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27lunakkolunakko   23  Re:シンガポールにおけるドル表示など

lunakkoさんはこの情報は次の二点を示す証拠である、としています。

1 『日本軍が現地通貨の回収をおこなっていた』

2 『現地通貨回収の際の交換レートがだんだんと現地通貨に不利になっていた』

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/7/22

1 『日本軍が現地通貨の回収をおこなっていた』

ですが、

永井教授が17番目のレス(http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/7/17)で、

それから、「占領地では、占領した国が通貨を発行する。(前に支配していた国の貨幣は回収し、入れ替える)」ことを、研究史では「通貨工作」あるいは「通貨統一工作」とよんでおります。

と書いておられます。ゆえに、

 『日本軍が現地通貨の回収をおこなっていた』

は、

『占領地では、占領した国が通貨を発行する。』

の意味です。理解ください。永井教授がいっているのですから、間違いありません。

2 『現地通貨回収の際の交換レートがだんだんと現地通貨に不利になっていた』

このあたらしい紙幣は『南方開発金庫券 に号(以下ドル南発券と呼ぶ)』でした。陸軍はドル軍票をドル南発券に変えろ、

という通達を出していますが、併用を認めているので実際にはおそらくマラヤドル、ドル軍票、ドル南発券の三種類が1943年4月以降、

終戦後しばらくまで流通していたものと思われます。これらの紙幣の公定交換レートは1対1でした(註1)。

と書かれておられますが、

南方経済対策要綱(昭和16年12月16日 閣議報告)(1941年

第二、甲地域対策要領

 第一次対策

    三、通貨

備考

  (イ) (一)ノ(ロ)ニ関シ差当リ軍票ガ現地通貨ト等価ニテ流通スルヲ促進スル為軍票ニ依ル物資購買等ヲ円滑ナラシムル様適当ナル措置ヲ講ズ

   (ロ) 予算上軍票ト日円トハ差当リ比率一対一トスルモ現地物価ノ実状ニ応ジ予算ノ編成上並ニ経理上考慮ヲ払フト共ニ予算ノ実行ニ付各地域別区分計画ニ努メ諸般ノ施策ニ齟齬ナカラシ

この備考には、「差当り」と書いています。

この文章の要約は、

(イ) (一)ノ(ロ)に書いてある「軍票ハ現地通貨ト等価ニ通用セシム」に関して、「差し当たり」、「等価で」流通を促進するよう、「軍票で」物資購買等をしてください。
(ロ) 予算上軍票と日円(内地通貨のこと)とは、「差当り」比率一対一ですが、「現地物価の実状に応じ」予算の編成上また経理上、考慮してくださいね。

と私は解釈します。

これは、私が、「当初は」レートが1:1であった と、主張している根拠です。

まとめると、

「当初は」、日円1円=軍票(現地通貨表示)=現地通貨(現地通貨表示)

です。

また、あなたの出された資料(http://users.erols.com/kurrency/cx.htm)によりますと、クリスマス島において、日本の占領中は

31 March 1942-31 Mach 1943 Japanese military $1 = 1 Japanese yen = Malayan $1

1942年3月31日-1943年3月31日のレートは南発券(軍票ドル表示)1ドル=1円(内地)=現地通貨(マラヤドル)1ドル

と書いてあります。

日本軍は1942年3月からクリスマス島を占領しています。よって、占領直後の資料ですね。「差当り」レートが1:1ですね。

そして、場所は違いますが、あなたの出されたもう一つの資料(http://www.globalfinancialdata.com/index.php3?action=showghoc&country_name=Myanmar)には、

By the regulation of 15 March 1943, the Burmese rupee continued to be legal tender,

as a Japanese tactic to win local support, but the rupee was inconvertible into pound sterling.

Limited amounts of (Burmese) Indian rupees were apparently accepted by

the Japanese at 4 (Burmese) Indian rupees = 1 Japanese military rupee.

The prewar exchange rate had been about 1.3 Japanese yen = 1 (Burmese) Indian rupee.

(中略)

The British demonetized Japanese occupation currency on 1 May 1945.

The market exchange rate had fallen to 100 Southern Development Bank rupees = 1 Indian rupee.

と書かれてます。

これは、ビルマの事ですが、

●1942年、アウンサンがビルマ独立義勇軍を率い日本軍と共に戦いイギリス軍を駆逐し、占領しています。

そして、この資料によると、

The prewar exchange rate had been about 1.3 Japanese yen = 1 (Burmese) Indian rupee.

戦前の為替レートはおよそ1.3日本円=1(ビルマ)インディアンルピーでした。

と書かれております。ほぼレートは1:1ですね。

そして、

占領後1年が経過した1943年3月15日、(昭和18年)日本の軍票の1 =インディアンルピー(元現地通貨)4

とかかれております。

日本の占領中。日本が軍票を通貨にし、元現地通貨の価値1/4に激減。

です。

その後は

●1945(昭和20)年ビルマ国軍離反 3月17日、日本軍撤退。イギリスビルマを占領

そして、イギリスの占領直後、1945(昭和20)年5月 日本の軍票(南発券と等価)100=インディアンルピー(元現地通貨)1

と書いてあります。

イギリスから見ると日本の軍票は敵国貨幣なので廃止させ、日本軍票の価値1/100に激減。元現地通貨復活。

という意味です。

お分かりかとは思われますが、少なくとも、ビルマにおいては、

当初はレートがほぼ1:1であった現地通貨の貨幣価値が、一年後に1/4になっております。

そして、私の主張どおり、

イギリスに占領されると、敵国日本の軍票の価値は、元現地通貨(イギリスの通貨です。日本占領前はイギリスの占領地なので)に対して1/100に激減しています。

よって、私のいわんとする、 『占領地では、占領した国が通貨を発行し(永井先生のご指摘どおり。元は現地通貨回収の際の)、交換レートがだんだんと現地通貨に不利になっていた』

はあなたの資料によって裏付けられております。

以上の理由から、まず

1、 『日本軍が現地通貨の回収をおこなっていたこと』

米の値段の経時変化から日本軍がマラヤドルを回収していたかどうかを判断することは不可能です。

2、『現地通貨回収の際の交換レートがだんだんと現地通貨に不利になっていたこと』

「ドルの価値が下がった」という事実をlunakkoさんはマラヤドルにのみ適用していますが、ドル軍表、ドル南発券、いずれもドル表示でした。したがって、米の価格高騰から単純に推測できるのは、

これらすべての価値が下落した、ということでしかありません。マラヤドルの価値がドル南発券に対して低下したということを示すには別の情報が必要です。

もう一度、よくお考えください。ビルマでも適用されております。

註1 実際にはドル南発券が乱発され、同時に戦局は日本軍に不利になっていったので市場での実勢交換レートは

南発券がどんどん低くなっていっただろう、と想像できますが、これに関する情報を私はまだ確認していません。

唯一交換レートに関してある程度の状況を想像させる情報として今のところみかけたのは次の一節です。

During the Japanese occupation of Singapore, the Japanese issued Gumpyo Dollars (MYAG) set at par with the Straits Settlement Dollar.

Malayan Dollars were allowed to circulate, but were hoarded. The Straits Settlements were dissolved and the currency board resumed operations on April 1, 1946.

http://www.globalfinancialdata.com/index.php3?action=showghoc&country_name=Singapore

ドル軍票とマラヤドルの併用は許可されていたけれどもマラヤドルは隠匿された、つまり大切にしまっていた、ということです。

そのとおりです。日本占領なので、ドル軍票とマラヤドルの併用は許可されていたけれども、敵国貨幣のマラヤドルの価値が下がったので使い物にならない。つまり大切にしまっていた、ということです。

実際に戦後、マラヤドルは復活しています。これがどんな状況だったのかを想像すると、どんどん市場に流入し平行して価値の下がっていくドル南発券と、

高騰する物価を眺めていたら、価値が相対的に変わらな(かったかもしれな)いマラヤドルはとっておくほうが賢明、と想像できます。・・・が、この部分はあくまでも想像。

戦後ではありません。クリスマス島における日本軍の撤退後です。1943年12月には日本軍はあらかた島を撤退しております。

そして、クリスマス島における日本軍の撤退後、イギリスが再占領し、元イギリスの現地貨幣であるマラヤドルが復活。

敵国紙幣である日本のドル軍票=南発券の価値が激減した。

私の説では、このように解釈できます。

また、あなたの想像は、歴史事実に反しております。

違うというのであれば、

●私の説を裏付ける資料は要りませんので、「軍票を大量に刷り、インフレになった」に対する資料をお出しください。

●なお、これに対する資料がなければ、「軍票がだぶついてインフレになったから慰安婦の給料が軍票700円だったけど、実際は38円だった」なんて妄想になってしまいますよ。

レスは1日1度にします。これだけにかまけている余裕もないですから。大人数を相手にしているようなので、それ以下になる可能性もありますが。
返信2007/06/01 18:23:08
  • 27Re:シンガポールにおけるドル表示など lunakkolunakko 2007/06/01 18:23:08
    lunakkoさんはこの情報は次の二点を示す証拠である、としています。 1 『日本軍が現地通貨の回収をおこなっていた』 2 『現地通貨回収の際の交換レートがだんだんと現地通貨に不利になってい ...