あなたが真実をつかむ証拠となった情報の資料
わたしも参考にしたいです。
●占領地において、軍票を大量に発行したのでインフレになったという資料
これは、あなたの「物価が上がれば軍票を大量に発行してしのぐ、するとまた物価があがる」の裏づけとなります。
私の調べた限りでは、この主張は「戦後そうであると確定のように語られる、実は根拠が不明のもの」です。資料がぜひとも見たいのです。

何度も言いますが、私の主張は「慰安婦は高給取りであった。」この一点です
その証拠が、文玉珠さんが2年半の間に貯めたお金が26145円であり、その当時の兵士の給料が20円であったことです。

>月831円以上です。売上は2100円。
そうですね。慰安婦は高給取りであった。これが証明されました。ありがとうございます。

あとですね、一日47人の性サービスは、疑問ですね。
あくまでも、1.5円は「入場料」です。サービスは別です。
常識ですが、心づけもありました。現に、文玉珠さんは、貯金に対して、「軍人からのお駄賃をため込んだ」と証言されていますよ?
また、、「一人5分と限り、一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」とおっしゃる慰安婦の方もおられますね。
ご存知ありませんでしたか?
また、慰安所規定では、
従業員一名に対し一日下士官二枚、兵三枚以内とす 一日5人以内
という文言の資料がありますね。

ちなみに、アジア資料センターにある軍票の政府解説書とは、
24.占領地通貨対策要領(案)
レファレンスコード B02032966000
ですか?
読みましたが、何が言いたいのですか?

もうひとつ、この件に関しては、あなたの発言もすべて私のブログで公表しますので、あしからず。

ni0615ni06152007/05/27 23:52>1.5円は「入場料」です。サービスは別です。
そうですか。では、「入場料」と「サービス料」の料金表を教えてください。大体で結構です。

ni0615ni06152007/05/28 00:01>占領地において、軍票を大量に発行したのでインフレになったという資料
それは、前のほうで別の方が示されているんじゃないんですか? インフレというのは、物資の料に対して通貨の量が肥大になるからです。軍票は出先の軍がいくらでも発行できました。あなたも、外地のインフレが内地に及ばないように軍票を発行したと言ってるじゃあありませんか。そうして、1年か2年で何百倍ものインフレが実際に起きたということは、軍は軍票を大量に増刷しないと物資が調達できなくなります。そうして、増刷するとインフレは更新します。あなたの嫌いな国、北朝鮮が今そのような状態ですね。

ni0615ni06152007/05/28 00:06>もうひとつ、この件に関しては、あなたの発言もすべて私のブログで公表しますので、あしからず。
無断転載は著作権の違反ですよ。私が書いたことの全文を必ず掲載するなら、その時に限って特別に承認しますが、部分部分では許可できません。

lunakkolunakko2007/05/28 00:51>そうですか。では、「入場料」と「サービス料」の料金表を教えてください。大体で結構です。』
サービス料とは?私は、サービスとしか行ってません。
それに対する金額は、文玉珠さんの証言によると、郵便預金返還訴訟を起こした貯金のすべてだそうです。

>あなたも、外地のインフレが内地に及ばないように軍票を発行したと言ってるじゃあありませんか。
言ってませんが?「あなたの主張が正しければ」のただし書きがある部分ですか?

>軍票は出先の軍がいくらでも発行できました。
ですから、軍票を大量に発行したのでインフレになったという資料をくださいといっているのですよ。
>そうして、1年か2年で何百倍ものインフレが実際に起きたということは、軍は軍票を大量に増刷しないと物資が調達できなくなります。
ですから、軍が軍票を大量に発行したのでインフレになったという資料をくださいといっているのですよ。
●可能性の問題を、規定事項として語らないでください。

>あなたの嫌いな国、北朝鮮が今そのような状態ですね。
嫌いではないですよ?むしろ、楽しんでますが?決め付けですか?

>無断転載は著作権の違反ですよ。
「引用」はソースをつければなんら違法性はありません。

ni0615ni06152007/05/28 06:08>それに対する金額
サービスに対する金額をサービス料というのでしょ。
>文玉珠さんの証言によると>だそうです
正確にどうぞ。伝聞元は?
>言ってませんが?
これは、あなたの文ですが。 
>軍票を発行する理由は、
>・領地が増える事で、日本円の発行枚数が増え、インフレを誘発する事を防ぐ。
>可能性の問題を、規定事項として語らないでください。
常識は常識として語っています。
>票を大量に発行したのでインフレになったという資料
そもそものことが、前方で示されています。
http://ameblo.jp/scopedog/entry-10030549652.html
こちらに資料の正確な引用があります。
「1942年12月に4億6326万円、1944年末に106億2296万円、1945年8月に194億6822万円、と明らかに急増している。なお、日本の占領地域は1942年後半以降は基本的に縮小する一方だったので、占領地拡大に伴う増発でないことは明らか。」

lunakkolunakko2007/05/28 10:01 ni0615さん、おはようございます。
>サービスに対する金額をサービス料というのでしょ。
そうなのですか?心付け、お駄賃では?少なくとも文玉珠さんは、お駄賃といっているようですね。
どちらにせよ、言葉の違いですので、揚げ足を取るようにそんなところに突っ込まなくてもいいですよ。
>正確にどうぞ。伝聞元は?
上野千鶴子「ナショナリズムとジェンダー 青土社 1998」を読んでみてください。

以下は、私の主張「慰安婦は高給取りだった」とは異なる議論なのですが、あなたも慰安婦が高給取りであったことを認めてくれたので、主題を「インフレは本当にあったか?」に変えますね。

>これは、あなたの文ですが。 
>>軍票を発行する理由は、
>>・領地が増える事で、日本円の発行枚数が増え、インフレを誘発する事を防ぐ。
冷静になってくださいよ。インフレを「防ぐために」発行したといっているのです
占領地が「インフレになり」、それが内地に及ばないようになんて私はいっておりません。
>常識は常識として語っています。
ですから、あなたの常識は何に裏付けられているのですか?と聞いています。おかしな資料をもとにしていませんか?
>「1942年12月に4億6326万円、1944年末に106億2296万円、1945年8月に194億6822万円、と明らかに急増している。なお、日本の占領地域は1942年後半以降は基本的に縮小する一方だったので、占領地拡大に伴う増発でないことは明らか。」
>こちらに資料の正確な引用があります。
あなたは、このブログの盲目的な信者ですか?
もしそうであるならば、以下の質問に答えてください。
そうでないならば、自分の間違いを自覚してください。
正確な資料なのですから、矛盾点はないですよね?

1.金庫券発行の実施日について

●私の資料

南方開発金庫券発行要領
    昭和十八年三月 大東亜大臣達

    第一条 南方開発金庫券ハ左ノ通貨単位名称ノ南方
     開発金庫券(以下金庫券ト称ス)ヲ夫々ノ地区毎ニ
     発行スベシ
     「ドル」(弗)   馬来及北「ボルネオ」地区
     「ペソ」     比島地区
     「グルデン」(盾) 東印度地区
     「ルピー」(留比) 緬甸地区
     「ポンド」(磅)  濠州地区(委任統治区ヲ含ム)
    第二条 金庫券ノ発行ニ付テハ大東亜大臣ノ定ムル
     金庫券発行計画ニ拠ルベシ
    第三条 金庫券ノ種類及様式ハ外貨軍票ト同一トス
      附 則
    第十条 金庫券ノ発行ハ昭和十八年四月一日ヨリ之
     ヲ実施スベシ
    第十一条 既発行ノ外貨軍票ニ付テハ国庫ニ対スル
     整理ノ関係ヲ除キ凡テ金庫券トシテ取扱フベシ

    [図録 日本の貨幣 10 外地通貨の発行(1)より]
    主要条文抜粋


●あなたの資料(http://ameblo.jp/scopedog/entry-10030549652.htmlより)
林博史氏の「「大東亜共栄圏」の実態」 によると、1942年12月に4億6326万円、1944年末に106億2296万円、1945年8月に194億6822万円、と明らかに急増している。

●質問
1942年12月は昭和17年ですよね?
私の資料によると、「金庫券ノ発行ハ昭和十八年四月一日ヨリ之ヲ実施スベシ」と書かれております。
上記ブログの引用先である林博史氏の「「大東亜共栄圏」の実態」にも、その旨、書かれております。
では、「1942年12月に4億6326万円」とは、何の数字ですか?資料をください。

2.占領地域の縮小と、発行高について
●あなたの資料
なお、日本の占領地域は1942年後半以降は基本的に縮小する一方だったので、占領地拡大に伴う増発でないことは明らか。

●質問
1943年に発行を開始すれば、次の年に発行高が増えるのは自然では?
「占領地拡大に伴う増発でないことは明らか。」なのは当然では?
最初から「現地通貨を入れ替えるために」もっと大量に発行するつもりであったと解釈できませんか?
あと、当時内地で流通していた円の総額はいくらですか?
もっとも、何についての発行高なのかわかりませんので、この発行高が何の数字なのか知りたいのです。資料をください。

3.発行高と流通量について
●質問
当時の発行高を元に議論してどうしますか?流通量を教えてください。
日本において、大量に発行された二千円札がどこにあるのかご存知ですか?

ni0615ni06152007/05/28 11:58ハイ!>林博史氏の「「大東亜共栄圏」の実態」 によると、1942年12月に4億6326万円、1944年末に106億2296万円、1945年8月に194億6822万円、と明らかに急増している。>これは、軍票と南発券の発行総額です。第十一条 既発行ノ外貨軍票ニ付テハ国庫ニ対スル整理ノ関係ヲ除キ凡テ金庫券トシテ取扱フベシ
>流通量を教えてください >>流通量とは? 流通量を調べる人はいなかったんじゃあないかな。 それに、南発券は必要量に足らなくなったから増発したんでしょ。ああそうか、回収したもののこと? でもねえ、発行数が40倍、50倍だよ。
●日本兵の給料は安かった。でも「円」として使えた。
●従軍慰安婦の玉代は1日何十人もサービスしたのでいっぱい集まった。でも、結局その大部分は国に帰って使うことができなかった。
●>少なくとも文玉珠さんは、お駄賃といっているようですね。
あなたの主張の“キモ”なのに、随分あやふやですね。私も興味がありますので、ゆっくり確かめてから教えてくださいね。

ni0615ni06152007/05/28 12:13補足訂正ね
●日本兵の給料は安かった。でも「円」として使えた。
●従軍慰安婦の玉代は1日何十人もサービスしたのでいっぱい集まった。でも、それを現地で使ったら300分の1の価値。貯金はできたが、現地で使えばやはり300分の1の価値、国に帰っても降ろせず「円」として使うことができなかったので、殆ど無価値。過酷な性奉仕の報いがこれ。

lunakkolunakko2007/05/28 13:58あなたは、「情報は余分な解説なしで生で受け取り、自分で吟味するようにしています。」と
発言なさっておられますので、少しは自分でお調べになったほうがよろしいかと。

もう一度書いておきます。
●あなたは「軍票」とは、「軍票=空手形」という無責任にばらまいた保障のないお金と思いこんでいませんか?
「軍票のルピー=現地での正式な通貨」で、軍票はただの現地通貨でしかないのですよ?

軍票は、二種類あります。
一つが「本来の約束手形としての票」。すなわち本物の貨幣ではありません。
もう一つが「軍占領下の地域において、軍部主導で発行された臨時貨幣」の事です。
あなたのソース元でいう軍票は後者なのです。貨幣なのです。
この違いが認識できない限り、あなたは私の言っていることを理解できないと考えます。
それとも、わざと両者を混同させて、ミスを誘いたいのですか?

そして、占領地においては、そこで使用されていた貨幣を日本の貨幣に変えるように通達があります。少しは自分で調べてください。

●「軍票」を使う理由は、簡単に言うと、
・占領地では、占領した国が通貨を発行する。(前に支配していた国の貨幣は回収し、入れ替える)
・占領地での通貨は、元の国の通貨単位を使う。(すでにあった通貨を基本として、住人の混乱を無くすため。あくまで、単位のみ)

前に支配していた国の貨幣を回収し、日本政府の軍票に「入れ替える」ために、大量の紙幣が刷られました。
これは、現地にも通達が行ってますね。両替を嫌だ嫌だといっていた占領地の人々は、交換レートがどんどん変わって損をしていますね。
これもよく知られている事実です。調べてみてください。
これを踏まえると、前にも書きましたが、

●あなたのいうカラクリ、通貨の価値の下落とは、例えれば、
店主が、

「ああ、これなら300ルピー……え、日本円! それなら15円でいいよ」
となるのですよ。
この場合のルピーは「現地で元々使われていた貨幣」であり、この場合の円とは、「軍票(単位はルピー) 1円=1ルピー」のことです。

>流通量とは? 流通量を調べる人はいなかったんじゃあないかな。 
大量に刷った南発券が地元に出回って、インフレを起こしたという資料をください。刷っただけで流通しなければ、そもそもインフレなんかにはなりませんので。

>それに、南発券は必要量に足らなくなったから増発したんでしょ。
そうです。南発券=軍票ですね。そこの占領地において、現地の貨幣はもう使えませんので、現地紙幣と交換するために必要な量に足らなくなったから増発したのです。

>ああそうか、回収したもののこと? でもねえ、発行数が40倍、50倍だよ。
意味がわかりません。

>●日本兵の給料は安かった。でも「円」として使えた。
当たり前です。「円」でもらっているのですから。

>●従軍慰安婦の玉代は1日何十人もサービスしたのでいっぱい集まった。
これのソースはありますか?私の反論はお読みになりましたか?

>でも、結局その大部分は国に帰って使うことができなかった。
日本が負けたからですね。これは、兵士さんも同じです。また、「慰安婦が高給取りだった」事となんら関係ありません。
使えないんだから高給取りではなかったという後付けの理論は恥ずかしいですよ。

>あなたの主張の“キモ”なのに、随分あやふやですね。私も興味がありますので、ゆっくり確かめてから教えてくださいね。』
裁判資料および、それに付随する慰安婦の方々の証言、私の示した資料 
上野千鶴子「ナショナリズムとジェンダー 青土社 1998」
を全て調べた上での発言ですか?自分で調べてください。
しかも、私の主張の“キモ”ではないですよ。馬鹿にしているのですか?
私の主張の“キモ”は、「文玉珠さんが2年半の間に貯めたお金が26145円」。です。
もっとも、文玉珠さんが本当のことを言っているのか嘘を言っているかなんてわかりません。証言は証拠ではないですから。
少なくとも、「多くの楼主は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしたため、彼女たちは生活困難に陥っていた」
のでしょう?多額の請求ができるくらいはもらっていたようですね。募集の広告からしても、月給300円以上ですね。
兵士さんの15倍です。

>●従軍慰安婦の玉代は1日何十人もサービスしたのでいっぱい集まった。でも、それを現地で使ったら300分の1の価値。
これがありえません。議論を蒸し返さないでください。もう忘れたのですか?
慰安婦は「円=軍票(単位はルピー)で給料をもらっております。
証拠は、円で貯金をしているからです。
現地で使ったら300分の1の価値という主張であれば、慰安婦は「占領前の現地通貨(ルピー。軍票ではない)」で給料をもらっていたという証拠が必要になります。
現地の旧通貨であるルピーで貯金をしていたという証拠があるのですか?
その資料をお見せください。

>国に帰っても降ろせず「円」として使うことができなかったので、殆ど無価値。過酷な性奉仕の報いがこれ。』
だから?同情を誘いたいのですか?日本が負けて、アメリカが統治しやすくするために日本の債務をチャラにした。
文句なら、アメリカにどうぞ。
>過酷な性奉仕の報いがこれ。
もう一度、裁判の証言とそれに付随する発言を精査なさっては?

事実は一つ。「文玉珠さんが2年半の間に貯めたお金が26145円であり、その当時の兵士の給料が20円であったことです。」
どちらも円です。ルピーは関係ありません。
そして、私の主張は一つ。「慰安婦が高給取りだった」です。

そして、二つ目の議論の主題が「インフレは本当にあったか?」です。

ni0615ni06152007/05/28 14:47「軍票」「南発券」はルピーだったけど「円」「円」と呼ばれていた。しかしこれは、日本銀行券の「円」には替えられなかった。兵隊さんの給料のうちの家族の生活費分は日本で家族にもちろん支給された。ビルマでのお小遣い分は、1円=1ルピーで軍票or南発券で支払われた。ビルマ社会がインフレに見舞われルピーが下落しても、慰安所や酒保(部隊内購買部)ではその1ルピーを1円並にあつかったので、兵隊さんたちにはインフレの影響は及ばなかった。慰安所の経営者はインフレの影響を受けたので軍に支援をもとめ、食料や生活必需品を軍を通して仕入れられるように便宜をはかってもらった。慰安婦もまた自分の歩合は、前借金返済と貯金にまわし、インフレの影響を避けた。もし慰安婦が花代をビルマで使ったら、30~100分の1の価値しかなかっただろう。蓄えた軍票(ルピー)はきつい引き落とし制限がついた軍事郵便貯金なら1ルピー=1円で貯金ができた。しかしこれは、日本が負けてしまった後、新円切り替えで大きく価値を下落させた。その下落したものも、日本籍を有しないものには返還されなかった。

ni0615ni06152007/05/28 15:01なお、
1、日本軍占領地には日本で使われている「円」札は持ち込み禁止であったこと。
2、何種類もの通貨の併用はありえません。それは一元統治ができてない混乱だからです。南発券以前の軍票も南発券として一元化しました。
3、インフレは通貨量をみれば分かるのが常識、常識外のことを真というには、あなたのほうから証拠または、100倍もの通貨量増加でもインフレが起きなかった事例を提示しなくてはなりません。
3、南発券(ビルマ・ルピー)の実物>http://www1.neweb.ne.jp/wa/note/16.htm>軍17、軍17A、軍17B、軍17F
ルナ子さん、あとはあなたに真実を受け入れる勇気があるかないかです。お互いに無駄な時間を費やすのはやめましょう。

lunakkolunakko2007/05/28 15:17あなたの示したソース元に
「太平洋戦争(昭和16年軍票、南方開発金庫券)
昭和16年軍票および南方開発金庫券は、占領地の物資調達、占領地の産業開発、および日本銀行券移行の準備紙幣の目的で使われました。
しかし、占領政策の過程で、元々流通していた現地の各紙幣との併用が認められていたほか、各傀儡政権の発行紙幣、また日本銀行券、台湾銀行券、横浜正金銀行券などの国内の紙幣も使用されていたため、実際にはかなり混乱していたと言われています。
地域に合わせて、デザイン、通貨単位もこれまでの軍票と異なります。」

「元々流通していた現地の各紙幣との併用が認められていた」
と書いてありますが?
自分の書いてる事がバカらしくなりませんか?
あなたの妄想は要りません。あなたの常識も要りません。
ni0615さん、あとはあなたに真実を受け入れる勇気があるかないかです。

ni0615ni06152007/05/28 18:07なるほどねえ。傀儡ビルマ政府発行の通貨との併用は認めたかもしれないな。そこは訂正しよう。しかし、邦貨=日本銀行券との併用は厳しく禁止した。ブログ主さんが、新聞記事を紹介してますよ。「南方へ邦貨携帯 現地軍で厳重に処罰」。それでもいろんな通貨がのさばっていたとすれば、大日本帝国派遣軍の威令が届かなかったということだよ。威張れることじゃあない。

lunakkolunakko2007/05/28 19:14なるほどねえって、あなたは自分も見ていないソースを出したのですか?
人をバカにするのもいいかげんにしては?
まあ、いいです。
>1、日本軍占領地には日本で使われている「円」札は持ち込み禁止であったこと。
知ってます。占領地では軍票が使用されていました。外地から内地へ貨幣を持ち込むには軍票(ルピー表示)を円に替える必要があり、
内地から外地へ貨幣を持ち込むには円を軍票(ルピー表示)に替える必要がありました。
よって、慰安婦は外地で給料を軍票でもらい、それを郵便局に預け(この操作が換金方法です。わかっているとは思いますが)、
円で内地の郵便局に貯金する事が可能だったのです。
そのレートはあたりまえですが、軍票(ルピー表示)1ルピー=日本銀行券(円表示)1円なのです。
何度も同じことを書かせないでください。

>2、何種類もの通貨の併用はありえません。それは一元統治ができてない混乱だからです。南発券以前の軍票も南発券として一元化しました。
現地の元の通貨、反日通貨、軍票が使われています。http://www1.neweb.ne.jp/wa/note/16.htmより。
日本の占領下にあるので当然軍票が一番信用でき、その結果、他の貨幣価値は下がります。
その例が、さきほどのお店の主人の話です。

>3、インフレは通貨量をみれば分かるのが常識、常識外のことを真というには、あなたのほうから証拠または、100倍もの通貨量増加でもインフレが起きなかった事例を提示しなくてはなりません。
ないものを証明することはできません。それを悪魔の証明といいます。出来ると言い張るのであれば、悪魔がいることを証明してください。
「ある」と言ったほうに証明の義務があるのです。これも議論の常識として知っておきましょう。

また、何に対して100倍なのかしりませんが、現地の元通貨が100億ルピーあったのならば、当初の交換レートが軍票(ルピー表示)1円(ルピー)=現地通貨1ルピーであるので、100億ルピー分の軍票を刷る必要があります。
もちろん、貨幣を現地通貨から、軍票に変えるためです。
よって、あなたのいうインフレが起こるのならば現地の元通貨流通量が軍票の総流通量の1/100でなければなりません。
現地通貨が1/100である証拠をお出しください。

ところで、私の日本語は理解できておりますか?
理解できなければ、その旨、伝えてください。
同じことを何回も言っている気がするので。

nagaikazunagaikazu2007/05/29 01:07lunakoさん、はじめまして。永井と申します。

 ちょっとお聞きしたいのですが、
>>
●「軍票」を使う理由は、簡単に言うと、
・占領地では、占領した国が通貨を発行する。(前に支配していた国の貨幣は回収し、入れ替える)
・占領地での通貨は、元の国の通貨単位を使う。(すでにあった通貨を基本として、住人の混乱を無くすため。あくまで、単位のみ)

前に支配していた国の貨幣を回収し、日本政府の軍票に「入れ替える」ために、大量の紙幣が刷られました。
これは、現地にも通達が行ってますね。両替を嫌だ嫌だといっていた占領地の人々は、交換レートがどんどん変わって損をしていますね。
これもよく知られている事実です。調べてみてください。
<<
と書かれてありますが、南方占領地で軍票で現地通貨を「入れ替える」工作を日本軍がおこなっていたというのは、初耳なのですが、何を調べたらいいのでしょうか。
 日本軍の占領によって、占領地においてそれまで機能していた発券銀行は事実上機能停止になって、発券能力をもつのは日本軍のみとなりますが、日本軍の政策として、同一貨幣単位の旧通貨を新通貨である軍票によって回収することは行われていなかったと思います。
 いずれ、戦争の帰趨が日本に有利となれば、新発券銀行をつくって通貨統一をおこない、軍票と旧貨幣を回収しようと考えていたのですが、それまでは軍需の調達と手っ取り早い現地での開発資金調達の便宜のために、軍票でいくという方針であったと理解しています。
 lunakoさんの南方軍票論は新説ですが、はたしてどなたの説に依拠されているのでしょうか。

ni0615ni06152007/05/29 05:18ルナ子さん、「さきほどのお店の主人」ってだれですか?
それから、私があなたにお聞きしたことで答えが無いことがいっぱいあって、どうなっちゃったんだろうと心配してますが、そちらのほうのご用意もよろしく御願いします。なんなら一覧表をつくりましょうか? 「いつまでオレのスペースを無駄図解してるんだ!」とブログ主さんからお叱りを受けそうですが(汗

ああそれから、インフレがあったという証明に比べてインフレかなかったという証明は難しい、との御説ですが、私は通貨量の増加を挙げましたが、あなたは通過量の総量は変わらなかったという仮説を述べているのですね。もしそうなら、その根拠は簡単に見つかりそうですが、いかがですか? 「さきほどのお店の主人」にもたずねてみてはいかがですか? 「現地通貨なんか見なかったよ。それもこれも皇軍さまのご威光よ」とこたえるか、「現地の商人は軍票でも品物を売ったが、しぶしぶだったな。軍票の価値が安定してなかったから、本心では使いたくなかったみたいだぜ」とこたえるか? あ、 「さきほどのお店の主人」って誰でしたっけ? 「主人」でページ検索しても見つかりません。

zames_makizames_maki2007/05/30 12:31ni0615さん、lunakkoさん、nagaikazuさん、kmiuraさん
はてな従軍慰安婦グループに専用のスレッド(http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/10)を作りましたので、よろしければそこで議論下さい。なお今はメンバーでなくても誰でも投稿できるはずです。