奴隷状態の定義

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奴隷状態の定義

解説にかえて: Sexual Slaveryという単語に関するノート

"Slavery"という単語をどのように日本語に訳すか、という重要な点に留意されたい。『"slavery" および "sexual slavery"の訳出をめぐる経緯』を参照せよ。

マクドゥーガル報告書抜粋: 英文和訳

『奴隷制の現代様式 -武力紛争時における組熾的レイプ、性奴隷および奴隷類似慣行-』

ゲイ・マクドゥーガル

二章 犯罪の定義 B.人を奴隷状態に置くこと(人を性奴隷状態に置くことを含む)

27.1926年の奴隷条約において、奴隷状態の最初の包括的な定義が明記され、その定義は現在も広く認められている。1926年の奴隷条約を引用すれば、『奴隷状態とは、所有権を伴う権力の一部もしくは全部が一個人に対して行使されている状況もしくは状態である』(訳注1)と解釈するべきであり、レイプなどの性暴力の形態による性的接触を含む。

    • 訳注1 1926 Slavery Convention (http://www.ohchr.org/english/law/slavery.htm)  Article 1 (1) Slavery is the status or condition of a person over whom any or all of the powers attaching to the right of ownership are exercised.

28.条約法に加え、人を奴隷状態に置くことは、慣習国際法上でも、強行規範(訳注2)として禁止されている。人を奴隷状態に置くという犯罪において、政府の関与もしくは国家の行為は必須ではない。それを成したのが公人であろうが私人であろうが、人を奴隷状態に置くという犯罪は国際犯罪である。さらに、人を奴隷状態に置くには一個人を所有物として扱うことが必須だが、一個人が売買ないしは人身取引されていないという事実をもって無効となることは決してない。

    • 訳注2 強行規範(jus cogens norm)=いかなる逸脱も許されない規範

29.自律権の制限、移動の自由権の制限、および個人の性活動に対する自己決定権の制限に関わる概念は、奴隷制奴隷状態の定義に含意されている。[M. Cherif Bassiouni,"Enslavement as an International Crime", New York University Journal of International Law and Politics vol. 23 (1991) p. 458.]。 個人が、危害を加えられる多大な危険を賭して奴隷状態から逃れることが可能であったとしても、逃れることが可能であったことのみをもって、奴隷状態であったという申し立てが無効になると解釈すべきでない。また、すべての事例において、隷属下にある一個人が当然持つであろう危害に対する恐怖もしくは強制下にあることの認識は、主観的分析およびジェンダーを意識した分析によって検討されなければならない。被害者が、国内紛争か国際紛争かに関わらず、武力紛争中の戦闘地域にいた場合、また、敵対集団もしくは敵対派閥の一員として認識されている場合は、このこと(訳注3)は特に該当する。

    • 訳注3 前文で述べられている内容、性奴隷の主観的な証言や性的行為にたいする証言は、強制や暴力に対する当然の恐怖を表していること。

30.本報告書では、「性的(sexual)」という用語を奴隷状態の一形態を説明するための形容詞として使っており、一個の独立した犯罪として名称を与えるための形容詞ではない。あらゆる観点からみても、あらゆる状況においても、奴隷状態は奴隷状態であり、人を奴隷状態におくことは強行規範として禁止されている。第二次世界大戦中に旧日本軍が管理維持した『慰安所』(付属文書(appendix)参照)や、旧ユーゴスラビアで明確に立証されている『レイプ収容所』(例、ICTFY, Indictment of Gagovic and Others, case IT-96-23-I (26 June 1996)参照、以降フォチャ事件と記す)は、人を性奴隷状態に置いた(事例の)中では極めて悪質な例である。また、性奴隷状態とは成人女性や少女に対する強制的な「婚姻」、家庭内労働、あるいは強制労働など、捕獲者によるレイプを含み,結局のところ強制的な性活動に至る状況をも含むものである。

(以下略)


31.また、性奴隷状態はすべてではないが、ほとんどの形態の強制売春をも含むものである。『強制売春(forced prostitution = enforced prostitution)』という用語は、種々の国際的人道法に出てくるが、その理解は不十分であり、適用にも一貫性がない。一般的に『強制売春』は、他人によって強制的に性活動に従事させられた個人が支配下にある状況を意味することが多い。


32.旧来の強制売春の定義には、女性の「名誉」に対する「不道徳な」攻撃という曖昧な言葉で焦点を当てたものと、そうでなければ奴隷状態の条件<をより正確に説明しているであろう定義とほぼ差異がないものがある。


33.一般原則として、武力紛争の状況下での強制売春と説明しうる事実関係のほとんどが、実のところは性奴隷状態と同然であり、奴隷状態としてそれを特徴づけ告発するほうが、より的確かつより容易であると思われる。

"slavery" および "sexual slavery"の訳出をめぐる経緯

従軍慰安婦の問題をめぐり特に欧米ではそれを指して”sexual slavery”ないしは"sex slaves"といった表現を用いられることがある。1999年に国連人権委員会差別防止・少数者保護小委員会で採択された「マクドゥーガル文書」は、その付属書の「まえがき」で、「慰安所」、「慰安婦」は侮蔑的な表現であり、それぞれの実態あらわす「強姦所」、「性奴隷」という語を用いてる。

(原文)

Introduction

1. Between 1932 and the end of the Second World War, the Japanese Government and the Japanese Imperial Army forced over 200,000 women into sexual slavery in rape centres throughout Asia. These rape centres have often been referred to in objectionably euphemistic terms as "comfort stations". The majority of these "comfort women" [This term has obvious derogatory connotations and is used solely in its historical context as the term assigned to this particular atrocity. In many ways, the unfortunate choice of such a euphemistic term to describe the crime suggests the extent to which the international community as a whole, and the Government of Japan in particular, has sought to minimalize the nature of the violations.] were from Korea, but many were also taken from China, Indonesia, the Philippines and other Asian countries under Japanese control.

はじめに

1. 1932年から第二次世界大戦終結までに、日本政府と日本帝国軍隊は、20万人を超える女性たちを強制的に、アジア全域にわたる強かん所(ルビ、レイプ・センター)で性奴隷にした。これらの強かん所はふつう、「慰安所」と呼ばれた。許し難い婉曲表現である。これらの「慰安婦」*たちの多くは朝鮮出身者であったが、中国、インドネシア、フィリピンなど、日本占領下の他のアジア諸国から連行された者も多かった。 (84頁)

*この用語には、あからさまな侮蔑的含みがあり、その歴史的文脈のなかで、この特定の残虐行為にかかわる用語としてのみ使われる。この犯罪を描写する表現として、これほど婉曲的な用語が選ばれてしまったのは残念なことで、それはいろいろな意味で、国際社会全体として、特に日本政府が、この侵害行為の本質をいかに最小限にとどめようとしてきたかを示している。(142頁

VAWW‐NET JAPAN, 松井やより, 前田朗

増補新装2000年版 戦時・性暴力をどう裁くか―国連マクドゥーガル報告全訳〈増補新装2000年版〉

2000年、凱風社

これに対して、日本側では、「慰安婦は性奴隷ではない、当時合法であった公娼である。」といった反発がよく見受けられる。しかし、そのような主張をする者から、「性奴隷」の定義が提示されたことはなく、どのようなニュアンスで「性奴隷」という言葉を受け止めているのかも明らかではない。

重要な語の定義を共有しないまま、各人が抱く言葉へのイメージだけに依拠して、論議を進めることは極めて危険であり、少なくとも、理性的、学問的な議論とはなりえない。

と同時に、国際法に基づく定義そのものの根源的課題である、"Slavery"や"sexual slavery"いう単語の和訳には、それぞれ、「奴隷制」、「性奴隷制」という定訳があるが、定訳ゆえに意味の正確な検証をせずに安易に使ってきたことも、長年に渡り議論がかみあわず、何の進展も生み出せない一因ではないかと思うにいたった。

少々長くなるが、そこに到る経過を紹介しておきたい。


  • 下記エントリーにおいて、訳語の選択をめぐる意見交換のなかで、"slavery"および"sexual slavery"についての意見交換が行われる。

以下、該当部分を抜粋して転載。

Stiffmuscle

『それから、"rape"は「レイプ」か「強姦」か「強かん」に統一しませんか。「強かん」という表記の根底にある思想は、「障がい者」という表記の根底にある思想と同じだと思うので、却って不快な表現になりかねない(当然、異論もあるでしょう。)というのが私の個人的見解で、加えて、できるだけ日本語で表記したいという想いもありますので、「強姦」が最適かと思います。』

kmiura 『同じく「強かん」はどうも私も使えません。漢字にしなけりゃいいのか、ということで。「強姦」か「レイプ」か、なのですが、「強制」と「強姦」は漢字の意味にリダンダントなところがあるので、レイプの方がいいかな、と思っています。

あと、「性的活動」という単語にちょっとひっかかりがあります。性行為、というとsexual behaviourなので、上のように性活動、という単語でいかがでしょうか。行為はあるていど目的が背景にあるようなニュアンス。性活動(sexual activity)はもうすこし目的から遊離した行動そのものを指すタームのように自分では解釈しています。

Stiffmuscle 『"rape"が「強姦」か「レイプ」かについての考えは他の方にも意見を聞いてみたいところですね。人によって語感が微妙にずれる部分で、そのギャップを知的な作業で丁寧に埋める作業を日本人は怠ってきたんじゃないか、それぞれがギャップを埋めようとせずに、ギャップこそ根幹的な見方の差であると他者を感情的に攻撃してきたんじゃないか、そして、そのツケが今、「慰安婦問題」などで抜き差しならないイデオロギー対立、感情的対立となって現れているんじゃないかと考えたりさえします。

それは、それとして、ここは「レイプ」で統一しましょう。

また、sexual activity も「性活動」に統一しましょう。

私個人としてはkmiuraさんとは全く逆の印象を持っていますが、特に争点となるほどの問題ではないように思います。

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訳語の妥当性に関しては、"slavery"にもあると思います。

「奴隷制」という表現は社会に定着していますが、「制」という漢字が表すようなシステマチックな枠組みが作られているかどうかが最大の問題ではないので、27項で定義されているように一貫して「奴隷である状態、状況」であるべきでしょう。

ですが、そういう課題はあっても、実利的に考えれば、「奴隷制」と「奴隷である状態」という訳語を使い分けてよいと思います。読みやすさという観点から言えば「奴隷である状態」を「奴隷の状態」としてもよいかとも考えます。』

kmiura 『強姦かレイプか、というのはよい論点だと思います。どこか隠蔽して放置してしまうところがある、それがさまざまなすれちがいを生じている、という点に関して、なるほど、と私は思いました。

slaveryに関しては隷属、隷属下という言葉も検討したらどうかな、と思います。

訳語の統一・検討はとても重要だと私もあらためて思います。言葉のもつ印象、指示対象の範囲の微妙なさで、文章全体のもつメッセージも変わってしまうでしょう。もちろん、この議論は全体の訳がほぼ終わってから言葉の選択、ということで議論し、単語を置換することができるので、ペンディング(あるいは議論をはさみつつ)、ということにしませんか。』

Stiffmuscle 『それから、強姦かレイプか、その用語に限らず、なにを「隠蔽して放置して」きたのか考察してみたいですね。「どっちでもええやん、日本語は曖昧なところがええねん。」というのは別に日本語に限ったことではないですし。』

Stiffmuscle 『途中で話題になった、「強姦」か「レイプ」かって語の定義と語感の問題は、安倍総理が「謝罪」したのか「お詫び」したのかにも繋がる根の深い問題だと思いますので、そのあたりを追求、討論したい思いもある一方、「マクドゥーガル報告書」に拘って資料を整理したいとも考えております(こちらは私の日記で積み上げていくつもりです)。』

kmiura 『訳語の検討は必要ですね。奴隷制、というとどうもシステムみたいに聞こえるし。』

Stiffmuscle 『slavery の訳語ですが、

http://dictionary.reference.com/browse/slavery

を参照すると、「奴隷制」もしくは「奴隷(である)状態」の意味があります。

(あえて再確認の為にURL出しました。)

今回訳した箇所については、「奴隷(である)状態」の意味で統一したほうがよいと思います。

関連して、"sex slavery”ですが、この語の訳出はさらに厄介な要素をはらんでいるように思います。「性奴隷制度」ではなくて「性奴隷(である)状態」でよいと思います。「性奴隷ではない!」という感情的反発を抱く方も多いので、「慰安婦」という婉曲語よりも実態を表した「性奴隷」を使うほうが適切であることをできるだけ多くの方に納得できる形で提示する方法を考えないとならないですね。マクドゥーガル文書に、それに関する内容があったと記憶していますので、探してみます。

また、これは"rape center (強姦所)"についても言える事で、中国で現地の人は実際にこの呼称を使っていたという記述を読んだ記憶があるのですが、資料が探し出せていません。』

kmiura 『slaveryにかんする訳の統一、賛成です。

奴隷状態の定義、というキーワードにして、そちらに内容を移し変えることにしましょうか。で、目下の「奴隷制の定義」には、新しい方へのリンクだけ残す。性奴隷制、性奴隷状態もそうですね。訳語に関する上のような経緯も”slaveryの訳出について”ということで掲載しておけば、なにかと読む人のためにもなると思います。』

Stiffmuscle 『了解しました。移転作業のほう、よろしくお願いします。

なぜ「慰安婦」ではなくて、"sex slave"なのか、マクドゥーガル文書から抜き出してまとめてから、あたらしい定義に付け加えます。』

  • 以上の意見交換から、訳出に当って以下のような視点が共有できたのではないかと思う。

1. 1929年の奴隷条約が規定するように、"slavery"は、奴隷である「状態」や「状況」を示すものであり、「制」という漢字に含まれる「ハードなシステムとしての制度」という意味合いではない。

2. 各種の英語辞典、英英辞典、国語辞典などを引いたり、実際のニュアンスや文例など多方面から検討を加えた結果、"slavery"を「奴隷状態」と訳出していく方向で進めてる。なお、「奴隷であること」「隷属下」などの訳語の妥当性も引き続き検討する。

3. 上記の判断により、"sexual slavery"も「性奴隷制」ではなく、「性奴隷状態」もしくは「性奴隷であること」と訳すのが妥当と考え、訳出を進めていく。

原文

"CONTEMPORARY FORMS OF SLAVERY - Systematic rape, sexual slavery and slavery-like practices during armed conflict-"

Gay J. McDougall

22 June 1998

II. DEFINITIONS OF CRIMES B. Slavery, including sexual slavery

27. The 1926 Slavery Convention sets out the first comprehensive and now the most widely recognized definition of slavery. As adapted from the 1926 Slavery Convention,"slavery" should be understood to be the status or condition of a person over whom any or all of the powers attaching to the right of ownership are exercised, including sexual access through rape or other forms of sexual violence.

28. In addition to treaty law, the prohibition of slavery is a jus cogens norm in customary international law. The crime of slavery does not require government involvement or State action, and constitutes an international crime whether committed by State actors or private individuals. Further, while slavery requires the treatment of a person as chattel, the fact that a person was not bought, sold or traded does not in any way defeat a claim of slavery.

29. Implicit in the definition of slavery are notions concerning limitations on autonomy, freedom of movement and power to decide matters relating to one's sexual activity. [M. Cherif Bassiouni,"Enslavement as an International Crime", New York University Journal of International Law and Politics vol. 23 (1991) p. 458.] The mere ability to extricate oneself at substantial risk of personal harm from a condition of slavery should not be interpreted as nullifying a claim of slavery. In all cases, a subjective, gender-conscious analysis must also be applied in interpreting an enslaved person's reasonable fear of harm or perception of coercion. This is particularly true when the victim is in a combat zone during an armed conflict, whether internal or international in character, and has been identified as a member of the opposing group or faction.

30. The term"sexual" is used in this report as an adjective to describe a form of slavery, not to denote a separate crime. In all respects and in all circumstances, sexual slavery is slavery and its prohibition is a jus cogens norm. The"comfort stations" that were maintained by the Japanese military during the Second World War (see appendix) and the"rape camps" that have been well documented in the former Yugoslavia [For example, see ICTFY, Indictment of Gagovic and Others, case IT-96-23-I (26 June 1996) [hereinafter Foca Indictment]. are particularly egregious examples of sexual slavery. Sexual slavery also encompasses situations where women and girls are forced into"marriage", domestic servitude or other forced labour that ultimately involves forced sexual activity, including rape by their captors.

(snip)

31. Sexual slavery also encompasses most, if not all forms of forced prostitution. The terms"forced prostitution" or"enforced prostitution" appear in international and humanitarian conventions but have been insufficiently understood and inconsistently applied. "Forced prostitution" generally refers to conditions of control over a person who is coerced by another to engage in sexual activity.

32. Older definitions of forced prostitution focus either in vague terms on"immoral" attacks on a woman's"honour", or else they are nearly indistinct from definitions that seem more accurately to describe the condition of slavery. Despite these limitations, as the crime is clearly criminalized within the Geneva Conventions and the Additional Protocols thereto, it remains a potential, albeit limited alternative tool for future prosecutions of sexual violence in armed conflict situations.

33. As a general principle it would appear that in situations of armed conflict, most factual scenarios that could be described as forced prostitution would also amount to sexual slavery and could more appropriately and more easily be characterized and prosecuted as slavery.

参照リンク

人身取引に関する国際条約と我が国の法制の現状( 論)

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/220/022002.pdf

マクドゥーガル報告書 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/マクドゥーガル報告書#.E5.A4.96.E9.83.A8.E3.83.AA.E3.83.B3.E3.82.AF

【増補新装2000年版】戦時・性暴力をどう裁くか

http://www.gaifu.co.jp/books/2503/mokuji.html

おさかな日記: 性暴力とは?-国連マクドゥーガル報告

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/03/post_ffa6.html

ジュネーヴ諸条約及び追加議定書

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/giteisho.html

翻訳者

id:Stiffmuscle、 校正 id:kmiura

VAWW-NET JAPAN翻訳、松井やより+前田朗 解説


『増補新装2000年版 戦時・性暴力をどう裁くか 国連マクドゥーガル報告全訳

s

39~42頁より引用

第2章 犯罪の定義

第2節 奴隷制(性奴隷制を含む)

  ◆27

一九二六年の奴隷条約*による奴隷制の定義は、最初の包括的な、そして現在でも最も広く認められているものである。一九二六年の奴隷条約によれば、「奴隷制」とは、ある人に対して所有権に伴う権能の一部または全部が行使される場合の、その人の地位または状況であり、強かんその他の性暴力による性的アクセスも含まれる。

 ◆28

奴隷制の禁止は、条約法*に加えて、国際慣習法*のユス・コーゲンス規範の一つである。奴隷制の罪は政府の関与または国家の行為がなくても成立し、国家の行為者によるものであろうと民間の個人によるものであろうと、国際犯罪に相当する。さらに、奴隷制とは人を所有物として扱うことを指すが、その人が金銭で売買されなかったからといって、奴隷制であるという主張が崩れることはない。

 ◆29

奴隷制の定義には、自己決定権、移動の自由、自己の性活動に関する事柄の決定権の制限などの概念も内在している(14)。個人的には被害を受ける相当の危険を犯して奴隷状態から逃げることができたとしても、それだけで、奴隷制ではないと解釈してはならない。奴隷化された人が抱く、害を受けることへの当然の恐れや威圧をどう受け止めるかなどの解釈にあたっては、すべてのケースで、被害者の主観とジェンダー意識に基づく分析が行われなければならない。このことは、国内外の紛争で、被害者が戦闘地域にいて、敵対する集団や一派の一員とされている場合には特にあてはまる。

 ◆30

「性的な」という用語はこの報告書では奴隷制の一形態を説明する形容詞として使われており、別個の犯罪を示すものではない。あらゆる意味で、またあらゆる状況で、性奴隷制は奴隷制であり、その禁止はユス・コーゲンス規範である。第二次正解大戦中日本軍が維持運営した「慰安所」(付属文書参照)や旧ユーゴの既に十分に証明されている「強かん収容所(ルビ:レイプ・キャンプ(15))は、性奴隷の特に凄まじい事例である。性奴隷制には、女性や少女が「結婚」を強要されるケースや、最終的には拘束する側から強かんなど性行為を強要される家事労働その他の強制労働も含まれる。

(略)

 ◆31

性奴隷制にはまた、すべてではないとしても大半の形態の強制売春も含まれる。「強制売春」あるいは「売春の強制」という用語は、国際条約・人道条約に登場するが、これまでのその理解は不十分であり、適用も首尾一貫して行われてはこなかった。「強制売春」とは一般に、他人に支配されて性的行為を強要される状態を意味する。

 ◆32

強制売春のかつての定義は、女性の「名誉」に対する「不道徳な」攻撃というあいまいな表現だったり、さもなければ、奴隷状態の説明と区別できないほど不十分なものだった。このような限界はあるものの強制売春の罪は、ジュネーブ諸条約とその両追加議定書ではっきりと犯罪とされているので、将来、武力紛争下の性暴力を訴追するための、もう一つの手段になる可能性がある。

 ◆33

原則として、武力紛争下では、強制売春と呼びうる実態はたいていの場合、性奴隷制に相当し、奴隷制として特徴づけたほうが、より適切に、より容易に、訴追することができるだろう。

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【用語解説】

*(原文は▼、以下同じ)奴隷条約

 一九二六年九月二十五日に成立した国際連盟時の条約で、今日も有効である。全十二条からなり、締約国に奴隷売買の禁止と奴隷制度の廃止義務を課し、そのための措置(相互扶助、国内法の処罰規定、通報等を規定する。

第一条は次のように定義する。

「この条約の適用上、次の定義に同意する。

1 奴隷制度とは、ある人に対して、所有権に伴う権能の一部または全部が行使される場合の、その人の地位または状況をいう。

2 奴隷制度とは、その者を奴隷の状態に置く意思をもって行う個人の捕捉、取得又は処分に関するあらゆる行為、その者を売り又は交換するために行う奴隷の取得に関係するあらゆる行為、売られ又は交換されるために取得された奴隷を売り又は交換することによって処分するあらゆる行為並びに、一般に、奴隷を取引し又は輸送するすべての行為を含む。」

  日本政府は、この最も古い人権条約をいまだに批准していない。また、日本政府は、付属文書に示されているように、奴隷制の禁止は第二次世界大戦時の国際慣習法ではないと主張している。(同書、132~133頁)

*条約法

 国際法の法源としての条約による規範のこと。広い意味での条約とは、国際法主体(主に国家)間に締結され、一定の法的効果を生み出すあらゆる合意をさし、「条約」という名称を持つとは限らない。条約、協定、協約、合意等の総称が条約法である。国際法の法源には、条約のほかに、国際慣習がある。また、法の一般原則、判例・学説に法源を認めるか否かは争いがある。(同書、129頁)

*国際慣習法

 国家の一定行為が長期にわたる継続的反復からなる慣行となっており、その行為が法的義務に対応したものであるとする法的信念が存在する場合、国際慣習法が成立したとされ、国際法の法源とされる。成立した国際慣習法の適用範囲は、条約とは異なり、一般にすべての国に及ぶとされる。(同書、128頁)

*ユス・コーゲンス(強行規範)

 いかなる場合にも逸脱を許されない一般国際法の規範で、後に成立する一般国際法の強行規範によらなければ変更できない規範のこと。条約法に関するウイーン条約五十三条に規定されている(本文第36項参照)。任意的国際法規範が強行規範と抵触する場合、それが強行規範より後の法であったり、特別法であっても、無効とされる。(同書、127頁)


【参照文献】

(14) M. Cherif Bassiouni,"Enslavement as an International Crime", New York University Journal of International Law and Politics vol. 23 (1991) p. 458.

(15) 例として、ICTFY, ガゴビッチその他に対する起訴状、事件番号IT-96-23-I (26 June 1996)(以下、「フォチャ事件起訴状」) 参照. (同書、147頁)