日本軍・日本政府による軍慰安所制度の創設・運用等に関する資料

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日本軍・日本政府による軍慰安所制度の創設・運用等に関する資料

吉見義明氏が2013年6月4日に発表した「橋下徹市長への公開質問状」に添えられた別紙1が「日本軍・日本政府による軍慰安所制度の創設・運用等に関する資料」である*1。2013年までに判明した日本軍による慰安婦システム運営の関与を示す代表的な資料が列挙されている。

以下、文章を引用する。HTML上であるため、原文は大見出しはローマ数字、小見出しは丸囲みの数字であるところをリスト要素に変換した。「Ⅴ.軍紀風紀維持に関連して」の要素は番号がふられていないため、白抜きの点で代用した。また太文字部分は原文を反映している。列挙された資料は"Fight for Justice"の資料ページでスキャン画像のPDFを閲覧することができる。脚注は本項筆者によるもので、より詳しい資料への参照のために加えた。


日本軍・日本政府による軍慰安所制度の創設・運用等に関する資料

  1. 軍慰安所の設置と徴募。
    1. 陸軍省は陸達第 48 号「野戦酒保規程改正?」(1937 年 9 月 29 日)において、「野戦酒保に於いては前項の外必要なる慰安施設をなすことを得」という条文を加え、軍慰安 所を軍の施設として設置できる改正を行った(引用文はカタカナ混り文。以下同様)。 *2
    2. 中支那方面軍は、1937 年 12 月に、軍慰安所設置の指示を出している(飯沼守上海 派遣軍参謀長の日記〔1937 年 12 月 11 日〕には「慰安施設の件方面軍より書類来り実 施を取計ふ」とある)。*3
    3. 北支那方面軍参謀長は、「成るへく速に性的慰安の設備を整」えるよう指示している (1938 年 6 月 27 日「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件通牒」)。
    4. 台湾軍司令官は、1942 年 3 月 12 日、台湾人「慰安婦」50 名をボルネオへ移送する よう南方軍が要求してきたので、憲兵が調査選定した業者 3 名の渡航許可を陸軍省に 要請し、陸軍省は 3 月 26 日にこれを許可している(台湾軍起案「南方派遣渡航者に関 する件」1942 年 3 月)。
    5. 倉本敬次郎陸軍省人事局恩賞課長は、陸軍省課長会報で「将校以下の慰安施設を次 の通り作りたり」と述べ、「北支 100 ケ、中支 140、南支 40、南方 100、南海 10、樺太 10、計 400」という数字をあげている(「金原節三業務日誌」〔陸軍省医務局医事課長〕1942 年 9 月 2 日)。これは、1942 年に陸軍省が 400 箇所で軍慰安所を作ったということである。
  2. 徴募・渡航の方法・条件を指示。
    1. 陸軍省は、慰安婦の「募集等に当りては派遣軍に於て統制し、之に任ずる人物の選定等を周到適切にし、其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連携を密に」するよう指示している(陸軍省副官通牒「軍慰安所従業婦等募集に関する件」1938 年 3 月 4 日)。*4
    2. 内務省は、慰安婦の渡航は「必要已むを得ざるものあり」と承認し、内地からの渡航は「現在内地に於て娼妓其の他事実上醜業を営み、満二十一歳以上且花柳病其の他伝染性疾患なき者」に限って「黙認することとし」、身分証明書を発給するよう、各府県知事に指示している(内務省警保局長「支那渡航婦女の取扱に関する件」1938 年 2 月 23 日)。内地から渡航する「慰安婦」は①満 21 歳以下は渡航を認めない、②満 21歳以上は「現在内地に於て娼妓其の他事実上醜業を営」む者以外は認めない、というものだが、このような制限を課す通牒は、朝鮮・台湾では出されなかった。明白な差別的取扱いがなされていたことになる。*5
    3. 内務省は、1938 年 11 月、第 21 軍の要請を受け、大阪(100 名)・京都(50 名)・兵庫(100 名)・福岡(100 名)・山口(50 名)に人数を割り当て、警察が業者を選定して集めさせるよう指示している(内務省警保局「支那渡航婦女に関する件伺」1938 年 11 月 4 日)。業者選定の際には、「何処迄も経営者の自発的希望に基く様取運び之を選定すること」と注意している。なお、この文書には、台湾総督府もすでに 300 名の女性を手配済みであるとも記されている。
    4. 1941 年 7 月、対ソ戦を想定した関東軍特種演習の際、関東軍は 2 万人の「慰安婦」の徴募を朝鮮総督府に依頼し、約 1 万人が集められたといわれている(島田俊彦『関東軍』中公新書)。最近では、その数は約 3000 人だったともいわれる(関東軍参謀部第 3 課兵站班でこの業務を担当した村上貞夫氏の千田夏光氏への手紙、『2000 年女性国際戦犯法廷の記録』3 巻、緑風出版所収)。
  3. 軍慰安所の監督・統制。
    1. 第 21 軍司令部は、「慰安所は所管警備隊長及び憲兵隊監督の下に警備地区内将校以下の為開業せしめあり」と報告している(第 21 軍司令部「戦時旬報(後方関係)」1939 年 4 月中旬)。管下の慰安婦は 1000 名とも報告。
    2. 第 35 師団司令部は、軍慰安所などの施設は「当該駐屯地に於ける高級先任の部隊長(以下管理部隊長と称す)管理し、経営又は指導監督に任するものとす」と規定している(第 35 師団司令部「営外施設規定」1943 年)。
    3. 独立攻城重砲兵第二大隊は、慰安所の「監督担任部隊は憲兵分遣隊とす」という慰安所使用規定を作成している(独立攻城重砲兵第二大隊「常州駐屯間内務規定」1938 年 2 月)。独立歩兵第 13 旅団中山警備隊は、部隊副官が「軍人倶楽部の業務を統轄監督指導し円滑確実なる運営を為すものとす」という規定を作成している(独立歩兵第 13 旅団中山警備隊「軍人倶楽部利用規定」1944 年 5 月。なお第一軍人倶楽部は食堂、第二軍人倶楽部は軍慰安所)。各部隊作成の軍慰安所規定は類似の軍による監督・統制を規定している。
  4. 軍慰安所の衛生管理。
    1. 陸軍の教育総監部は、性病予防に関して「慰安所の衛生施設を完備すると共に軍所定以外の売笑婦、土民との接触は厳に之を根絶するを要す」と初級将校に指導している(教育総監部編『戦時服務提要』1938 年 5 月 25 日)。
    2. 陸軍省は、性病予防に関連して「出動地に於ける慰安所等の衛生管理に関し遺漏なきを期するものとす」と通牒している(陸軍省副官「大東亜戦争関係将兵の性病処置に関する件、陸軍一般へ通牒」1942 年 6 月 18 日)。
  5. 軍紀風紀維持に関連して
    • 陸軍省は、「事変地に於ては特に環境を整理し慰安施設に関し周到なる考慮を払ひ、殺伐なる感情及劣情を緩和抑制することに留意するを要す」と、関係陸軍部隊に送達している(陸軍省副官送達「支那事変の経験より観たる軍紀振作対策」1940 年 5 月)。

*1:アジア女性資料センター 2013年6月7日付けのニュースにリンクが貼られている。http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=804

*2:永井和氏による以下の投稿を参照せよ。http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070626

*3:永井和氏による以下の投稿を参照せよ。http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20070626

*4:キーワード「陸支密第七四五号」を参照せよ。

*5:キーワード「支那渡航婦女の取扱に関する件」を参照せよ。