crescent このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-06-26

[][] 証言が証拠になるか 05:40  証言が証拠になるか - crescent を含むブックマーク はてなブックマーク -  証言が証拠になるか - crescent


Question

証言は、証拠にならないのではないですか。


Answer

証言は、重要な「証拠」です。ご質問のような考え方は、大きく誤っています。

証言はどんな事実があったかを証明していく上で、もっとも重要な「証拠」です。証言があるのに、合理的理由もなくそれを「証拠でない」と無視することは、証拠を恣意的に選択して、自分に都合の良いストーリーを「事実」にしようとしていることと同じことなのです。


この点、裁判上の手続になぞらえたような主張が目立ちますので、以下に説明しておきましょう。

仮に、「証言は証拠にならない」とすると、果たしてどういう結果になるでしょうか。例えば、殺人事件で、「犯人が被害者をナイフで刺すのを目撃した」という目撃者の「証言」があったとすると、これは証言なので証拠にならないということになります。そうなると、犯人がその被告人であることを示唆するはずの極めて重要な証言が、犯罪を証明する手段としては使えないことになります。指紋でも残っていればよいですが、もしなければ、検察官は起訴をあきらめなくてはならないのでしょうか。そんな馬鹿なことはありませんよね。

いや、それは目撃者だから良いのだ、という反論があるかもしれません。それでは、性犯罪の事件を考えてみてください。被害者がレイプされたことを涙ながらに切々と語った場合、それは証拠にはならないのでしょうか。普通の傷害事件や脅迫事件などでも同じですね。被害者の「証言」がなければ、犯罪の立証に重大な支障をきたすことになります。

民事事件でも同じです。すべての取引に契約書がきちんと作成されていれば問題はないかもしれませんが、現実はそうではないですよね。「お金を貸した」「もう既に支払った」等々、立証手段の中心は「証言」なのです。

客観的な証拠を重視せよ、という声が聞こえてきそうです。もちろん、そのこと自体はその通りです。現場写真や、血の付いたナイフなんてのは、重要な物的証拠です。しかし、それが例えば何かの「文書」を意味しているとすると、また話は少し違います。つまり、こういった「文書」の多くは、あくまで人間が作成しているものなのです。その当時の人間の認識が書いてあるだけであって、そこに書いてある内容が正確かどうかも分かりませんし、その背景についても文書自体は何も語らないのです。こういった証拠は、その書かれてある内容を立証の対象とする場合、裁判上は「伝聞証拠」として扱われ、日本の場合は刑事事件では原則として禁じられているのです。むしろ「証言」の方が重視されている場合もあるのです。ちなみに、この伝聞証拠禁止の原則は、アメリカではより徹底されています。


もちろん、「証言」は人間の記憶ですから、記憶の欠落や変遷、誇張も含まれることもあります。それを他の証拠と照らし合わせて吟味していく作業は必要です。しかし、「証言」だから「証拠にならない」という議論は、世界各国どこをみても聞いたことがありません。

証言の重要性が、お分かり頂けたでしょうか。