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日常生活では、どんな店屋の主人でもしごくあたりまえに、ある人が自分がこうだと称する人柄と、その人が実際にどういう人であるのかということを区別することぐらいはできるのに、わが歴史記述ときては、まだこんなありふれた認識にさえも達していないのである。それは、あらゆる時代を、その時代が自分自身について語り、思い描いた言葉どおりに信じ込んでいるのである。    『ドイツ・イデオロギー』

私家版・従軍慰安婦問題のリンク集(2008・8)

081201

[] 英下院外交委員会報告書、『国際安全保障:日本と韓国』 09:09  英下院外交委員会報告書、『国際安全保障:日本と韓国』 - kmiura を含むブックマーク はてなブックマーク -  英下院外交委員会報告書、『国際安全保障:日本と韓国』 - kmiura  英下院外交委員会報告書、『国際安全保障:日本と韓国』 - kmiura のブックマークコメント

英下院外交委員会は30日、『Global Security: Japan and Korea(国際安全保障:日本と韓国)』と題した報告書のなかで、日本政府は第2次世界大戦中の従軍慰安婦問題が、韓国で「悲痛で感情的」な問題として受け取られている重要性を認識すべきだとの見解を示した。

「日本は従軍慰安婦問題の重要性認識すべき」、英外交委員会

http://www.afpbb.com/article/politics/2544196/3571473

従軍慰安婦に関するパラグラフは

48. It is alleged that 200,000 young women captured during the Second World War were forced to serve in Japanese army brothels. These victims—euphemistically known as "comfort women"—were predominantly Korean, but also included Chinese, Philippine and Indonesian women. The Japanese Government has not offered an apology to former "comfort women", and has not offered direct compensation, on the grounds that compensations claims were settled by post-war treaty arrangements. However, in 1995 it established an "Asian Women's Fund", funded by donations from the general public. This paid 2 million yen (about £10,000) each in compensation, plus medical and welfare support, to 285 former "comfort women" in South Korea, the Philippines and Taiwan. These arrangements have been criticised by Amnesty International as "fail[ing] to meet international standards on reparation and […] perceived by survivors as a way of buying their silence".[64] Hitherto, all claims for reparation brought on behalf of survivors before the Japanese courts have failed. The Asian Women's Fund was recently wound up. Japan's treatment of the former "comfort women" continues to face criticism internationally, for example in resolutions passed by the European Parliament[65] and by a number of national legislatures, including the US House of Representatives, which said in July 2007 that Tokyo should "formally acknowledge, apologise and accept historical responsibility in a clear and unequivocal manner".[66] Japan's Foreign Minister at that time, now the Prime Minister, Taro Aso, issued a reply to the US House, stating that its resolution was not based on facts and was "extremely regrettable".[67] At government-to-government level, Japan and South Korea regard the "comfort women" issue as being settled. However, some South Korean former "comfort women" continue to protest about their treatment.


64 Amnesty International submission to the UN Universal Periodic Review: Japan, 22 January 2008

65 European Parliament resolution P6_TA(2007)0632 on "Justice for the 'Comfort Women'", 13 December 2007 Back

66 H. Res. 121, 30 July 2007

67 "Japan anger at US sex slave bill", BBC News online, 19 February 2007

http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200708/cmselect/cmfaff/449/44905.htm#a7

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080820

[][] スマラン事件の被害者、オヘルネさんによるスピーチ 09:21  スマラン事件の被害者、オヘルネさんによるスピーチ - kmiura を含むブックマーク はてなブックマーク -  スマラン事件の被害者、オヘルネさんによるスピーチ - kmiura  スマラン事件の被害者、オヘルネさんによるスピーチ - kmiura のブックマークコメント

場所 Melbourne Law School Public Lecture

日時 8.15 campaign in 2008.

Australian "Comfort Women" survivor Jan Ruff O'Herne

関連リンク

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3

http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070807/p1

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070725/1185366935

http://www.awm.gov.au/alliesinadversity/prisoners/women.asp

追記

さらに関連するが、以下のように騙される方もいるみたいなんで、追記。小林某の漫画やチャンネル桜の情報を鵜呑みにするのではなく、ちゃんと事実関係を自分で調べてほしいと思う。セマラン事件に関しては拉致という意味での強制連行であることははっきりしている。なにしろ「事件発覚後慰安所を閉鎖させた」と2007年ワシントンポスト広告The Factにまで得意げにかいてあるのだ。

以下のようなかたちでいわゆる”反日”を煽っているのは彼ら自身でもあり、自覚してかせずかマッチポンプであることはよくよく考えたほうがよい。かくして「強制連行はなかったんじゃないですか?」とチャンネル桜に問い合わせても返答は「朝鮮人の強制連行はなかった、とはいいましたがなにか?」といわれるのがオチであろう。なお、下記サイトで宣伝している『日本より正しい情報を発信する会』は一年後の今、跡形もないようである。カネだけあつめてトンズラのパターンだろうか。

http://hinomaru.iza.ne.jp/blog/entry/144928/

われわれ(日本より正しい情報を発信する会)では海外在住の日本人の方も所属しており、その方の、メールの一部をご紹介する。

この方には、慰安婦問題についての正確な情報(くっくりさんの従軍慰安婦10問10答)と思われる文を英訳したものレヴューをお願いしてある。

その方が豪州のネイティブの方に英文を見てもらったときの反応である。(一部、手直しを入れております。)

<メンバーからの手紙>

実は今日、英語の校正を頼んでいた友人に昼食によばれました。彼は日本通で、日本大好きで、前世は日本人だったのではないか、と言っているくらいです。普通の日本人が知らないようなことも知っていて、日本人をパートナーにしている人です。いつも、ちょっとした英文の直しを頼んでいる友人のうちのひとりです。

彼はいつもなら、「戦争は残酷なものだ。敵も味方も人が狂ってしまう」と、ものわかりのいいことを言っているので、(従軍慰安婦10問10答の英訳レヴューを)頼んだのです。 

しかし、あの英文については、「機械翻訳したのか、へんな英語だな。なんだか従軍慰安婦のことをまるで無かったことのようにいっているが、それは間違いだ」と、言うのです。それで、

私が、伝えられている情報は一方的なもので、軍が直接関与したものではなく、民間業者が当時合法の売春婦を募ったものだ、と反論すると、「オーストラリア人の女性達が、日本軍に無理やり連れて行かれて強姦されたと言っているぞ、しかも、お金なんかもらっていないで、性の奴隷にさせられたと言っている。彼女達が嘘を言っているとはおもえない」とけっこうな見幕でまくしたてるので、私は、これ以上反論しても無駄だ、反日勢力の英語での流布のすごさと、日本政府の問題処理のまずさ(その、オランダ人であった今は豪州国籍の女性達に対しても)に、これからの活動の厳しさを思い知りました。

(前提や背景を)充分に説明しないと、多くの人の共感は得られず、かえって、巷で言われている「日本の男はメールショービニスト」ということをよけいに信じ込ませてしまうのではないか、と、危惧するものです(後略)

taspontaspon2009/05/09 21:24>>日本軍に無理やり連れて行かれて強姦されたと言っている
戦後連合軍の兵士に無理やり連れて行かれて強姦された日本女性はどうしてくれるの?
けっこうたくさんいるとおもうべな

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080819

[] 慰安所設置13年間の歴史と議論のズレに関して 09:05  慰安所設置13年間の歴史と議論のズレに関して - kmiura を含むブックマーク はてなブックマーク -  慰安所設置13年間の歴史と議論のズレに関して - kmiura  慰安所設置13年間の歴史と議論のズレに関して - kmiura のブックマークコメント

以下書いてみたのですが少々暴言かもしれない。

このサイトを読んでくださっている方のご批判を期待しています。

-----------------------------

慰安所の設置・慰安婦の募集・徴募の年表は大まかに3つに分けることができるのではないか。

I (1932)‐1937年 前期

侵略先における軍による慰安所の突発的な売春業者の指定・設置。上海事変(1932)が最初、といわれるが、シベリア出兵における性病の問題がきっかけになっている。

II 1937末‐1942年初頭 中期

大陸への本格的な侵略にともなう慰安所設置の拡大、国の全面的な関与。内務省・憲兵・日本国内(朝鮮・台湾を含む)の警察・地方自治体の協働作業による売春業者を介した慰安所の設置・慰安婦の募集。

III 1942初頭-1945年 後期 

太平洋戦争開戦に伴い文官が関与を放棄(e.g.外務大臣発「南洋方面占領地に対し慰安婦渡航方の件」、『集成』一巻p165)、徴用・渡航の手続きを事実上軍に一任。

元慰安婦や軍務に就いた元兵士・将校による証言はこれらの三つの時期にまたがっている。証言の内容がさまざまなのはこの13年という短い期間に設置実務の主体がめまぐるしく変化したことによる。たとえば前期の証言のみをもってすれば、ただの売春宿であった、という主張を支持することは実に簡単なことだろう。一方で後期の証言を参照にすれば、占領地における明白な強制連行をそこに見出すことができる一方、内務省に資料は残らない=組織的関与ミニマリズムの論者にとっては実に都合がよいことになる。また、意図的あるいは知らずしてこうした年代の違いを混同することで、互いの反論はいかにも容易になる。またIII期は中央による統制が放棄されたゆえに侵略先の軍司令部によってその設置状況・徴用手段がことなるのは当然の事態となる。

こうした前期・中期・後期の経過を考慮しない”時代錯誤”な議論は目下軍慰安婦の歴史を明確に記述しようとする人々においても混乱を生じているように思われる。たとえば中国や朝鮮半島からの労働者強制連行に関して、その定義を国家動員法と徴用令に関連して定義づける論は軍慰安婦が政治的問題として浮上する90年代以前から、国会の議論でもそうであったように通説であった。しかしながらIIIを考慮すれば文官が慰安所の運営・慰安婦の徴用や渡航に関する監督責任を放棄した状態で国家動員法と徴用令を軍慰安婦の強制連行の根拠とすることはそもそも無理筋となってしまうのではないか。また、朝鮮半島における”狭義の”強制連行のみならずインドネシアやフィリピンにおける明らかな”狭義の”強制連行は、通説の強制連行の定義から外れてしまうのではないか。特にIII期においては慰安所の設置が常態となりなおかつ軍は文官によるくびきを解かれている。開戦とともに”軍はご自由にどうぞ”モードになった文官の責任放棄の鏡像として現代の秦氏による”狭義の強制連行はなかった”論は大手を振ることになる。この屁理屈に対する反論はコントロールを失った文官の実情、および軍そのものの行動や、被害者の記録と記憶を持ってしかありえない、ということになる。

StiffmuscleStiffmuscle2008/08/20 23:03旧植民地においては「強制連行」の定義を「慰安婦」に敷衍することの意味は十分にあると思いますが、占領地においては「1926年の奴隷条約」、「ILO29号条約(強制労働禁止条約)」、「醜業条約」などから「強制」の定義を再構築するのが妥当であり、それは、日本人元「慰安婦」を含めたすべての元「慰安婦」に適用できます。
実際、マクドゥーガル報告はそれらを踏まえたものになっています。しかし、ほとんどの日本人が、クマラスワミ報告もマクドゥーガル報告も読んだことがないし、その概要すら知らないのです。「性奴隷」という言葉が書いてあると聞いただけで、怒ったり、ニヤけたりする(何を想像してんだか・・・)。

「強制連行」という言葉を使わないという方法も取れるかもしれませんが、それより重要なことは、「慰安婦」について正確に教科書に記述すること、それから、「奴隷条約」や「ジェノサイド条約」など未批准の国際条約を批准することだと思います。安倍前総理の迷惑な置き土産「新教育基本法」を元に戻し、国際条約を批准するには現政権を下野させることが絶対に必要だと思います。新政権が安定した政策を打ち出し、「政権が交代しても大丈夫なんだ」という実感を国民の多くが持つとき、狭義の「強制連行」だけに拘ることの愚かさもおのずと明らかになるのではと期待しています。

nagaikazunagaikazu2008/08/24 19:12 時間的余裕がないので,詳しくは説明できないのですが,昭和17年1月14日付外務大臣発「南洋方面占領地に対し慰安婦渡航方の件」(『集成』一巻p165)を根拠に,
「太平洋戦争開戦に伴い文官が関与を放棄」,「(軍慰安婦の)徴用,渡航の手続きを軍に一任」と結論するのは,やや議論が強引に思えます。
 あの電報の指示そのものは,軍の要求により南方占領地で軍慰安所を開設するために渡航する者(含む慰安婦)に対しては,一般渡航者に与えるような旅券を発行せずに,軍要員として扱う(軍の発行する身分証明書のみにて渡航を認める)ように措置せよというものです。
 まず第一に,これは外務省の姿勢を示すものであって,「文官」全般にまで拡張できるものではありません。第二に,これは南方占領地およびその周辺(すなわち東南アジア)への「渡航」に関するものであって,中国の占領地や「満洲国」への「渡航」はこれに該当しませんし,また「渡航」の取り扱いに関するものですので,「徴用」とはそもそも無関係です。なお,歴史用語としての「徴用」は「国民徴用令」にもとづく労務動員を指しますので,軍慰安婦の場合にそれを使うのであれば,より一般的な国家による労働力の徴発という意味で使っていると明示しておいたほうがいいでしょう。
 たしかに,第3期には,東南アジア占領地への慰安所関係者の渡航は,軍の管轄下におかれます。そのことを明示的に示す『集成』の資料は,第2巻p.213からの「陸亜密第一三九八号電」(陸軍次官発波集団参謀長・南方軍総参謀長宛昭和17年11月28日宛)で,この電報において,慰安所関係者の渡航手続きは,昭和17年4月23日付陸亜密第一二八三号で通牒された「陸軍関係者南方占領地(含香港)進出手続」に定める「ト」にしたがうべしと,陸軍省は指示しています。具体的には,軍慰安所関係者が「日満支」から南方占領地へ渡航する場合には,陸軍省において銓衡をおこなって,可と認められた者には陸軍省が身分証明書を発行し,その証明書を持参すれば渡航が認められるというものです。
 ですので,たしかに第3期については,日本本土・植民地さらに「満洲国」や中国の占領地から東南アジア占領地への軍慰安所関係者の渡航手続きに関しては,外務省もしくは大東亜省の関与外におかれたことは,まちがいない事実だとはいえますが,それを敷延して,「文官全体が関与を放棄した」とまで言うと,それは言い過ぎではないでしょうか。「文官全体」とまで言えば,内地および植民地の警察も入りますが,この資料をもって,警察の関与放棄は証明できませんし,その仮説を裏づける別の資料もありません。そもそも警察関係の資料はごく一部の時期のものしか発掘されていないのです。

 「南洋方面占領地に対し慰安婦渡航方の件」について付言しておけば,Traffickingに対する国際条約を結んできた外務省の伝統からすれば,正式旅券を発行することで,公然とそれを破るようなことはしたくなかったのでしょうが,しかし,軍の要請にしたがって,「醜業条約」の精神(あえて規定とは申しません)もしくは「身売り防止」の精神に反して,Traffickingなくしては維持できない軍慰安所制度を,外務省や内務省が容認し,その制度の維持に協力したという点では,第二期も第三期も大きな変わりはないはずです。
 ちがうのは,新たに慰安所が開設される占領地への渡航手続きであって,第二期前半は警察の発行する身分証明書があれば,中国への渡航を許可し,第二期後半には,上記警察の身分証明書の発行には,中国占領地におかれた日本領事館の発行する「渡支事由証明書」が必要であるとし(ただし,やむをえない場合は,占領地の軍の発行する身分証明書をもって領事館発行「渡支事由証明書」にかえることができる),第3期には,軍の発行する身分証明書があればそれでよい,との変遷をたどったのでした。

kmiurakmiura2008/08/28 22:01Stiffmuscleさん、nagaikazuさん

大変有用なコメント、ありがとうございます。書き直そうとしばし右往左往しているのですが、いざ厳密にしようとするとなかなか四苦八苦の状態です。

次の二点のことを考えているところです。

- "強制連行"を国際条約から再構築するとしたらどのようになるのか。(条文をいろいろ眺めてみる)。

- 第2期から第3期への移行は、太平洋戦争開始・戦線の拡大とともに慰安所設置の手段が多様化したという点から(たとえばフィリピン・インドネシアにみられる証言は”第二期”に比較すると場当たり的な軍の行動が多く見られる)、時期をわけるべきではないか、と考えているのだが、これを資料からいかにして説明するか。たとえばnagaikazuさんに説明していただいた身分証明書の発行元の変遷、はそのひとつかもしれない。

いつまでもレスをしないのも恐縮なのでとりあえずのお返事まで。

ntoybmiihqntoybmiihq2011/06/04 19:46cskVp5 , [url=http://rxyvsqarwppk.com/]rxyvsqarwppk[/url], [link=http://gwcqlpknjvoe.com/]gwcqlpknjvoe[/link], http://aqknifxartur.com/

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080818

[] インドネシア:マルク州西南東マルク県セラル島リンガット村における日本軍慰安婦 23:57  インドネシア:マルク州西南東マルク県セラル島リンガット村における日本軍慰安婦 - kmiura を含むブックマーク はてなブックマーク -  インドネシア:マルク州西南東マルク県セラル島リンガット村における日本軍慰安婦 - kmiura  インドネシア:マルク州西南東マルク県セラル島リンガット村における日本軍慰安婦 - kmiura のブックマークコメント

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)

http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

『エンプラワスの村人が日本軍に抵抗した理由は、それは余りにも理不尽な課税と、それから人間の尊厳に関わる酷い要求の二つだった。大東亜戦争の中、日本軍は現地で食料を調達。軍票で支払うこともあったが、支払わないこともあった。それを村人は“税”と捉えていた。農産物を始めヤギ、豚などの食料供出を、各村々に割り当てていた。日本軍は、さらに、まだ未婚の女性や美人の若妻をイアンフ(慰安婦)にしようとした。村々から集められた女性たちは(注:陸軍部隊の本部があった)ワクパパピで選別された。さらにエンプラワス村に義務付けられた納税の一つはタバコだった。エンプラワスはババル島で最高の品質のタバコ産地だった』

『悲劇の始まりはというと、シノハラ(注:極秘報告書によれば、シノハラとは海軍錦隊の嘱託だった篠原と思われる。シノハラがエンプラワス村にやってきたのは1944年10月27日とされる)はイタリアと言う名のスパイらと共に、慰安婦候補探しとタバコの調達の二つの用事で村にやってきた。村人は税のことは分っていた。供出物資の事は承諾していた。プロテスタントの牧師の家にやってきたシノハラは、村長らを呼び、そこで、要求を突きつけた。元々はこれぐらいと言っていたのに、今後はこれぐらい増加でタバコを供出せよと、酷い増量を求めた。村人は納得できない。さらにシノハラは娘と美人の人妻を出せとも要求した。イアンフ候補を急いでセレクションしろと』

『しかし、牧師や村長らは、それらの要求は呑めないと答えた。死んでも受け入れられないと。物資ならいいが女性は認めるわけにはいかない。タバコはいいが女性は人としての尊厳・威信から無理だと。それでトラブルになった。結果、シノハラとスパイらは村人に殺された。村人は予想した。シノハラらが帰らなければ、必ずや日本軍は報復してくるだろうと。これでは安全ではない。三日後ぐらいには日本軍が攻撃してくるだろうと。そこで、日本軍に抵抗しなければ、となった』

『当時の教会のデータによれば、当時エンプラワスは3つの集落で一村を形成、ババル島で一番大きな村だった。エンプラワス村長は近辺の村々に呼びかけて、一緒に日本軍へ抵抗しようと訴えた。尊厳と威信を守るため、日本軍と闘おうと。トゥトゥアワン村は同意。そしてマヌウェリ村も同調。アナルトゥール村も賛同。しかしココアリ村まで行った際、そこには日本軍のポストがあり、村人の計画は日本軍の知るところとなった。そこで、日本軍の襲撃前に、村人は山へと逃げた。エンプラワス村の家々はすべて焼かれてしまった』

『後日、日本軍は、使者を山へ送ったり、森の中に書いたものを貼り、村人に対して日本軍はもう怒ってはいない、和解したいから下山しなさいと呼びかけた。山にこもった村人たちは、夜のみ動き回り、食べ物を探し、苦しい生活を余儀なくされた。飢えで死んだ子供たちもいた。やがて日本軍の呼びかけを信じた村人の多くが下山を決めた。その時、日本軍は、これは和平なんだから、鋭利なものは持ってくるなと命令した。しかし100人ぐらいは山から下りなかった。和平はエンプラワス村近くのティウィ(Tiwi)川で行うと日本軍は言った。二陣に分かれて村人は山から下りてきた』

『下山した村人を日本軍は三つのグループに分けた。最初のグループは、抵抗などの虞のない男たち、女性そして子供ら。二つ目のグループは抵抗勢力になりそうな屈強な男たちで、彼らは後ろ手に縛られた。第三のグループは、長老や慰安婦候補の若い女性たち。日本軍はまず二番目のグループを最初に殺した。義父は当時7歳でそのグループにいたが遺体の陰で生き延びた。日本軍はまず強い男たちのグループを抹殺し、それから次のグループの番と考えていたようだが、最初のグループが殺されたことから、残りの村人が騒ぎ出し、その瞬間から誰彼問わず射殺を始めた』

『奇麗な水のティウィ川は血の川に変わった。子供らは上に放りあげられ、銃剣で刺された。助けてという悲鳴が響いた。義父は両親、兄弟が目の前で殺されるのを見た。死んでいようが死んでいなかろうが、川に投げ込まれた。妊婦の腹は銃剣で裂かれ、中の赤子まで刺された。義父の記憶によれば、初めの頃は20人ぐらいがまだ川の中で息をしていたとか。引き上げる前に、スパイ(注:日本軍に就いたインドネシア人)らは、死んだかどうかの確認をし、まだ息をしている者は、銃剣で息の根を止めた。やがて満足した日本軍はワクパパピへ帰って行った』

『私は、エンプラワス村で虐殺された人数は、700人程度ではないと断言する。いわんや日本軍が報告したような400人とう数値はまったく事実とかけ離れている。1,000人近くの数になる。私はそれら犠牲者の名簿を持っている。さらに慰安婦にされた女性たちの数やその設置場所に関するデータもすべて分っている。私は、すでに書き上げた内容をいつでも出版できる立場にいる。一方、賠償云々について私は発言する立場にはない。史実にどう向き合おうとするのか。そのことを日本に問いたい』

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)

http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)

http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

[][] The 'Comfort Women' Controversy: History and Testimony 08:53  The 'Comfort Women' Controversy: History and Testimony - kmiura を含むブックマーク はてなブックマーク -  The 'Comfort Women' Controversy: History and Testimony - kmiura  The 'Comfort Women' Controversy: History and Testimony - kmiura のブックマークコメント

The 'Comfort Women' Controversy: History and Testimony

By Yoshiko Nozaki

July 31, 2005

http://www.zmag.org/znet/viewArticle/5719

91年以降の論争の経緯に関してのよい解説になっている。論争に関する英語の解説を求められたら、このリンクがよい。

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080813

[][][][] 東ティモールにおける日本軍性奴隷制  03:51  東ティモールにおける日本軍性奴隷制  - kmiura を含むブックマーク はてなブックマーク -  東ティモールにおける日本軍性奴隷制  - kmiura  東ティモールにおける日本軍性奴隷制  - kmiura のブックマークコメント

たまたまみつけたのですが、かなり詳しい連載です。『季刊東ティモール』に2001年から03年まで連載され、筆者の古沢さんがマラリアにかかったところで中断しています。別のブログの昨年の書評記事経由でみつけました(『従軍慰安婦をめぐる30のウソと真実』 大月書店 [Book_review]@試稿錯誤)。ブックマークはしてあったのだが、読んでいなかった。

東ティモールにおける日本軍性奴隷制 古沢希代子

第1回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number3/sexslavery3.html

第2回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number4/sexslavery2.html

第3回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number5/sexualslavery3.html

第4回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number6/sexualslavery6.html

第5回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number7/sexslavery7.html

第6回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number8/sexualslavery7.html

第7回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number9/sexualslavery7.html

第8回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number10/sexslavery8.html

第9回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number11/sexslavery11.html

第10回

http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number13/sexslavery13.html

関連リンク [追記]

東ティモールにおける日本の戦争責任についての申し入れ(2006)

http://www.asahi-net.or.jp/~gc9n-tkhs/2006220.html

東ティモールにおける日本軍性奴隷制被害者に関する申し入れ(2007)

http://kawancyu.11.dtiblog.com/blog-entry-17.html

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06/29 19:30 慰安婦問題の意見書に対し反対討論をするも、賛成多数で可決…|高槻ご
本日の高槻市議会本会議で、上の画像の意見書が賛成多数で可決されてしまいました。これは日本共産党議員団が提出したものです。 自民党議員団は、当初この意見書に賛成するとしていたのですが、私が吉田稔弘議員に反対を呼び掛けたところ、会派で反対に回ってくださることになりました。 本日、私は議場でこの意見書に対する反対討論を行いました。 採決では、自民党以外の議員の方も何人か反対してくださったようです。しかし...
06/27 12:22 Manila Standard Today -- Democracy, De Lima and comfort women -- 2010/june/24
A third journalist was killed in a span of five days. Nestor Bedolido of Digos City was shot six times by a motorcycle riding assailant. Previously, two other journalists?Joselito Agustin from Laoag a...
06/27 12:20 The Pained Legacy of Comfort Women ? SpeakEasy
News & PoliticsNEWS & POLITICSWorldWORLDEconomyECONOMYRightsCIVIL LIBERTIESIMMIGRATIONREPRODUCTIVE JUSTICEEnvironmentENVIRONMENTFOODWATERMedia & CultureBOOKSMEDIA AND CULTURELivingDRUGSFOODPERSONAL HE...
06/27 09:57 水曜行動
水曜行動7月7日(水)18:00?19:00場所:三条河原町 商店街アーケード入口にて※終了後に近くでミーティングを行います
06/27 09:51 小樽、西東京、読谷村でも
6月21日、北海道・小樽市議会と東京・西東京市議会で「慰安婦」問題について国の誠実な対応を求める意見書が可決されました。さらに翌22日には、沖縄・読谷村でも意見書が採択され、現在23議会で意見書が可決されています。※岡山も含めると24市議会です以下、読谷村での意見書を貼り付けておきます。
06/29 09:27 高槻市で意見書が可決されました!
... 台湾における285名の元 「慰安婦」に「償い金」として届けられたという経過があった。 しかし、平成21年(2009年)7月には、国連女性差別撤廃 委員会第44会期の最終見解においても、第37項では、「慰安婦」 の状況に対処するために ...
06/28 19:12 真実を伝えるには?その37
... 南京大虐殺は現地人が殺した 従軍慰安婦は現地人経営売春宿 と、簡潔に説明しましょう。 (この辺についてはアナタの豊富な知識を展開して下さい。) 具体的な根拠を明示しながらですと 説得力を増してきますよ。 6.そして最後におなじみのセリフを。 ...
06/28 17:54 季刊「戦争責任研究」68号が発行されました
... (教科書問題を考える横浜市民の会) 日本軍「慰安婦」問題についての関西の取り組みと「行動する保守」との たたかい 井上淳(日本軍「慰安婦」被害女性と共に歩む大阪・神戸・阪神連絡会) 「戦争と女性の人権博物館」建設の現状 ...
06/28 17:54 季刊「戦争責任研究」68号が発行されました
... (教科書問題を考える横浜市民の会) 日本軍「慰安婦」問題についての関西の取り組みと「行動する保守」との たたかい 井上淳(日本軍「慰安婦」被害女性と共に歩む大阪・神戸・阪神連絡会) 「戦争と女性の人権博物館」建設の現状 ...
06/28 14:40 統一協会:??合同結婚式
... 日本軍人相手の売春婦を 従軍慰安婦・性奴隷と称するなら 統一協会は、信者を洗脳し、 まさしく奴隷としているではないか このような統一協会で 貧しい韓国人男性と合同結婚をした 日本人女性が増え続けている それも地方在住が ...
06/28 14:09 西岡力が会長の『救う会』と韓国の北朝鮮民主化運動団体が連 ...
... WiLL (ウィル) 2010年 08月号 [雑誌] by G-Tools 従軍慰安婦の存在を否認し独島を自国領土と主張する日本保守勢力と連帯する問題を巡り、北朝鮮民主化運動を行っている国内の保守団体に微妙な葛藤を生じている。 ...
06/28 11:41 この世の地獄!731部隊・南京大虐殺
... 米司法省は12月3日、731部隊の元隊員、関係者と従軍慰安婦施設の維持・管理に関与した関係者など70?80代の男性16人について、過去の非人道的行為を理由にアメリカ入国を禁止する、と発表した。 半世紀を過ぎての断固たる措置だった。 ...
06/28 09:21 「戦争経験」の戦後史?語られた体験/証言/記憶?
... そして、「つくる会」は「従軍慰安婦」に関する記述を中学校の歴史教科書に載せることへの声高な批判を皮切りに、「大東亜戦争」という用語を教科書に持ち込んでいった。」 index 「1 書き換えられる「戦記」」 下「」引用。 ...
06/28 08:16 にっこりマーク
... 請願・陳情は農業関係2件が採択され、慰安婦問題に対する意見書の請願は継続審査。 他は不採択。 ・・ ・・ ・・ 午後、うちに戻ると、店に4ヶ月の子供ちゃん を連れたお母さんが来ていて、話していたら ...
06/27 21:06 女性部、多彩な活動
... 柳河瀬中央本部会長の「なぜいま治安維持法国賠同盟か」の講演のあと交流、「従軍慰安婦」問題の学習、湖北支部「盆梅展参観計画」「女性会員60名増やそう」など提案。 青森県 女性委員会 昨年一票差で請願不採択の青森市では ...
06/28 21:43 慰安婦問題の意見書に対し反対討論をするも、賛成多数で可決…
本日の高槻市議会本会議で、上の画像の意見書が賛成多数で可決されてしまいました。これは日本共産党議員団が提出したものです。自民党議員団は、当初この意見書に賛成するとしていたのですが、私が吉田稔弘議員に反対を呼び掛けたところ、会派で反対に回ってくださることになりました。本日、私は議場でこの意見書に対する反対討論を行いました。採決では、自民党以外の議員の方も何人か反対してくださったようです。しかし、多勢...
06/27 16:20 “歴史に観る今日の出来事”
今日は何の日・・・ 6月27日 1467/06/27,応仁1/05/26 応仁の乱の本格的な合戦が始まる。東軍は1月18日に敗れた畠山政長を支援した細川勝元ら16万1500余、西軍は畠山義就を支援した山名持豊はじめ斯波義廉ら11万6000余。将軍家も、将軍義政と弟義視が東軍に、日野富子と子の義尚が西軍に与する。この合戦で京は焼野原になる。 1582/06/27,天正10/06/08 明智光秀討伐のため秀吉が姫路城に到着する。徳川家康はやっと岡...
06/27 07:40 朝鮮戦争勃発60年と朝・日関係
朝鮮戦争勃発60年と朝・日関係 1950年6月25日(ー53.7.27)にはじまった朝鮮戦争が60年になる。 今朝鮮半島は朝鮮戦争から半世紀を超える歳月が流れたが、米国と南朝鮮の悪らつな戦争挑発策動で、朝鮮半島の平和はつねに脅かされてきた。朝鮮半島は朝米の間で停戦状態にあり北側はこれまで米国に対し「朝鮮半島で戦争を防ぎ、平和を保障する先決条件として、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換するよう要求してきた。(実...
06/27 02:27 023:魂(フワコ)
赤いサルビア今年も揺れている従軍慰安婦鎮魂の碑に
06/27 01:59 日本 : ILO、日本軍性奴隷制のサバイバーのための正義の実現を追求せず
国際労働機関(ILO)の今年度の国際労働総会は、ILO条約29号(強制労働条約)に違反した1932年〜1945年にかけての日本軍性奴隷制度に対して、日本の責任を追及しないまま閉会した。 アムネスティ・インターナショナルは、日本政府に対し、明確に「慰安婦」に対する責任を認め、正義を実現するよう求めているサバイバーたちの声に、世界中の使用者および労働組合が加わるよう要請する。「慰安婦」制度のサバイバーは高齢となり、多...