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26noharranoharra   「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国の研究者ら

八月は突然と光ったのだ。

「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国研究者

「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国研究者ら、現場を視察【2007.07.26】京都新聞CommentsAdd Star

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007072600159&genre=C4&area=K60

 日本の植民地支配下での強制連行の実態を調査している韓国政府機関の担当者が26日、京都府舞鶴市を訪れて多くの朝鮮人労働者らが亡くなった浮島丸事件について地元市民団体からの聞き取りや、沈没現場の視察などを行った。

 2009年までに完成を予定している調査報告書準備の一環で、現地訪問は昨年に続き2回目。

 韓国は2004年、1945年8月24日に帰国途上の朝鮮人労働者らを乗せた旧海軍の輸送船・浮島丸が爆発して500人以上が死亡した同事件、在日朝鮮人被爆実態など強制動員被害の真相を究明するための特別法を施行。国家公務員や民間研究者らで構成する真相究明委員会を設け、日韓各地で文献や訪問での調査を重ねている。

http://d.hatena.ne.jp/dotcom-sengo/20070730/1185775268

戦後責任.com ブログ! - 「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国研究者ら、現場を視察【2007.07.26】京都新聞

慰安婦」問題とは直接関係ない。でも「500人以上の朝鮮人労働者ら」ということは当然、女性もいたのでしょうね。どんな女性だったんだろうか?


かって、金時鐘の詩『新潟』の一部を引用しました。

http://noharra.at.infoseek.co.jp/2004/ikesu2.htm

 第2部「海鳴りのなかを」は、「河口に土砂に埋まった丸木船がある。」*1という挫折を確認するところから始まる。故郷へ海を渡ることを強く思いながら、それはついにかなわないものとしてあるのだ。「海をまたいだ船だけがぼくの思想の証ではない。またぎきれずに難破した船もある。」*2「ぼくが沈んだ幻の八月を明かそう。」*3 

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040406#p1

「山ひだを斜めに穿ち蛇行する意志がつき崩すショベルの先に八月は突然と光ったのだ。」*5「なんの前触れもなく」輝かしい解放が突然やってきた。その輝かしい八月の光の裏には、原爆の光も焼き付いているだろう。「人が流れとなりはやる心が遠い家郷目ざして渚を埋めた。」*6故郷への熱い大きなベクトルが描かれる。だが「袋小路の舞鶴湾を這いずりすっかり陽炎にひずんだ浮島丸が未明。夜のかげろうとなって燃えつきたのだ。」*7日本の敗戦の直前二五〇万人近くいた朝鮮人のうち半数以上が帰国した。だが浮島丸事件のように帰国の意思が無惨にも中断させられた人々もいた。<ぼく>は彼らと同じように海の底でうずくまったままだ。*8

韓国では1945年8月15日を開放の日とし、光復節(こうふくせつ)と呼びます。ところが、金時鐘というのは恐ろしい詩人である。皆に喜ばれるべきその〈光〉の裏面には、原爆の〈光〉にも紛う悲惨〈陽炎にひずんだ浮島丸〉がありありと幻視されるのだ。

1945年8月15日を開放の日として素直に喜べないなんて、なんて不幸な人なのだろう、と平凡な韓国人からは言われるかもしれない。しかし1948年の済州島四・三事件に至る朝鮮韓国)(国家)自立への血だらけの闘いが敗北に終わり日本に逃げてきた金にとっては、逆説を定着させることが自らの詩の道であった。

アジア全域を巻き込んだ戦争に敗北し、原爆を受けた日本人が、十年ほどで何事もなかったかのような素直さに回帰できたのとは大違いである。

返信2007/08/05 11:38:21