陸支密第七四五号

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陸支密第七四五号

目次

陸支密 副官ヨリ北支方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒案 軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件(昭和十三年三月四日)。「副官通牒」、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」、「軍慰安所従業婦等募集の件」などとも呼ばれる。

1932年当時の軍・在外公館・警察の関係を踏まえた資料の解説

この資料は1992年に同時に発見されたもうひとつの資料いわゆる「警保局長通牒」(「支那渡航婦女の取扱に関する件」)と深く関係している。この1992年の発見の直後から、その通達の背景にある事情がわからぬままに、慰安婦の強制連行があったかなかったか、という資料の解釈をめぐる一連の議論をひきおこした(吉見・上杉 vs 秦・小林)。しかしながら、その後さらに発見された関連する幾多の警察関連の資料を考慮した分析は、強制連行があったかどうか判断をすることはこれらの資料からはできないが、軍、警察、在外公館の間に結ばれた日本国外での慰安所設置・慰安婦徴募のための協定の存在と、一方でそうした協定を「皇軍を辱めるもの」として社会から隠蔽しようとする内務省のアンビバレントな意志の存在を強く示唆している。この分析を行った永井和による論文『日本軍の慰安所政策について 』はウェブ上で公開されている(リンク)。またそのいわばダイジェスト版も2007年に頻繁にみられた「強制連行はなかった」という主張での資料引用に対する批判として『古森義久氏の資料の読み方』で読むことができる。

本文・現代語訳

軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件

陸支密 副官ヨリ北支方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒案

支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為、内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ故ラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或イハ従軍記者、慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或イハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少カラサルニ就テハ将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於テ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実施ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニシ、以テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮相成度依命通牒ス

陸支密第七四五号 昭和拾参年参月四日

山木による現代語訳 ※(1)~(3)、(i)~(iii)の番号挿入は山木による。

  軍慰安所従業婦等募集の件

陸軍省副官から「中国北部方面軍および中国中部派遣軍」参謀長宛ての通牒

日中戦争地(=中国)に慰安所設置をするため、内地(=日本国内)においてその従業婦を募集する際に、(1) ことさらに軍部了解などの名目を利用して、軍の威信を傷つけ、また一般人の誤解を招く恐れがある者。(2)あるいは従軍記者、慰問者などを通して軍部の統制が及ばない状況で募集し、社会問題を引き起こす恐れがある者。(3)あるいは従業婦募集に不適切な者がその業務に当ったために、誘拐まがいの募集手段を用い、警察当局に検挙され取調べをうける者も現れるなど、注意を要する者が少なくなかったことについて、今後、(i)これら(=軍慰安所従業婦)の募集などに当たっては派遣軍が統制すること。(ii)これ(=直接的な募集行為)を任せる人物の選定を手落ちがないよう適切に行うこと。(iii)その(軍慰安所従業婦の募集)の実施に当たっては関係地方の憲兵及び警察当局との連係を密接にすること。以上、日本軍の威信保持、並びに社会問題上、手落ちのないように配慮するよう依命通達する)

「軍慰安所従業婦等募集に関する件」は、軍が強制連行を取締まった証拠だという嘘より転載。

資料へのアクセス

アジア歴史資料センター(http://www.jacar.go.jp/)からアクセス可。

「軍慰安所従業婦等募集に関する件」 昭和13年 「陸支密大日記 第10号」

レファレンスコード:C04120263400

解釈

吉見義明の解説

この資料についての吉見義明の解説は以下である。

「初期の慰安婦の徴集はどのように行われていたのだろうか?それを示すのが資料5(内務省警保局通牒)と6(陸支密第745号)で、軍と警察が同じ時期に同様の通牒を出している点が注目される。

 陸支密第745号は

この文書で陸軍省は慰安婦の募集が、(ア)ことさらに軍部了解などの名義を利用して行われている(イ)従軍記者・慰問者を介して不公正に行われている(ウ)募集に任ずる者の人選が適性を欠き募集の方法が誘拐に類している、という3つの問題点を指摘している。これらは業者を介した従軍慰安婦の徴集例だが、いずれもが軍が業者を使っていることを伺わせるものである。ところで軍の威信を傷つけるこれらの問題点を克服するため陸軍省が指示しているのは、(ア)募集などは派遣軍が統制し、人選などは周到に行うこと(イ)募集実施の際は関係地方の憲兵・警察との連携を密にすること、の2点である。つまり各派遣軍はもっと深く周到に徴集に責任を持て、と指示しているのである」(従軍慰安婦資料集 1992 p32)


また吉見義明の小林よしのりらへの反論は以下である。

「一知半解の知識しかない、浅い知識しかないということだ。(略)小林よしのりさんが気づいていないのは以下の2点である。

  1. これ以後徴募に際しては業者は地元の憲兵・警察と連携していくこととなった。だとすれば業者がお金で縛って連れて行ったり、拉致・誘拐した場合には当然憲兵・警察にも責任がある事になる。
  2. この通牒は日本内地での事だけを問題にしている。つまり軍が防がねばならないと考えた社会問題は日本内地だけで日本人に対して軍の威信が崩れる事だけを恐れたと考えられる。(略)小林さんはこれと同様の通牒が朝鮮・台湾では出されなかったことに気がついていない。実際には同様の通牒が出されなかったので、朝鮮・台湾からは21才未満の未成年者が慰安婦として多数送り出された。外務省から出た公文書ではその最低年齢は14才(今なら中学生)である、だが台湾総督府はそのことの違法性を問題にしていない。日本政府と軍は内地と朝鮮・台湾とで明らかに差別的な取り扱いをしていたのである」(従軍慰安婦をめぐる30のウソと真実 大月書店 1997 p21)

小林よしのりらの意見

軍や警察は業者があちこちで違法な慰安婦集めをしないように指導していた。その証拠がこの資料である。


解釈の共通点・違い

この資料はネット上では解釈が二つに分かれるとよく言及される。以下がその一例である。

いずれも(引用者注:吉見義明や上杉聡、および小林よしのり・藤岡信勝・秦郁彦といった自由主義史観派両者)、日本国内で悪質な募集業者による誘拐まがいの行為が現実に発生しており、さらにそういった業者による「強制連行」や「強制徴集」が行われうる、あるいは実際に行われていた可能性を示す文書だと解釈する点では共通している。

(中略)

両者の差異は、根本的には、慰安所と軍および政府との関係をどう把握し、そこで女性に加えられた虐待行為に対する軍および政府の責任の有無をどう判断するのか、その立場の差異に由来する。言うまでもなく、吉見や上杉は、慰安所は国家が軍事上の必要から設置した軍の施設であり、そこでなされた組織的な慰安婦虐待行為の究極的な責任は軍および政府に帰属すると考える立場に立っている。

それに対して、自由主義史観派は慰安所に対する軍と政府の関係を否定するか、あるいは否定しないまでも、それはもっぱら業者や利用将兵の不法行為・性的虐待を取締まる「よい関与」であったと主張する。慰安所は戦地においてもっぱら兵士を対象に営業した民間の売春施設であり、公娼制度が存在していた戦前においてはとくに違法なものではなかったから、そこでなされた虐待行為に軍および政府が責任をとわれる理由はない。もし仮に軍および政府が責任を問われうるとすれば、それは強制的に慰安婦を徴集・連行した場合のみだが、そのようなことを軍ないし政府が命令した事実はないというのが、彼らの慰安婦問題に対する基本的理解であり、そのような観点から、この副官通牒を解釈し、もっぱら「強制連行」の有無を争う文脈で論争の俎上にのせたのであった。そのことが上のような解釈の相異を生みだしたのである。

永井和、『日本軍の慰安所政策について』より抜粋

2007年6月14日付、ワシントンポスト広告”The Facts”における引用

On the contrary, many documents were found warning private brokers not to force women to work against their will.

Army memorandum 2197, issued on March 4, 1938, explicitly prohibits recruiting methods that fraudulently employ the army’s name or that can be classified as abduction, warning that those employing such methods have been punished. A Home Affairs Ministry directive (number 77) issued on February 18, 1938, states that the recruitment of "comfort women" must be in compliance with international law and prohibits the enslavement or abduction of women. A directive (number 136) issued on November 8 the same year, orders that only women who are 21 years old or over and are already professionally engaged in the trade may be recruited as "comfort women." It also requires the approval of the woman’s family or relatives.

逆に、女性をその意思に反して強制して働かせることのないよう民間業者に対して警告している文書が多数発見されたのである。1938年3月4日に出された陸軍通牒(*1)Army memorandum 2197では、軍の名を不正に利用した募集方法や誘拐に類する募集方法を明確に禁止しており、そのような募集方法を使った業者はこれまでと同じように罰すると警告している。1938年2月18日に出された内務省通牒(*2)number 77は、「慰安婦」の募集では国際法を遵守せねばならないと記述しており、女性の奴隷化や誘拐を禁じている。同年11月8日に出された通牒(*3)number 136では、21歳以上かつ既に売春を職業としている女性に限ってのみ「慰安婦」として募集することを許可すると命じており、また、当該女性の家族か親族の承諾を必要としている。

http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-83.html

太字部分の文書(Army memorandum 2197)が、本キーワードの文書にあたる。

関連リンクなど

「軍による規制があった証拠」という小林よしのり流の解釈はあまたみかける。主張は似通っているので、一例を下記に挙げる。

「資料発掘」されたものの、それは、軍が強制的に慰安婦狩りを行ったものではなく、悪質な業者の排除を通達したもので、「軍が良い意味で関与した」という結論が出て論争に終止符が打たれるはずでした。しかしながら、そうはさせまいという勢力と、日本政府の不作為により不毛な論争が続いています。

吉見教授が発見した資料って? @右太郎の備忘録

一方でこうした解釈に対する批判は、当時の警察関連の資料を分析しながら複合的に解釈を行った永井和の論文を始め、さまざまになされている。

永井和 『日本軍の慰安所政策について』

通牒『軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件』を読み解く

慰安婦・慰安所に関してオンラインで閲覧できる一次史料(追記あり)

「軍慰安所従業婦等募集に関する件」は、軍が強制連行を取締まった証拠だという嘘

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