海老蔵-野原の応答など RSSフィード
 

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1noharranoharra   海老蔵-野原の応答など

返信1 : 2007/04/15 21:05:15

11noharranoharra   わたしは法の立場に立っている+1

論点39

>---売春婦と呼ぶための条件は、

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20070321#p10 の第三項にも明示しています。その条件をクリアーしていることを立証してください。

立証は不要です。(海老蔵

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001227#p5

わたしの質問を理解していないようだ。

慰安婦は離職の自由を持っていなかったから、売春婦とは言えない」に対する反論は?

論点40

>多くの元慰安婦たちの証言に向き合ったとき、あまりためらいもなくその真実性を否定できるあなたの根性は一体何なんでしょう。それがレイシズムでないとすれば。

法の道徳に対する比較優位の思想でしょうな。

法とは、一般に最低限度の道徳とも言われ、比較的広く一般の者に受け入れ可能な最大公約数的な道徳的価値判断を含む利益調整のルールです。

韓国中国の方は、よく道徳的優位性とかいう言葉がお好きなようで、道徳を前面に押し出されるが、道徳などは諸民族諸文化で大きく違い、調整不可能な問題も多い。

日本より純化された単一民族国家韓国内のみなら通用するかもしれませんが、多様な民族・文化が繁栄するアジア諸国の利益調整には不向きでしょう。

そのため、アジア諸国の利益調整においても、比較的価値中立的な法による支配が最善と考える次第です。

9・11事件も、イスラムの道徳ではアメリカの道徳や行動は許せないことが原点にあると思います。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001227#p5

やれやれ。---うーん

返信2007/04/22 20:20:40

12noharranoharra   論敵を怒らせようとするのはいけないことか?

論点41

なかった派というレッテル貼り自体が相手を悪質化する印象操作(慰安婦の存在自体は争い無く認められており、争いは実態が売春婦か性奴隷かという点にあるから)、なかった派を最小限の労力で怒らせよう(笑)、彼らの一定の敗北、レイシスト、その他罵倒挑発的言辞が多い。ご自分でも過剰の攻撃性を自白しておられる。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001227#p5

国家の無謬性というものに宗教的ともいえる帰依をされている方という印象は維持され続けていますがね。「なかった派」が嫌なら「強制連行否定派」くらいでどうですか?

「なかった派を最小限の労力で怒らせよう」というのはいけない方針なのですかね? 何故でしょうか?批判されて怒るのは矛盾を取り繕っているからでしょう?(例:「大東亜の大義」)

返信2007/04/22 20:21:35

13noharranoharra   国際的な赦しのコンセンサスを作り上げることができなかった原因は?

論点42:国際的な赦しのコンセンサスを作り上げることができなかった原因は?

その点は、一部同意します。あまりにも外交が下手すぎる。日本にも、国際的な赦しのコンセンサスを作り上げたヴァイツゼッカーに匹敵する力量の政治家がいなかったことが悔やまれます。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p2

おお、意外にも意見が一致しましたね。

「あまりにも外交が下手すぎる。」なぜいつまでも謝り続けなければいけないのか。

せっかく膨大な調査を積み上げて河野談話を発表したのに、それを確定させることができなかったからです。確定させようとした宮沢-河野-加藤といった自民党ハト派の勢力に対し、愛国ナルシズムに立つ右からの勢力の圧力が働き続け、妥協点を右に押しやり続けました。

 我々はこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

http://kodonet.blog54.fc2.com/blog-entry-51.html

「歴史の真実」という重い言葉は受け止められず、教育を通じて国民の記憶とすることは彼らの圧力により阻止されてしまった。

このような力関係により成立したアジア女性基金が、元「慰安婦」及びその支援者によって拒否されたのも当然だったと考えられます。

私の考えでは、第三国の研究機関を複数入れて、事実関係及びこの問題の発生から発展までの一部始終を徹底調査し、その結果に基づいた国会決議をすべきと考えます。

調査のための基金が設立されたら、喜んで寄付に応じたいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p2

さらなる歴史研究については上記河野談話が約束しているところですから、基金ではなく国の責任で行うべきでしょう。

で調査の必要を言うときに、アジア女性基金が一定確定した歴史の概要に見直されるべき点があるかどうかが問題になります。

これは今回の米国議会の報告書が提出した3つの論点にも関わりますね。わたしは報告書の結論を妥当と考えます。海老蔵さんは違うのでしょうが、その根拠を、国家=無謬という信念以外に持っていないのではないかと思われています。つまり明確な根拠を提示しえていません。

返信2007/04/23 07:11:12

14noharranoharra   パラダイムの変化

論点43

 多くの兵士たちは日記や回想録のなかで、「慰安婦」との接触を、少しも恥の意識を持つことなく記述していたからである。パラダイムの変化のおかげで、彼女たちの経験は「軍隊売春」から「性奴隷制」へ、すなわち軍隊によって組織的に継続された強姦へと、見方が変わったからである。(上野

これは、行為時及びその後しばらくたった回想録記載時においてすら、慰安婦の存在は法規範上は犯罪ではなかったことを認めているのです。

それが、その後の女権伸長に伴って、90年代以降の現代に行われてたら犯罪じゃないの?という法意識になってきたという、むしろ実態に合致した認識を示しているのです。

しかし、この実態に合致した認識を前提とすると、法の不遡及の原則(行為時法適用の原則)により、日本の国家責任は否定されてしまうので、補償請求の場面では負け筋になるのです。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p2

慰安婦の存在は法規範上は犯罪ではなかった」とはどういう意味でしょうか?

「戦前、ある紳士が自分のうちの女中に手を付け妊娠させた」このような事例はまず間違いなく「法的に犯罪となることはなかった」のです。しかしそれは「法規範上は犯罪ではなかった」ことを意味しません。

規範に反する行為を実際に犯罪とするためには、行為を対象に公判を成立させ事実を裁判所で明らかにするための努力労力が必要です。現在でも社会的弱者にとってはその努力労力はたいていの場合、あまりにハードルが高く支払いえないものとなります(警察~が勝手に起訴してくれなかった場合)

海老蔵さんの論理は、「法規範上は犯罪ではなかった」を「実際に法的に犯罪となることはなかった」に近づけることにより、無罪化を勝ち取ろうとするレトリックにすぎません。

だいたい上野が「恥の感覚」の話をしているのに、いったいそれがなぜ「法規範上の犯罪」云々の話しになるのだ?

返信2007/04/28 12:04:40

15noharranoharra  

論点44

そこで、吉見氏らは補償請求を肯定するために、(無理を承知で?)行為時においても違法であったことを何とか説明しようとして、国際法の少数説を引っ張ってパッチワークを始めたため、法律家から笑われてしまうのです。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p2


論点45

問題は法的なものと捉えるべきだと海老蔵氏は言う。

そうであれば、すでに皆が予想していたとおりの最高裁の原告敗訴で話は終わりだ。

彼は一体何のために、いままで多量の文章を書きつづってきたのだろう。彼は何にかき立てられていたのか?

返信2007/04/28 12:06:18

16noharranoharra  

論点46

>「近代法の諸原則」!なんてことを言って得意になっている人がいるが、

いえいえ。国家責任を追及する場合には、第一に考えねばならない当然のことを指摘しているだけで、得意になってはいません。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p3

近代法というシステムが、国家責任を追及するのに適しているという話は初めて聞きますね。

論点47

>管理権はすべて自らが持ちながら、あとから追求されたときには経営者は民間だといって言い逃れする。みっともないことこの上ない。

収益が業者側にあったことの方が重要でしょう。

軍側は儲けていません。性病検査や避妊具の支給等、売春婦の人権を保護するための管理であって、持ち出しではないですか。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p3

避妊具のために国費を支給していたことは認めるのですね。慰安婦というものが国家-軍の制度として運用されていたかどうか?という論議に、突然「良い関与説」を持ち出されるととまどいますね。

返信2007/04/28 12:10:45

17noharranoharra  

論点48

韓国の世間は既に日本への謝罪賠償請求に同意して一体化していますが、日本の世間は売春婦を性奴隷捏造したことには同意できないと考える割合が日に日に増え、むしろ毀損された日本の名誉を回復しなければと考え出しています。女権伸長と同様に、名誉権感覚や法感覚も伸長しています。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p4

なるほど、わたしが「みっともなさ」と捉えるものの本体は、「毀損された日本の名誉を回復しなければ」という「名誉権」感覚であるわけですね。で名誉権って何だ?

論点49

宮台真司氏、宮崎哲弥氏、つかこうへい氏ら、かつては性奴隷派に近い意見を持っていた人々も、売春婦派に続々転向しています。野原さんも転向しませんか?

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001226#p4

「みんながそう言っているから」という理由で流されていく人々がどんな目に遭うか、先の大戦からその程度のことも学べなかったのなら、日本が再沈没するのも自明ですな。

返信2007/04/28 12:11:12

18noharranoharra  

追加

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/6/4#p1

を項目追加。

また、http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/6/8#p2

の文章を補充しました。

いちおう終わり

海老蔵コメントとの対話シリーズ(4/9が最終)はいちおう終わり。

返信2007/04/28 12:11:32

20noharranoharra  

論点54:金正日の国家官僚に国家悪を裁く権利があるか?

人類史における最悪の人間虐待と糾弾されるべき政治犯収容所などの収容所の存在。など

これらの問題について、北人民共和国政府は<真相を徹底的に調査>をすべきであるし、<すべての被害者に対して正式な謝罪を>なすべきである。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050125#p3

<<<金正日有罪>>>

参考:http://d.hatena.ne.jp/noharra/20060215#p2

返信2007/04/28 15:15:09

21noharranoharra   論点55

返信2007/05/20 21:17:16

22noharranoharra   従軍慰安婦をめぐる6枚の紙片

このスレッドは、海老蔵さんとの対話用に用意したものですが、海老蔵さんが沈黙して居られるため、

野原燐のぶつぶつモノローグ  にでも使おうか、と思っています。


昨日(5/19)、あるところで、「従軍慰安婦をめぐる6枚の紙片…」と題して話しました。

その時に使った6枚の紙片を、下記に掲載しました。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11000901#p1


6枚の紙片はただの素材に過ぎず、それを提示しただけでは「発表」にならないわけで、・・・

まあ説明を加えながら話をしたわけですが。


何を言ったのか、言いたかったのか? については明日以降に書きます。

(5/21追加)

当日聞いてもらったYさんからメールをいただいた。それをきっかけに考えてみた。

----------------------

えーと、

当日もすでに聞かれたのですが、

何を言おうとする発表だったのか? が確かに不明確ですね。

今日、改めて、今の気持ち(考え)を整理して見ます。

まず、3.吉見義明vs2.ネット右翼については、私は断固として吉見さんの側に立ちます。(といっても、この対立だけでも多くの局面を持ち、それを網羅するには時間ばかり掛かり大変です。)

さて、それに対し4.C女子学生vs1.陰部を検査する麻生医師 というのはどうでしょう。

酷く踏みにじられた苦痛とさらに被害を「語ることができない」苦痛において、C女子学生と慰安婦たちは共通する。しかしエリート女性だったC女子学生たちはわずか1,2年で思想的苦闘と沈黙から抜けだし「語ること」に至ることができた。しかし慰安婦たちは、50年掛かった。

それに対し、中年日本人男性である麻生-千田対話の裏には、女を買ってしまう男への共感~許容が、ただよっています。語ることが難しい、このような許容を、存在の〈有臭〉性として、いったん肯定していきたい、というのがわたしの言いたかったかも知れない点です。

ここにほんのかすかに流れていた、4.女の正義vs1.男の非?正義といった構図は、5.生きている女vs6.無惨に死んでいった男 という構図によって辛うじてかすかな暗示に至り得ます。

しかしそれは、最後まで〈かすかな暗示〉に留まります。政治的にも学問的にも思想的にも3.吉見さんたち の正しさを成立させることに私は荷担しているのですから。


なぜこのような回りくどいことを言っているのか? それは一つには吉見さんたちの完璧な議論が(安倍首相以下の?)日本の大衆には支持されないのは何故か、欧米、アジアの大衆には支持されているようにわたしたちには見えるのに、といった点にも関わります。

正義というものが、西欧起源の無垢な空間に、国民国家=血縁の共同体とは切り離されたものとしてだけ存在するという強固な信念。それは最新のデリダアーレントコーネルといったシーンにおいても再演されているのだ。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20070519#p1

と野原はブログの舌足らずの文章に書き留めています。

学者の言説は、真理や正義をより厳密に追い求めようと努力すればするほど、ベタな生活~悲惨な現実から乖離していく。そうではなくて、何かを厳密に論じようとするその身体のうちに〈存在の有臭性〉を回復しなければならない。それは不可能なことではなく、C女子学生たちがすでに実施し得たことでもある。

糾弾する女の身体は臭いを発している。わたしの中にある臭いを、言葉につなげていくことの困難を包み込みながら常に表現はなされなければならない。

というのが、わたしが言いたかった(かもしれない)こと、です。

-----------------

うーん。・・・

返信2007/05/21 07:00:51

23noharranoharra   古森:米軍も慰安婦を「雇用」とみていた

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/174406/allcmt/#C268059

米軍慰安婦を「雇用」とみていたーー米陸軍文書から-ステージ風発:イザ!

やれやれ。

コメント書き込んでしまった。


>>>保守と呼ばれる人たちの大半も管理責任(道義的責任)は認めているのだ

>>>わけのわからんことをいつまでもごちゃごちゃ書き込むなよ

staro さん はじめまして。

管理責任=道義的責任 というのはどういう論理なのでしょうか? 管理責任はしばしば法的責任でもありますよ。

人間狩り」の有無が論点というのは、“なかった派”の妄想にすぎません。

① 日本軍「慰安婦」制度に関する旧陸海軍政府関係資料は、すでに数多く開示されている。これら資料によればこの制度は、旧日本陸海軍が自らの必要のために創設したものであり、慰安所の開設、建物の提供、使用規則・料金などを軍が決定・施行し、運営においても軍が監督・統制した。個々の「慰安婦」について、軍はその状況をよく把握していた。

⑦ 日本軍「慰安婦」制度は、居住の自由はもちろん、廃業の自由や外出の自由すら女性たちに認めておらず、慰安所での使役を拒否する自由をまったく認めていなかった。故郷から遠く離れた占領地に連れて行かれたケースでは、交通路はすべて軍が管理しており、逃亡することは不可能だった。公娼制度を事実上の性奴隷制度とすれば、日本軍「慰安婦」制度は、より徹底した、露骨な性奴隷制度であった。

⑧ 被害女性たちへの「強制」の問題を、官憲による暴力的「拉致」のみに限定し、強制はなかったという主張もみられるが、これは人身売買や「だまし」による国外誘拐罪、国外移送罪など刑法上の犯罪を不問に付し、業者の行為や女性たちの移送が軍あるいは警察の統制下にあったという事実を見ようとしない、視野狭窄の議論である。なお、慰安所でのいたましい生活の中で、自殺に追い込まれたり、心中を強要されたり、病気に罹患したり、戦火に巻き込まれるなどして死亡した女性たちが少なくなかったことも指摘しておきたい。

http://space.geocities.jp/japanwarres/center/hodo/hodo37.htm

自分たちだけで論点をズラして自慰してたいならネットに出てくるな!!

野原燐

http://ianhu.g.hatena.ne.jp/ 

返信2007/05/22 21:00:40

24noharranoharra   22  メモ:千田夏光氏

「故 千田夏光氏を悼む」という、

琴秉洞氏(朝鮮近代史研究者)による文章が下記に載っています。

http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2001/1/0122/51.htm

経由 http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070605#p2

返信2007/06/05 20:53:43

25noharranoharra   呉智英の慰安婦認識について。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070726/130864/

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070726/130864/?P=2

 慰安婦は基本的に娼婦である。本質において、現在のいわゆるフーゾク嬢などと変わらない。交戦国、敵国であった支那(「支那」は世界共通語であって差別語ではない。日本人に限って「支那」を禁ずることこそが差別である)やオランダ他の女性は別として、選挙権・被選挙権も順次認められていった同じ大日本帝国臣民たる朝鮮人の女性を性奴隷として強制連行するなどということは考えにくい。事実、そのような証拠は何一つない。

まあこれを認めるとしよう。そうすると問題は、「支那オランダ他の女性」である。

ところが彼の慰安婦論は、最後まで「別として」という留保のまま閉じられる。

支那オランダ他の女性」たちはどうであっても、慰安婦というものを論じるためにはトリビアルな事だという判断があるようだ。

何故だろう? たぶんなかった派に洗脳されているのでしょうね。

 最近、アメリカを含む外国からの理不尽な日本批判が出ている。マイク・ホンダ下院議員らが中心になって、日本に謝罪要求する決議が可決された。事実認識が誤っているだけでなく、背後に謀略的な動きもあるようだ。

馬鹿のくせに良く言うよ。

返信2007/08/03 20:03:05

26noharranoharra   「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国の研究者ら

八月は突然と光ったのだ。

「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国研究者

「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国研究者ら、現場を視察【2007.07.26】京都新聞CommentsAdd Star

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007072600159&genre=C4&area=K60

 日本の植民地支配下での強制連行の実態を調査している韓国政府機関の担当者が26日、京都府舞鶴市を訪れて多くの朝鮮人労働者らが亡くなった浮島丸事件について地元市民団体からの聞き取りや、沈没現場の視察などを行った。

 2009年までに完成を予定している調査報告書準備の一環で、現地訪問は昨年に続き2回目。

 韓国は2004年、1945年8月24日に帰国途上の朝鮮人労働者らを乗せた旧海軍の輸送船・浮島丸が爆発して500人以上が死亡した同事件、在日朝鮮人被爆実態など強制動員被害の真相を究明するための特別法を施行。国家公務員や民間研究者らで構成する真相究明委員会を設け、日韓各地で文献や訪問での調査を重ねている。

http://d.hatena.ne.jp/dotcom-sengo/20070730/1185775268

戦後責任.com ブログ! - 「浮島丸」調査で舞鶴訪問 韓国研究者ら、現場を視察【2007.07.26】京都新聞

慰安婦」問題とは直接関係ない。でも「500人以上の朝鮮人労働者ら」ということは当然、女性もいたのでしょうね。どんな女性だったんだろうか?


かって、金時鐘の詩『新潟』の一部を引用しました。

http://noharra.at.infoseek.co.jp/2004/ikesu2.htm

 第2部「海鳴りのなかを」は、「河口に土砂に埋まった丸木船がある。」*1という挫折を確認するところから始まる。故郷へ海を渡ることを強く思いながら、それはついにかなわないものとしてあるのだ。「海をまたいだ船だけがぼくの思想の証ではない。またぎきれずに難破した船もある。」*2「ぼくが沈んだ幻の八月を明かそう。」*3 

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040406#p1

「山ひだを斜めに穿ち蛇行する意志がつき崩すショベルの先に八月は突然と光ったのだ。」*5「なんの前触れもなく」輝かしい解放が突然やってきた。その輝かしい八月の光の裏には、原爆の光も焼き付いているだろう。「人が流れとなりはやる心が遠い家郷目ざして渚を埋めた。」*6故郷への熱い大きなベクトルが描かれる。だが「袋小路の舞鶴湾を這いずりすっかり陽炎にひずんだ浮島丸が未明。夜のかげろうとなって燃えつきたのだ。」*7日本の敗戦の直前二五〇万人近くいた朝鮮人のうち半数以上が帰国した。だが浮島丸事件のように帰国の意思が無惨にも中断させられた人々もいた。<ぼく>は彼らと同じように海の底でうずくまったままだ。*8

韓国では1945年8月15日を開放の日とし、光復節(こうふくせつ)と呼びます。ところが、金時鐘というのは恐ろしい詩人である。皆に喜ばれるべきその〈光〉の裏面には、原爆の〈光〉にも紛う悲惨〈陽炎にひずんだ浮島丸〉がありありと幻視されるのだ。

1945年8月15日を開放の日として素直に喜べないなんて、なんて不幸な人なのだろう、と平凡な韓国人からは言われるかもしれない。しかし1948年の済州島四・三事件に至る朝鮮韓国)(国家)自立への血だらけの闘いが敗北に終わり日本に逃げてきた金にとっては、逆説を定着させることが自らの詩の道であった。

アジア全域を巻き込んだ戦争に敗北し、原爆を受けた日本人が、十年ほどで何事もなかったかのような素直さに回帰できたのとは大違いである。

返信2007/08/05 11:38:21

27noharranoharra   天皇制

日本軍慰安婦は“天皇制”で解けるか?

http://ameblo.jp/news-tootdashisugi23/entry-10047458775.html

日本軍慰安婦は“天皇制”で解ける~連合軍の公娼制ナチスの強制売春と大別される

2007/08/15(水)

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90237&servcode=400&sectcode=400

日本軍慰安婦は日本の天皇制と深いつながりがあり、連合軍の公娼制およびナチスの強制売春と大別される特殊性があるという論文が発表された

イ・ヘミさんは24日、西江(ソガン)大学政治外交学部修士論文『日本軍慰安婦制度の普遍性と特殊性』で第2次大戦慰安婦として動員された朝鮮人女性たちは“絶対価値”を持った天皇と最も距離が遠い存在と認識され、性奴隷としては当然視されたと主張した

イさんは「天皇制国家で個人の存在価値とそれによる社会的位階は天皇イデオロギーに内在した本質的差別論理によってすでに決められていた」とし「天皇制国家が植民地女性を性奴隷として動員したことは位階的構造でこれらが占める位置とそれによる存在的価値が非常に低かったから」と書いた

当時、社会的位階によると男性は女性より優位で、男性のうち軍人は天皇に直属されてどんな集団より優位だった。日本民族は天皇の臣民とし、天皇嫡子ではない朝鮮民族より優等だという。したがって男性-女性、軍人-民間人、日本民族-朝鮮民族が差別される天皇制国家の家父長主義、軍国主義、民族主義位階で最下位に置かれた朝鮮人女性は、切迫した戦争状況で何の遠慮もなく、政策的に動員することができた存在だったというのがイさんの分析だ

日本軍慰安婦は娼婦ではない女性たちが性奴隷として動員されたということで当時、連合軍公娼制と区別され、動員された女性に対して殴打、罵倒、殺害の脅威が許容されたため、ドイツナチスの強制売春とも違う指摘した

イさんは米国イギリスオーストラリアなど連合軍は軍の専用公娼制を取り入れたが、これは戦争過程で特定地域に進入した後、その地域にすでに存在した娼婦たちを軍隊のための売春婦に切り替える方式だったと説明した

またドイツナチスの強制売春は民族、人種的範囲を超えないという方針に従って、ドイツ娼婦たちを主に動員し、軍人たちが遊郭に入っても軍人として体面を失わないように飲酒、暴力などに対する徹底的な監視が行われたとした

イさんは、戦争において売春で女性が犠牲となる悲劇が発生するという点を挙げ、慰安婦制度が意図的に企画、導入した政策だという事実を日本の右翼は隠そうとするが、天皇制国家のメカニズムから表れる特殊性をよく見れば、他国の女性の人権を憚りなく蹂躙するのに十分可能な発想だということが分かると主張した

2007.08.15 11:46:34

うーん。どうでしょうか?

やはりわたしは   慰安婦制度は、当局によって意図的に企画、導入された政策であり、離職の自由のない強制売春だいう事実が存在したのかどうか、論点だと、思います。

男性-女性、軍人-民間人、日本民族-朝鮮民族、と見れば、朝鮮人の女性が負性を三重に背負っていると言える。しかし朝鮮人女性でも若い−若くない、とかあるいは、朝鮮人中国人フィリピン人などなどといった差異に言及せず、負性の極だけを取りだし、天皇制という制度を定義するのは、不正確であるような気も・・・

返信2007/09/17 22:58:02

28noharranoharra   マルディエムさんへの緊急カンパのお願い

マルディエムさんへの緊急カンパのお願い

インドネシア民主化支援ネットワーク <office@n...>から、標記のお願いが流れています。

よかったらカンパしてあげてください。

■緊急カンパのお願い■

慰安婦問題は本当にあったことです。謝罪や補償と同じくらい大切なことは、次世代に事実を伝えることです。わたしは、13歳で慰安婦にならされました。家は王宮に仕えていたので、お金に困って売春婦になる必要はありませんでした。日本がわたしたちを強制的に『慰安婦』にした事実は紛れもない事実です。過ち

を繰り返さないためにも、事実を若い人たちに知ってもらいたいのです」(*)

2000年12月、東京で開かれた民衆法廷女性国際戦犯法廷」の記者会見で、マルディエムさんはこう語りました。「歴史の証言者」として、厳しい環境のなか闘ってきた彼女は、約1週間前、脳卒中に倒れました。両足とも麻痺しているマルディエムさんの介護費用のため、支援をお寄せください。

◆支援はこちらへ◆

郵便振替口座 00150-1-554395

口座名 インドネシア人権基金

※必ず「マルディエムさん」とご明記ください


●マルディエムさんの伝記作家エカ・ヒンドラティさんより

マルディエムさんは、約1週間前、ジョグジャカルタのLBH(法律擁護協会)から戻られたあと、倒れられました。両足とも麻痺し、左手は麻痺しましたが、現在は少しずつ動かせるようになりました。ただ、何かをつかむことはできません。すべての行動は、寝っ転がったままです。

マルディエムさんを介護しているのは、息子のマルディヨノさんです。卒中後、マルディエムさんの記憶にも障害が出ているようにみえます。数日前には、マルディヨノさん以外の人を認識できませんでした。話にも混乱がみられ、過去の話、従軍慰安婦時代や小さかったころの話をしています。

マルディエムさんのところに往診に来てくれる医者に診察してもらう必要があると思います。もうひとつ緊急なのは、マルディエムさんの日々の生活に必要なもの、たとえばパン、ミルク、ビスケットといった食料や、マット、枕、毛布といった寝具のための資金です。

マルディエムさんは、従軍慰安婦の闘いが依然として成果をみせないことで、大きな精神的重圧を負っています。そのため卒中に襲われたのです。当面は、500万ルピア(約7万円)あれば、生活必需品をまかなうことができます。集められた資金は、息子のマルディヨノさんに渡します。


●マルディエムさんとは

1929年ジョグジャカルタの王宮に仕える家で生まれる。13歳だった1942年、夢だった歌手になれるとだまされ、カリマンタンのバンジャルマシンで従軍慰安婦として 3年間働かされる。2000年12月、女性国際戦犯法廷に参加。ドキュメンタリー映画『マルディエム 彼女の人生に起きたこと』(海南友子)も制作されている。


海南友子「歴史の証言者として―闘うマルディエム」ニンジャ・ニュースレター

No.38、2001年11月

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インドネシア民主化支援ネットワーク <office@n...>

返信2007/12/23 23:48:35

29noharranoharra   「集団自決強制」削除と伊藤隆一門

集団自決強制」削除と伊藤隆一門

文部科学省は2008年度の高校用日本史教科書の検定で、沖縄戦における軍による住民の「集団自決」強制の史実を改竄した。この黒幕として、教科書調査官村瀬信一氏が挙げられている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/村瀬信一

川内委員 では、この質疑の時間中に調べてくださいよ。で、答えてください。そんなのすぐわかるでしょう。わかんないわけないですよ。全然質問にならないですよ、これでは。(発言する者あり)いやいや、大臣が、教科書検定がイズムに左右されてはならないとおっしゃるわけですよ。それがイズムに左右されているのではないかという問題意識で聞いているんですよ、公正か否かということについて。いいですか。(略)

 新しい歴史教科書をつくる会という会がございますね。文部科学大臣は何の関係もないとおっしゃられたけれども、新しい歴史教科書をつくる会という会が執筆をした歴史教科書がございます。検定に合格していますね。その歴史教科書の執筆者と同じ研究グループに属する方がこの近現代史の教科書調査官であるということはお認めになられますか。

○銭谷政府参考人 大変恐縮でございますが、ちょっとわかりかねます。

川内委員 では、新しい歴史教科書を執筆、監修した伊藤隆さんと教科書調査官である村瀬信一さんは師弟関係ですか。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/017816620070425004.htm

これについて下記ブログではさらに詳細に書いている。

問題はこの教科用図書検定調査審議会は有名無実化し、検定の実務を担う教科書調査官が決定的な役割を果たしていることにある。

検定 審議実態なし/小委、文科省意見を追認 (沖縄タイムス

今回も審議会日本史小委員会は、沖縄戦に関し特に議論することなく、調査官の検定意見原案を素通りさせたことが明らかになっている。しかもこの小委員会自体が2006年10月30日と11月13日の2回しか開かれていない。

官僚主導 黙る「素人」 (沖縄タイムス

審議会が単なる「事後追認機関」と化していることがわかるだろう。要するに史実改竄の主役は教科書調査官なのである。

それでは、この教科書調査官とはいったいどんな人なのか。

この件について共産党の赤嶺政賢衆院議員が、7月3日に提出した質問主意書で調査官の氏名公開を政府に求めた。

沖縄戦の強制集団死(「集団自決」)をめぐる文部科学省の検定意見に関する質問主意書

これに対し、政府は7月10日付の答弁書で、日本史担当の調査官が高橋秀樹、照沼康孝、三谷芳幸、村瀬信一の4氏であることを明らかにした。

衆議院議員赤嶺政賢君提出沖縄戦の強制集団死(「集団自決」)をめぐる文部科学省の検定意見に関する質問に対する答弁書

CiNiiやReaDによれば、このうち、高橋秀樹氏は『中世の家と性』などの著作がある日本中世史の研究者、三谷芳幸氏は「令制官田の構造と展開」などの論文がある日本古代史の研究者である。専攻からしてこの2人はおそらく近・現代史の調査に関係していない。

問題は残る2人である。照沼康孝氏は「宇垣陸相と軍制改革案」「鈴木荘六参謀総長後任を繞って」などの論文がある。また村瀬信一氏は『帝国議会改革論』などの著作がある。いずれも日本近代史研究者である。

この2人のどちらか、あるいは両者が沖縄戦史実改竄の「犯人」とみていい。

ところで、この照沼、村瀬両氏からある人物が浮かび上がってくる。両者とも東京大学大学院人文科学研究科の国史専攻の出身である。彼らの「師匠」が、現在政策研究大学院大学教授の伊藤隆氏である。

多少でも日本近代史をかじったことのある人で、伊藤隆氏の名を知らない人はいないだろう。1971年に東京大学文学部助教授に就任、81年には教授となり、93年に停年退官するまで、20年間も東大国史科の近代史専攻の教員として君臨し、多くの業績をあげ、後進を育てた「大御所」である。特に史料発掘の功績は大きく、政治家官僚・軍人の日記や書簡をいくつも紹介、翻刻した。現在、昭和天皇研究に欠かせない『牧野伸顕日記』や陸軍研究の第1級史料である『上原勇作関係文書』など伊藤氏が中心となって発掘した歴史資料は数えきれない。その門下からは現在第1線で活躍する研究者が何人も輩出しており、「伊藤一門」というべき一大学閥を形成している。照沼、村瀬両氏もその伊藤門下である。

この伊藤氏は、東大史学の伝統である官学アカデミズム流の「実証主義」の系譜をひく研究者である。「実証主義」とは何よりも徹底して史料に基づいて事実を明らかにすることを重視するが、残存する史料はどうしてもエリートに偏り、民衆の史料は残りにくい。しかも政治史偏重になりがちである。

この「実証主義」固有の弱点に加えて、伊藤氏の場合、若い時から猛烈なナショナリストであり、学術概念としての「ファシズム」「大正デモクラシー」を否定し、左右を問わず「革新」を嫌い、「現状維持」を好んできた。

その保守的体質から、自民党タカ派(たとえば中曽根康弘氏)と結びつき、一貫して国家の側からの近代史像を打ちたててきた。

軍事史を得意としながら、日本軍の戦争犯罪の研究をまったく無視し、ついには「実証主義者」であるはずが、実証的研究よりも「国家の都合」を重視する「新しい歴史教科書をつくる会」に参加するまでになった。

新しい歴史教科書をつくる会」と教科書検定の関係については、4月25日の衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、民主党川内博史議員が、教科書調査官の村瀬信一氏が「つくる会」教科書の監修者である伊藤氏と師弟関係にあることを追及している。

166回国会 教育再生に関する特別委員会 平成19年4月25日

しかし、既に述べたように、伊藤門下なのは村瀬氏だけではなく、照沼氏もそうである。ついでに言えば、有名無実化している教科用図書検定調査審議会の委員・臨時委員にも、駿河台大学教授の広瀬順晧氏や九州大学大学院教授有馬学氏といった「伊藤一門」の研究者が顔をそろえている。

ここから想定できるのは、伊藤氏が教科用図書検定審議会委員や教科書調査官の推薦を行っているのではないかという疑惑である。少なくとも文部科学省が伊藤氏に人選の相談をしている可能性は高い。そうでなければ日本史担当の教科書調査官の半数が同一門流出身というのは異常である。

「伊藤一門」のすべてが「つくる会」を支持していたわけではないが、学界における師弟関係は絶対的なものがある。彼らが伊藤氏を批判することなどありえない。要するに「つくる会」があろうとなかろうと、伊藤氏の影響力がある限り、今回のような検定がいつでも起こりうるのである。

周知の通り「つくる会」は血みどろの内部抗争を繰り返し、今年ついに分裂した。

藤氏は既に分裂前の昨年3月に「つくる会」の理事を辞任しており(つくる会の体質を正す会)、現在は八木秀次氏らの「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」に参加している(産経新聞)。これまで「つくる会」の教科書を発行してきた扶桑社は、新組織の方に鞍替えした。今後は「つくる会」とこの新組織が競合し、共倒れになる可能性が強いが、伊藤隆と「伊藤一門」という存在がある限り、教科書検定の歪みは正されることはないだろう。

http://sekakata.exblog.jp/6242975

以上、資料として。

返信2007/10/04 19:23:22

30ni0615ni0615   2  Re:、「よしのり妄想アルテミア」

noharraさん こんにちわ


私は最近、千田夏光さんの「従軍慰安婦・慶子」と、小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言4」を読みました。


前者はノンフィクション小説の形式ですが、当時の慰安婦そして苦界におちた女性たちの悲しみが良く伝わっています。おそらく千田さんが取材した真実のいくつかを再構成したものと思われますので、全体が独りの女性の真実と思うわけには参りませんが。


noharraさんが仰る

1973年刊の千田夏光従軍慰安婦』がこのテーマについての代表作であったこと

はよくわかります。千田さんへの信頼感を得ました。

その反対に、後者はトンデモもいいところです。


ゴーマニズム宣言」のたぐいをめくったのは初めてのことでしたが、漫画による暴力的な表現は、信者を内へ内へと強固に引き込むプロパガンダとして、とても有効なのでしょう。中学生くらいの精神年齢なら虜になる人たちもきっと多いことでしょう。


noharraさんが仰る「海老蔵さんの妄想」の実像が良くつかめないので、同じモノかは定かではありませんが、今もWEBに広範に流布している「妄想」とは、10年以上前からの「よしのり妄想」の凍結乾燥物を水で戻しただけの、いわばアルテミアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%9F%E3%82%A2であることを知りました。

>「詐話師吉田と朝日新聞歪曲報道」に始まるという「歴史」がネット右翼にしか通用しない作られた物であること


で~


「よしのり妄想アルテミア」を水で戻して(OCRして)みようかな、と思っています。

返信2007/10/11 09:14:46

31noharranoharra   『サラエボの花』

サラエボの花』

ボスニア内戦で何が起きたのか。秘密を抱えた母と、真実にむきあう娘。新人ヤスミラ・ジュバニッチ監督がその再生と希望を描いて、ベルリン映画祭でグランプリを受賞した作品。(ボスニア・ヘルツェゴビナ,オーストリア,ドイツ,クロアチア/2006年/95分)』この作品は政府を動かした。戦死者には保障がある。戦死者の家族も保障される。。。。しかし戦争によって「性暴力を受け、傷ついた女性たち」に何の保証もない。このことに気づき動き出す政府こそ『政府』と言える。「従軍慰安婦を隠そうとするのは誰か。。。。」

http://gold.ap.teacup.com/saitamaeiga/21.html

 「従軍慰安婦なんて、どこの戦争にもある普遍的現象にすぎない。」となかった派の諸君は言います。たとえそれが正しかったとしても、戦時性暴力被害者が救済されるべきであるという正論を覆すことはできない。

返信2007/10/24 18:40:26

32noharranoharra   29  Re:「集団自決強制」削除と伊藤隆一門

2/4+2/4

(略) 「集団自決」への日本軍の強制・関与を削除する検定意見で合議した日本史担当の教科書調査官は四人。調査官の意見書を審議する検定審議会の「日本史小委員会」に属する近現代史の審議委員も四人います。

琉球新報10/25 9:40付より「現職調査官『つくる会』元理事と共著 『集団自決』検定審議会

(略) 日本史小委のうち近現代史の委員は4人。うち伊藤氏と関係するのは広瀬順皓駿河台大学教授有馬九州大学教授。調査官は4人中、近現代を担当する村瀬信一、照沼康孝の2氏が関係する。

 1983年に伊藤氏と照沼氏は『陸軍畑俊6日誌』(みすず書房)を共編。90年に広瀬氏と伊藤氏が『牧野伸顕日記』(中央公論社)を共編で出版。93年には村瀬、照沼、有馬の3氏が『近代日本の政治構造』(吉川弘文館)を共同執筆した。

 97—98年の「日本近代史料に関する情報機関についての予備的研究」、1999—2000年の「(同)具体化に関する研究」では伊藤、広瀬、有馬、村瀬の4氏が共同研究した。(後略)

http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-290.html

返信2007/10/25 20:10:35

33noharranoharra   2  宋斗会の別の一面

吉田詐話師史観の人の考える 有名人。

日本国内かぁ…

従軍慰安婦関連だとこの辺りが有名かな?

千田夏光:元毎日新聞記者 故人

吉田清治:日本共産党党員

吉見義明:中央大学教授

青柳敦子:「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を百人委員会」代表

宋斗会:同メンバー

http://www42.atwiki.jp/nor77/pages/41.html

わたしは全然知らなかったのだが、宋斗会さんが青柳敦子さんという方と組になって出てくる。

ちゃんと読んでないが下記にもある。

http://www.jiyuu-shikan.org/goiken/07/04/gmain2.html

http://kamomiya.ddo.jp/%5CSouko%5CC01%5CAoyagi%5CObasan.htm

宋斗会さんという方はもうなくなったが何度も会ったことがある。

ここでとりあげるのは、吉田詐話師史観の人のパースペクティブがいかにゆがんでいるか、の例として。

つまり彼らにとって、宋斗会は憎むべき左翼である。

しかし実際には宋斗会という人は「満州国遺民 ある在日朝鮮人の呟き」という本を書いて、死んでいった人である。

出自は朝鮮人でありながら戦争中、東亜共同体とかそういったもののために活動し、戦後かっての仲間がいかがわしいフィクサーとかに成り上がって(成下がり?)いくのを見ながら清貧の道を貫き、「満州国遺民」という題の本を残して死んでいった。これが右翼でないなら誰が右翼だろう、と言えるほどの方である。

というわけで、吉田詐話師史観の人たちって馬鹿だなあ。

宋斗会についてまとまった文は書いていない。下記だけ。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040228#p1

返信2007/11/27 20:50:42

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返信2007/12/15 08:55:39

35noharranoharra   2  Re:吉田詐話師史観(今後の努力に期待!)

今後の努力に期待!

やはり、「勘違い」はなおっていないようですね。というか、僕の重大な論点をスルーしています(http://d.hatena.ne.jp/london-tower/20071208)。その意味で"typical"なある種の皆様の言説にしかなっていません。その主張とは別に、議論の運び方だけ見ても、残念ですが答案としてみれば及第以下でしょうか。まあ、今後の努力に期待というところでしょうか。

問題は”歴史的事実であるかどうかも怪しいものをなぜ日本政府は認めたか?”と設定されるべきなのです。

僕が強調したのは、「河野談話」は、戦後の日韓交渉史の中での日本と韓国の関係はどのようであったかという歴史的視野で眺める必要があると言う点です。

金大中拉致事件というある意味で戦後の日韓関係を集約する典型的な事件を見てみると、日本政府韓国政府の都合にあわせて「穏便に」ということで数々の嘘をついてきたことが判ります。これは当時の共産党社会党が追及していた通り、まさに嘘だったと思います。簡単に言えば、河野談話もそういう枠組みの中で出された嘘、あるいは嘘とは言わないまでも「玉虫色の解決」と考えられるべきです。(交渉当事者の証言の中にもそういうことを示唆する物が有ります)

ですから河野談話が、ある歴史的事実が「あったか、なかったか」を決める決め手にはなりえないのは自明です。

問題は、今日の観点で言えば、公正な立場で、河野談話の形成のプロセスの検証と、河野声明と実証的に検証された歴史的事実の突合せを行うことです。そういう検証を経ないで、ちょっと戦後の日韓関係を知っている者からすればかなり疑わしい河野談話金科玉条にするのは「プロパガンダの道具として便利」という動機もった人以外に考えられません(実際、アメリカ上院マイク・ホンダ議員などは、そういう目的で「河野談話」を使っています)。

繰り返しますが、河野談話はそれ自体では歴史でもなんでもない訳ですから、それを疑うのは「河野修正主義」ではあっても「歴史修正主義」ではありえません。あとは、自称従軍慰安婦の問題に火をつけて回っている皆様がどれだけ説得的で実証的な検証に耐えられる証拠を提出するかの問題でしょう。現状では僕はそれはなされているとは思えません。

また、吉田証言を「でっちあげだった」とすることで、慰安婦の強制徴集は創作であるとするヨシノリ史観=修正主義は、ネットでいくらでもみかけることができるけど(内容的にはマンガの内容のコピペでしかなく、さんざん歴史研究者に批判されているのにそれにまともに応えず、さらなる同一内容のコピペで上塗り。コピペの量で嘘を糊塗しているとしか見えない)、強制徴集の例はこれまた吉田証言に限らずたくさんある。


これも、無理な「読み込み」ですね。まず、この人はぼかしているけど「当時もてはやされた」吉田証言が虚偽だったか否かです。その点でこの人は「吉田証言は正しかった」という論陣は張れないようです。残念ながら。

もちろん僕は「吉田証言」が唯一の「証拠」などと思っているわけではありません。それ以外にも例えば、猫の目のように変わる自称従軍慰安婦さんの「証言」があることも知らないわけではありません。だからこそ『当時もてはやされた「従軍慰安婦=性奴隷プロパガンダ中の人の定番の「証言」であった吉田清治という人の証言も事実ではないことが判明した』という言う限定をつけた言い方をしています。まあ、そうは言うものの、この証言が虚偽だったのはかなりインパクトは大きいですが。だって嘘がばれるまでは「定番」だったのだから。

ただ、私はこの人(上のURLの人)のpedanticな語り口は結構気に入っています。なかなか面白くていいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/london-tower/20071212/1197417947

返信2007/12/15 08:57:37

36noharranoharra   28  マルディエムさん 亡くなる。

マルディエムさんなくなる。

従軍慰安婦のMardiyem(マルディエム)さんが12月20日夜、ジョグジャカルタの自宅でお亡くなりになりました。79歳でした。マルディエムさんは、インドネシアで元従軍慰安婦として名乗り出た初めての人です。一貫して日本政府からの謝罪を求め、内外のメディアにも積極的に登場し戦い続けた人でした。詳しくは、ドキュメンタリーフィルム「Mardiyem(マルディエム)彼女の人生に起きたこと」に描かれています。

今年1月に機会があってお会いした時は、「体のあちこちが痛いし、食が細くなってしまった」とぼやきながらも、「まだまだ長生きできるような気がするの」とにこやかに語っていました。今年のラマダンの頃(9月半ばから10月半ばにかけて)から持病の高血圧が悪化し、自宅で倒れてからは、病床での生活だったようです。

日本政府からの謝罪の言葉を聞かずに亡くなってしまい、本当に残念でなりません。ご冥福をお祈りいたします。

(写真は2007年1月ジョグジャカルタの自宅中庭で)

http://baliindone.exblog.jp/7114420/

三浦さんのRSSリーダーより。

返信2007/12/23 23:53:14

37 28  このエントリーは削除されました

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返信2007/12/23 23:54:20

38noharranoharra   誇りをもって

誇りをもって

 とかく、戦時中の日本に対して

 日本人は、日本軍は悪逆非道のようなことを言われています。

・・・

   本当に先人はそんな酷いことをしてきたのだろうか?

   私達の中にそんな血が流れているのだろうか?

http://blogs.yahoo.co.jp/rukkotyan/19962814.html

心配には及ばない。日清戦争以後約40年の日中関係には不幸なことが山のようにあった。しかし決してそれだけではない。わたしたちはそのことも知るべきだ。

日本が最初に占領した満州国の状況を見れば、日本から移住した人々が非常にすばやく中国化したことがよく分かるはずだ。そこでは、いわゆる"五族共和"とまではいかないまでも、一種の鷹揚な政治主張も存在しており、元朝のように人を四つに分け隔てることもなく、清朝のように満人と漢人との結婚を禁じるようなこともなかった。

日本が東北部をコントロールしたのはほんの十数年に過ぎないが、日本が敗戦したときには、ほとんどの日本からの満州移民中国語を話すことができ、大陸生活にも馴染み、一部の服装や食習憤を除けばほとんど中国人と変わらない生活をしていたのだった。

一般住民同士の衝突も清朝の初期より遥かに少なく、中日間での結婚も決して珍しくなかった。日本が敗戦したとき、多くの移民が、いっそのこと中国に残ることを選択したことや、大量の孤児が中国の家庭で育てられたことは、やはりこの事情を証明しているのではないだろうか。

(略)

日本人は一般に中国文化に対する理解が深く、これを尊重して止まない。日本軍中国を侵略して、殺人、強姦、略奪など悪の限りを尽くしたが、それでも中国の文化を故意に意味もなく破壊することはなかったし、なかにはかえって保護しようとする者もあったのである。

映画「さらば、わが愛/覇王別姫」のなかで、一人の京劇を熱愛する日本の軍人・青木(モデルとなったのは長谷川という文化担当の将校だとされる)が登場するが、彼の京劇への深い思い入れを疑問視する者はいないだろう。

日本の占領軍は、梅蘭芳、斉白石、周作人などといった文化人を尊重していた。彼らに公職への就任を打診したこともあり、たとえ彼らに拒否されても危害を加えるようなことはしなかった。

そのため被占領区の文学は非常に活気があり、張愛玲などといった優秀な作家も輩出された。被占領区の一人の作家は、抗日ゲリラに参加する青年を主人公にしたストーリーを書いたのだが、.それでも上海で正式な出版が認められているほどなのだ。

秦の始皇帝の行った「焚書坑儒」や清朝の擁正・乾隆帝時代の「文字の獄」、また(われわれの一国共両党政権が行ってきた暗殺を含む作家への迫害、反右派闘争、文化大革命などを考えると、日本の占領区がいかに開明的であったかは明らかだろう。

尊敬や敬慕は同化の第一歩である。日本人は往々にして中国文化への理解が深いと自負している。数多くの映画や文学作品のなかには、多くの日本軍人が中国語を話し、"中国通"を自称している姿が見つかるのだが、これは事実を反映したものである。

文学作品『紅灯記』のなかに出てくる日本の憲兵隊隊長で元医師の鳩山は、専門に中国を学んだこともないのに中国の言語と人情に精通し、機密の暗号を解読するため、まず「宴会を設けて交友」した。

このことからも、一旦、日本が中国を征服すれば、こうした侵略者たちが中国人以上の中国人になることは容易に想像できる。少なくとも、数多の南方中国人よりも中国語の流暢なことは間違いないだろう。

そもそも蒋介石毛沢東といった、詑りのきつい国共両党のリーダーと鳩山のような日本人を並べ、中国語を学んだ西洋人にどちらが中国人かを尋ねたら、おそらく多くの者が間違えたことだろう。

◆『もし、日本が中国に勝っていたら』  趙無眠:著

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4166605585.html

http://blog.livedoor.jp/asyura2007/archives/50848403.html より

返信2008/01/02 00:28:11

39noharranoharra   世界大戦での主な国の犠牲者数

世界大戦での主な国の犠牲者

 第二次世界大戦での主な国の犠牲者

   国  名     兵  員  の     一般市民の

           死  亡   行方不明  死   亡

   アメリカ     407,828      —      —

   イギリス     353,652    90,844    60,595

   フランス     166,195      —    174,620

   ポーランド            (6,000,000)     

   ソ  連            (20,000,000)     

   中  国            (10,000,000)     

   ド イ ツ    2,100,000   2,900,000    500,000

   イタリア     389,000    214,647    179,803

   日  本   約2,300,000           約800,000 (単位 人)

      日本の兵員のうち、朝鮮台湾の兵員犠牲者、約5万人を含む。

                               (ワールドアルマナック等)

http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TR7.HTM

 

【参考】第一次世界大戦での主な国の犠牲者

   国  名     兵 員 (単位 人)

           死  亡  負  傷

   アメリカ    126,000   234,000

   イギリス    908,000  2,090,000

   フランス   1,363,000  4,266,000

   ロシア    1,700,000  4,950,000     

   イタリア    650,000   947,000

   ド イ ツ   1,774,000  4,216,000

   オーストリア    1,200,000  3,620,000

   日  本      300     907

         (アメリカ陸軍省調べなど)

(同上)

日本では第一次世界大戦の悲惨さについてのほとんど実感がないが実際にはヨーロッパでは第二次以上の犠牲があったことが分かる。


世界大戦とは、先進国(列強)の兵士が百万人以上死亡する戦争のことと定義すると

まず間違いなく第三次世界大戦は起こらないだろう。

「主な国」でない国でいくら人が死のうと上記の表では表れてこないのだから。

返信2008/01/03 06:43:30

40noharranoharra   シベリア抑留

訃報 高杉一郎さん

高杉一郎さんがなくなった。シベリア抑留体験を書いた『極光のかげに』は名作である。*1と書いたがいわゆる名作とは違う。何年も抑留されても囚人と似たようなもので悲惨な単色に塗りつぶされた体験しか持てないのではないかと思っていたが、高杉は違う。多様なロシア人と会話しいろいろな体験をしている。断片的随筆だがとても豊かな人間を感じる。日本人のソ連、ソ同盟体験、左翼体験をふりかえる上でも貴重な本。

『トムは真夜中の庭で』の訳者だったとは知らなかった。

高杉さんというひとはすごいインテリで、マルクス主義を良く知っているだけでなく、ロシア語も(日本で勉強していたのか)じきうまくなる。しかし全体主義国家ではそのどちらもが、「こいつはあやしい(スパイとしての勉強をしてきたのではないか)」ということになる。実際、ロシア語のできる日本人はその系統の人が多かったのも事実だろうが。*2

「なににもとづいて、君はこれを書いたか?」

パナマレンコ*3から尋ねられたとき、私は専らプレハーノフの『マルクス主義の根本問題』、レーニンの『マルクス主義の三つの源泉と構成』などを挙げ、青年時代に私たちの眼を大きく開いたブハーリンの『史的唯物論』についてはおくびにも出さないだけの周到さはあった。p32

プレハーノフもブハーリンも全然知らないが名前だけは良く見たことはある。いまの人は初めて見るのでは?


さて、高杉一郎ググると最初に、次のページが出た。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/siberia2.htm

『異国の丘』とソ連日本共産党(2)

シベリア抑留問題から見た「逆説の戦後日本共産党史」 1945〜1955「六全協」

宮地健一さんという方の日本共産党批判のページだ。

ここでは高杉は次のように紹介されている。

 高杉一郎は、1944年、改造社編集部のとき、応召され、ハルピンで敗戦を迎え、4年間のシベリア抑留後、1949年帰国しました。抑留中、ラーゲリ将校ににらまれ、無実の罪で、『反動』を入れる「懲罰大隊」に隔離されました。ソ連共産党による「日本共産党支援活動」「ナホトカ人民裁判のリンチ」「スターリンへの感謝決議運動」を体験するとともに、様々なロシア人たちとの交流をしました。この著書は、それらを公平率直に描いています。好評で、版を重ねていたところ、出版社が倒産したので、1991年、岩波文庫から再出版され、1995年までに5刷を重ねました。「シベリア抑留・収容所文学」として、説得力のある作品です。『極寒、飢え、強制労働』と『民主運動の嵐』というシベリア抑留の2大体験から、その根底に、当然ながら、スターリン批判、ソ連共産党批判が一貫して流れています。ただ、抑制されたタッチで描かれているので、剥き出しの「スターリン批判」文言はありません。

 彼は、静岡大学教授、和光大学教授を経て、多くの著書・翻訳書を出しています。シベリア抑留関係については、その後、『スターリン体験』(岩波書店、1990年)、『征きて還りし兵の記憶』(岩波書店、1996年)、他1冊の計4冊を出版しました。宮本顕治発言問題は、この抑留記『極光のかげに』内容をめぐって発生しました。

1950年12月末、高杉は宮本百合子の友人だったので彼女の家を訪問し、シベリアの話をしていた。

宮本百合子が私のシベリアの話を聞きおわったころ、彼女の部屋の壁の向う側が階段になっているらしく、階段を降りてくる足音が聞こえた。その足音が廊下へ降りて、私たちの話しあっている部屋のまえまで来たと思うと、引き戸がいきおいよく開けられた。坐ったままの位置で、私はうしろをふり向いた。戸口いっぱいに立っていたのは、宮本顕治だろうと思われた。雑誌『改造』の懸賞論文で一等に当選した「敗北の文学」の筆者として私が知っている、そして宮本百合子が暗い独房に閉じこめられている夫の目にあかるく映るようにと、若い頃のはなやかな色彩のきものを着て巣鴨拘置所へ面会にいったと話していた、そのひとだろうと思った。宮本百合子が、坐ったままの場所から私を紹介した。雑誌『文藝』の編集者だった、そしてこのあいだ贈られてきた「極光のかげに」の著者としての私を』。

 『すると、その戸口に立ったままのひとは、いきなり「あの本は偉大な政治家スターリンをけがすものだ」と言い、間をおいて「こんどだけは見のがしてやるが」とつけ加えた。

『それを読んだあるコミュニストは私にむかって「偉大な政治家であるスターリンをけがして、けしからん。こんどだけは見のがしてやるが」と、まるでオリュムポス山上に宮居する主神ゼウスのように高圧的な態度で言ったし、新日本文学会の系列下にあった「東海作家」という文学団体は私をコーラス・グループの練習場であるバラックに呼びだして集団的なつるしあげを加えた。彼らの罵声を浴びながら、私はストロングの言う「スターリン時代」とスターリニズムのひろがりは、日本の世論までもこんなにしっかりとカヴァーしているのかと驚いた』(P.8)。

1951年1月21日、彼女は急死しました。

メモ 武装闘争期の日本共産党など

宮本は高杉にはスターリニストとして恫喝したわけですが。丁度この頃日本共産党(と東アジア)は大変な時期でした。メモとして抜き書きしておきます。

 1950年「6・6追放」の翌日、6月7日徳田・野坂は、宮本ら7人の中央委員を排除して、「臨時中央委員会(臨中)」を作り、非公然体制に移行しました。これは、徳田・野坂らの完全な誤りです。6月25日、北朝鮮軍の武力南進戦争が勃発しました。日本共産党の組織的分裂が確定したのは、(1)8月31日の宮本らによる「全国統一委員会」結成と、(2)9月の徳田・野坂らによる「北京機関」結成によるものです。もちろん、「臨中」の6月7日を党組織分裂のスタート期日としてもかまいません。

 1951年2月23日〜27日、徳田・野坂らは、「第四回全国協議会(四全協)」を招集し、(1)、「劉少奇テーゼ」にもとづく「軍事方針」を決定するとともに、(2)、宮本らを「分派」と規定した「分派主義者にかんする決議」を採択しました。4月から5月、スターリン中国共産党代表が参加して、徳田・野坂らとモスクワで数回の会議を開き、1)軍事闘争綱領として、スターリン中国作成の『51年綱領』をおしつけました。そして、日本における武装闘争の具体的戦術を指令しました。さらに、2)、スターリンは、宮本らを「分派」と断定しました。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/siberia2.htm

 よって、この武装闘争は、スターリン毛沢東盲従下の日本共産党が、『革命近し、または革命戦争』として、全力をあげて取り組んだ「東アジア戦争作戦の分担行動」であって、日本共産党だけが突出した「極左冒険主義」的行為などではありません。ただ、この社会主義3カ国と資本主義共産党1つが企んだ「侵略戦争」は、大誤算に終わりました。日本国内における「戦争」も大失敗で、日本共産党は、国民から完全に浮き上がるとともに、作戦行動に直接参加した「党員兵士」は惨憺たる結末を迎えました。

(1)、“「五全協」で統一を回復”した日本共産党が分担した「朝鮮侵略戦争加担の戦争行為」期間は、1951年10月16日「五全協」軍事方針の実践開始から、1953年7月27日「朝鮮戦争停戦協定」成立までの1年9カ月間である。

宮本顕治は、1951年10月初旬に党に復帰はしていたが、『所属党組織もなく』、隔離報復を受けて、宮本百合子全集の「解説」を執筆していた。だからこの時期の指導責任はない。「しかし、“分裂を解消した”日本共産党の一員としての責任があり、『武装闘争は分裂した一方がやったことであり、(現在の)党にはなんの責任もない』というのは、宮本式大ウソ・詭弁である。」と宮地健一さんは述べる。

デリケートな問題なのに、宮地さんの見解だけを鵜呑みにしてよいのかとも言えるが、抱いたそうじゃないのかなとわたしは思っている。批判があれば教えてください。

高杉一郎さん死去

シベリア抑留記の作家・翻訳家高杉一郎さん死去

2008年01月10日06時15分

 戦後記録文学を代表する作品で、ベストセラーにもなったシベリア抑留記「極光のかげに」などで知られる作家・翻訳家高杉一郎(たかすぎ・いちろう、本名小川五郎=おがわ・ごろう)さんが9日午後、急性心不全のため死去した。99歳だった。告別式は26日午後1時から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で。喪主は長女田中泰子さん。自宅は東京都渋谷区神宮前2の30の25の503。

 静岡県生まれ。東京文理大卒。編集者として改造社に勤務、同社解散後の44年に召集され、戦後4年間、シベリア捕虜収容所で抑留生活を送った。

 帰国後の50年に「極光のかげに」を発表。スターリン体制の冷酷さとロシア民衆のたくましさ、日本人抑留者の表情を詩情あふれる筆致でリアルに描き、ベストセラーになった。また学生時代からエスペラントを学び、大正期に滞日したロシアの盲目のエスペラント詩人エロシェンコの全集(全3巻)を編訳、高く評価された。

 著書はほかに「スターリン体験」「シベリアに眠る日本人」など。翻訳ではスメドレー「中国の歌ごえ」、児童文学の傑作といわれるピアス「トムは真夜中の庭で」など。静岡大和光大の教授を歴任した。

http://www.asahi.com/obituaries/update/0110/TKY200801090343.html

*1:ISBN4-00-331831-5 岩波文庫品切

*2詩人石原吉郎もそうだが

*3ロシア将校

返信2008/01/12 23:28:15

41noharranoharra   <朴裕河現象>について

朴裕河現象>について

http://watashinim.exblog.jp/7259707/ より

女性史研究者鈴木裕子氏の文章より。

佐藤優氏があちこちのメディア媒体に登場するようになってからも、わたくしは佐藤氏の書いたものに特別な関心を持っていなかった。ところが、昨2007年 7月末に米国下院で決議された、いわゆる「慰安婦」問題解決促進決議をめぐっての、『週刊 金曜日』誌上に載った佐藤氏の文章を読んで、ああ、やはり「国権主義者」だったのだなということを確認させられた次第であった。

最近、とみに気になっていることは、言論界全体の論調に「国益」が浸透してきているらしいことである。先の「慰安婦」決議のときも痛感したが、それまで「リベラル」であることを誇っていた言論機関・言論人の、「人権」よりも「国益」の観点を優位におく傾向が顕著になってきたように思える。私見では「歴史認識」をめぐる問題の対応がその見本である。

(略)

さて、<佐藤優現象>と同質なものとして、わたくしは最近<朴裕河現象>なるものがあると思う。朴裕河氏の著作『和解のために』が2007年度の「大仏次郎論壇賞」(朝日新聞社)を受賞してにわかにもてはやされている。が、そこに至るまでに日本側関係者によって周到な準備がなされてきたものと思われてならない。佐藤氏同様、率直にいって朴氏の著作のレベルはどう見ても高くない。リベラルないし進歩派さらにはフェミニストを自称している一部知識人や大手言論機関が激賞している、その背後に何らかの意図や企みが働いているのではないかとわたくしには思われてならない。


下のリンク先で、鈴木氏の最近の文章を読むことができる。

「国民基金」(女性のためのアジア平和国民基金)とは何であったのか(上)

http://wind.ap.teacup.com/people/2021.html

「国民基金」(女性のためのアジア平和国民基金)とは何であったのか(下)

http://wind.ap.teacup.com/applet/people/2025

上記、まだ読んでいない。

朴裕河現象について考察する」より先に私たちは、リムジンガンと全身で連帯すべきではないか!

http://asiapress.org/rimjingang/

とあえて書いておこう。

返信2008/02/15 07:33:50

42noharranoharra   日本史の基礎知識??

日本史の基礎知識??

陸軍三長官(参謀総長,陸軍大臣,教育総監)を全て経験した数少ない軍人である杉山元大将は、事有る毎に、天皇陛下に怒られて、とうとう、「グズ元」と陰で言われるようになりました。

特攻隊の部下達を見捨てて、芸者連れて、敵前逃亡した富永恭次中将は、予備役に回されただけで済みました。

インパールで、数万の犠牲者(味方)を出し、「鬼畜の牟田口」と恐れられた(ただし味方から)牟田口廉也中将は、閑職に回されただけで済みました。

その牟田口中将の無茶苦茶な命令に逆らった佐藤幸徳中将は、精神病患者扱いされました。

事有る毎に、万単位の死者(これまた味方)を出した辻政信参謀は、最後まで順調に出世しました。

どう考えても、脳病患者の長勇参謀も、これまた、最後まで順調に出世しました。

中国戦線に行かれた三笠宮殿下は、現地の軍人達の軍紀のグダグダぶりを見て、御怒りになられました。

みなさんも、素晴らしい日本の歴史に、誇りを持ちましょう。

http://slashdot.jp/~Takahiro_Chou/journal/430876

返信2008/02/20 12:51:57

43: このエントリーは削除されました

このエントリーは削除されました

返信2008/02/23 19:30:24

44noharranoharra   敵を抱きとめた母性 −− 知覧の戦後慰安婦

敵を抱きとめた母性 −− 知覧の戦後慰安婦

毎日新聞で、福岡賢正氏(ほか)が連載している「平和をたずねて」は、はっきりものを言わないマスコミには珍しい力強い記事であり、注目に値します。

下記に目次があります。いまのところ全文読めます。

http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/

知覧には、戦中も戦後も慰安所があった。それについての記事が下記。

平和をたずねて:敵を抱きとめた母性/1 米兵と笑う特攻の母

http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/news/20070815ddp012040004000c.html

平和をたずねて:敵を抱きとめた母性/2 「国体護持」へ国策売春

http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/news/20070822ddp012040013000c.html

平和をたずねて:敵を抱きとめた母性/3 この子に何の罪もない

http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/news/20070829ddp012040014000c.html

平和をたずねて:敵を抱きとめた母性/4 バカ息子であるものか

http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/news/20070905ddp012040014000c.html

平和をたずねて:敵を抱きとめた母性/5止 だから、戦争を憎むんよ

http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/news/20070912ddp012040012000c.html

(2)から、「米軍は要求したのか?」問題。

 特攻の母、鳥濱トメさんの孫、明久さん(46)に借りたビデオテープに、気になる部分があった。敗戦後、鹿児島県知覧町進駐軍と折衝した元知覧警察署長(故人)が、こう語っていたのだ。町にあった2軒の遊郭を米兵の遊ぶ場に提供し、一時間いくら、一晩いくらと決めるよう米側から命令された、と。調べると「鹿児島県警察史」も次のように記していた。

 《警察を悩ませたのは、進駐軍側からの慰安婦の要求であった。進駐軍の命令は絶対であり、要求をうけた警察署長や幹部は、管内の貸席業者や接客婦等に説得や勧誘をしなければならなかった》

 これが事実なら、米国には従軍慰安婦問題を非難する資格などないことになる。本当だろうか。

 実は玉音放送3日後の8月18日、警察を束ねる内務省警保局長から、進駐軍用に慰安施設を整備するよう全国に無電が発せられている。9月4日には内務省保安課長も「米兵ノ不法行為対策資料」と題する通達でこう指示していた。

 《進駐決定セル時ハ、附近適当ナル場所ニ慰安所ヲ急設スルコト。慰安所ハ表面連合軍司令部トシテハ公認セザル所ナル如キモ、自衛方法トシテ斯種施設ハ絶対必要ナリ》


慰安婦問題で「母性」と言う言葉を使うことは、フェミニズム的にはNGという常識がある。

それはもっともな意見なのだが。

わたしたちが、知覧から学ぶことができるのは、被害者/加害者図式は歴史を越えて不変であるわけではないということである。 戦争中の加害者であった日本人は8月15日で一転してむしろ被害者となる。実際の被害者は、娼婦という最大限の蔑称を投げつけられるところの女性たちであったわけだが。(8月15日を越えて同一である場合もあった。)

 軍服に身を包んだ青年たちは、残っていた特攻機を破壊し、基地を接収しにやってきた米兵。そして写真の右下隅で大柄な米兵に寄り添うように座ってほほ笑む女性は、死を前にした特攻隊員らを親身に世話し、母親のように慕われた鳥濱トメさん、その人なのだ。

(略)

 「米兵の宿舎は道向かいの内村旅館。この食堂も米軍に開放してくれと署長に言われ、トメは最初断ったそうです。でも、酔っぱらうと拳銃をぶっ放すような暴れん坊の米兵も、ポケットにお母さんの写真を忍ばせていた。ああ特攻隊員たちもそうだったと。国は違えど、若者たちに何の変わりもないじゃないかとトメは思ったんですね。彼らを戦地に向かわせた偉い人たちを恨むべきで、若者たちを恨むべきではないと」(1)

特攻の母、鳥濱トメさんというのはわたしは良く知らないが右翼アイドル的存在のようだ。しかし実際には彼女はイデオロギー愛国者であったわけではない。むしろ国籍を越えた母性の人だった。

戦後というものは何よりも〈パンパンの時代〉であったわけだが、パンパンは当然にも速やかに忘却されようとした。

今も続いている戦後において、米兵たちをもてなし/愛し/レイプされたたくさんの女たち。彼女たちは100%被害者であったわけではなく、なけなしの力で交渉する主体でもあった。彼女たちの利害やあこがれと同時に「母性」も彼女たちにおいて否定されてはならないだろう。

返信2008/02/23 19:31:04

45noharranoharra   ただの馬鹿が 

吉川春子

■mumurブルログ:従軍慰安婦救済法案を推進する吉川春子事務所に電話しました

http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50445556.html

21 users

2ちゃんねるハングル板で、従軍慰安婦関連法案を推進している吉川春子事務所に電話突撃された方がいらっしゃいました。 それを読んで、mumurも突撃してみました。 まずは、最初の方の突撃をお読みください。

返信2008/04/05 00:17:58

46noharranoharra   自衛隊基地内にゴルフ場

産経新聞の大スクープー自衛隊基地内にゴルフ場

 産経新聞の大スクープー自衛隊基地内にゴルフ場

 連休で皆が休んでいる時だから騒がれないのかも知れないが、4月29日の産経新聞は一面トップで、この記事を載せた。他紙にはまったく見られない大スクープである。

 全国の自衛隊基地や駐屯地の敷地内で、計11箇所のゴルフ施設があり、隊員や関係者が無料か格安料金で使っているというのだ。

 在日米軍基地内にゴルフ場があり、それを日本政府が財政援助したり、自衛隊員が使用している事の適否については、これまでにも指摘されてきた。

 しかし、自衛隊基地の中に、自分たちだけのゴルフ施設をもって使っていたとは、さすがの私も知らなかった。しかもそれらが、米軍基地内で米軍が使っていたものが国に返還されたものであるという。それを自衛隊が使っているのだ。

 産経新聞の記事を読むと、いくつかの興味ある点にきづく。

 まずこの事実が明らかになった経緯である。産経新聞によればこの事実が明らかになったのは、3月に民主党議員が衆院に提出した「在日米軍基地内ゴルフ場施設の利用に関する質問趣意書」で、在日米軍基地内のゴルフ場の実態を問い合わせた事がきっかけだったという。

 つまりひょうたんから駒がでたということだ。偶然に明るみになったわけであり、それほど国民に隠されていたということだ。

 二つ目に、この民主党議員は、なぜこのような貴重な情報を入手した時点で、記者会見などを通して国民に公表しなかったのかという点である。大きな得点になったはずであるというのに。それがなぜ産経新聞のスクープという形で明るみになったのかという疑問である。

 三番目に、防衛庁の対応である。そもそもこのような事実は防衛省にとっては周知の事であったはずなのに、わざわざ防衛省の内部調査で明らかになったとされている事である。しかも防衛省幹部の中には、空き地の有効利用であって、隊員の福利厚生という面もあると弁明している者もいるということである。

 いずれにしても防衛大臣は連休明けの国会でこの事実の真偽について国民の前に説明する必要に迫られるであろう。他のメディアも追求することであろう。

 産経新聞の貴重なスクープである。

http://www.amakiblog.com/archives/2008/04/29/#000849


 今日の大ニュースは砂川事件最高裁判決前の米国の介入だが、別の小さなニュースがあったのでコピペさせていただきます。天木さんのところから。

返信2008/04/30 08:00:26

47noharranoharra   靖国の御神体?

靖国神社の神剣は何番目のレプリカ?

 しかし、剣といってもこれが、三種の神器の一だという。靖国神社の御神体は、そのうちの二つ、神剣と神鏡だという。しかしまさか本物ではなくてレプリカである。しかし坪内の文章を読んでいると、三種の神器の本物のうち二つが靖国神社にあるかのように読めて、どうもおかしい。といっても本物の天叢雲剣は壇ノ浦に沈んでいるわけだが。

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20080511

三種の神器についてウィキペディアでは以下のとおり。

伊勢神宮の神体として祀られている八咫鏡は古来のものが現存しているといわれる。

熱田神宮に祀られている天叢雲剣は古来のものが現存しているとされるが、・・・

勾玉は、源平の壇ノ浦の戦いにおいて、二位の尼が安徳天皇を抱き勾玉の箱を奉じて入水したが、その際に箱ごと浮かび上がり、入水を目撃し急ぎ漕ぎ寄せた源氏方によって回収された。この勾玉は古代のものがいまも皇居に現存しているとされる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A8%AE%E3%81%AE%E7%A5%9E%E5%99%A8#.E5.85.AB.E5.92.AB.E9.8F.A1.EF.BC.88.E3.82.84.E3.81.9F.E3.81.AE.E3.81.8B.E3.81.8C.E3.81.BF.EF.BC.89

参考:http://blogs.dion.ne.jp/tacthit/archives/7054906.html

そもそも実際の儀式に使われるのは三種の神器の形代(レプリカ)であり、実物については天皇自身でさえ実見を許されていないという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A8%AE%E3%81%AE%E7%A5%9E%E5%99%A8#.E5.85.AB.E5.92.AB.E9.8F.A1.EF.BC.88.E3.82.84.E3.81.9F.E3.81.AE.E3.81.8B.E3.81.8C.E3.81.BF.EF.BC.89

 三種の神器はレプリカであっても大変な価値がある。しかしそれは本物のレプリカの場合。

 靖国の神器はただの模造品か?

靖国刀とは?

 値段が5000円もしたので買えなかったんですが、どういうものなのか?ということは大体、わかりました。

 粗悪な軍刀とかが作られて日本刀の伝統的製作法が失われていくことを憂いた刀剣界の中から、政財界や教育界からも人が集まって中央刀剣会が組織され、昭和8年に「財団法人日本刀鍛練会」を立ちあげて、九段遊就館(つまり、靖国神社の中)にて独自にタタラ(山砂鉄から日本刀の材料となる玉鋼を精錬する直接製鉄法で、近代的製鉄法では不可能な極めて純度の高い鋼を得られる)を設置して伝統作刀法による日本刀を多くの刀匠を集めて作らせたそうです。昭和8年から20年くらいまで靖国神社内で日本刀が作られていたように書かれていました。

http://yusin6.blog77.fc2.com/blog-entry-374.html

安すぎる日本刀

 数年前に渋谷の刀剣店で軍刀仕立ての備前長舩祐定(びぜんおさふねすけさだ)を見せてもらったんですが、その値段が、たったの13万円・・・。普通だったら、50万以上はするでしょう。

 何で、こんなに安いと思いますか?

 その刀は、もの打ちが大きく欠け、刀身全体に刃毀れが無数にあったからです。

 これがどういう意味か解りますか? 軍刀仕立てになっているということは、この刀は“戦争中に損傷した”ということになりますよね? でも、実際の現代戦闘で刀で斬り合うということがあるでしょうか?

 しかも、この刀の刃毀れは、刀と斬り合ってできた刃毀れではない。刀と斬り合ったら、クサビが食い込んだみたいになる。この刀の刃毀れは、明らかに、骨か何かを力任せに斬ろうとして刃が毀れたものに見えます。傷んだ刺し身包丁みたいに・・・。

 考えられるのは、「無抵抗の人間を試し斬りしようとして腕が未熟で刃毀れした」という状況です・・・。

 結局、格安でしたが買いませんでした。多少の刃毀れはヤスリと砥石で直してしまう私も、この刀から発散される“まがまがしい怨念”を清める自信はありませんでした。(同上)

返信2008/05/11 15:13:18

48noharranoharra   「オメガのHP」

似非右翼を論破したい人たちのための資料!

を提供されています。

http://www.geocities.jp/forever_omegatribe/

オメガのHP」

内容は、

従軍慰安婦

満州国関連資料

韓国植民地支配

大正デモクラシー

特攻隊

沖縄戦

昭和天皇戦争責任

旅順虐殺事件資料集

リンクのお部屋 (以上)

返信2008/06/11 21:53:28

49ni0615ni0615   47  Re:靖国の御神体?

noharra さん

ごぶさたです


靖国の御神体は、

靖国神社誌』等によれば、明治2年に天皇の御番鍛冶である栗原筑前守信秀にうたせた神剣と、江戸城内招魂祭に用いた神鏡ということのようです。


靖国神社宮司湯澤卓は、英霊は霊璽簿から御神体である刀にうつして神になる、と招魂祭の式次第を説明しています。(「正論」2005.8)


現在の靖国神社当局はそれをうやむやにしたいようです。「国体明徴」ならぬ「神体不明徴」です(笑)。


坪内祐三は労作「靖国」を著わしましたが、靖国神社外苑のことは詳しいのですが、内陣のことには全く興味を示していません。まえがきで「消えた招魂斎庭」をキャッチとしていますが、本論では1ミリたりともそれを追求していません。現在の靖国神社当局の意を汲んだのかもしれません。


今度の「文芸春秋」論考も酷いものです。前記「正論」を読んでいないで「御神体」に言及する可笑しな「靖国神社評論家」であることを露呈してしまいました。また、「靖国評論家」として遇される自己満足と、「宗教としての靖国神社」無知という自己嫌悪とに、見解を求められるたびに引き裂かれるイライラが、「文芸春秋」論考の文章に見事に表出されています。


坪内が天叢雲剣を持ち出したのは、小ざかしい靖国広報部の要請なのでしょうが、あまりにも稚拙であることが世間に知れたらどうなるのでしょうか? 文芸春秋もメンツ丸つぶれでしょう。


ただし、「靖国神社」というものもその成立からしてご都合主義の産物ですから、「御神体」が宮司交代そのつど変わることぐらい、くよくよしないのかもしれません。(神田明神なんか明治天皇の命で、祭神を追放して入れ替えたぐらいですから、A級分祀など、なんとでもなるのですよ)


ここに資料を置きましたが、

靖国の言い分、英霊たちの声』

http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1292.html


これから読むと諸事情、諸思惑がわかりやすいかもしれません。

『雑誌「正論」編集部への意見具申』

http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1300.html


noharra さんの追求に期待してます。

返信2008/06/17 10:35:21

50noharranoharra   49  Re:Re:靖国の御神体?

ni0615さん ごぶさたです。

靖国の御神体は、

靖国神社誌』等によれば、明治2年に天皇の御番鍛冶である栗原筑前守信秀にうたせた神剣と、江戸城内招魂祭に用いた神鏡ということのようです。

そうなんですか。

それなのに、それを隠そう隠そうとしているみたいで混乱している、わけですか。

  つまり、「246万6000余の軍人の魂が移された1振りの刀が靖国神社の御神体である」とあったからだ。

  日本刀靖国神社の御神体だって!

http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1293.html

坪内は「1振りの刀」を自分で「日本刀」に言い替えてからけちをつけているわけで、下手なトリックというしかありませんね。

「刀ではなく剣である。」刀と剣はどう違うものなのでしょうか?

  明治44年に出た『靖國神社誌』(これは平成14年に復刻版が出たからけっして稀覯本ではない)によれば、「御霊代は神剣及神鏡にましまして、神剣は明治2年6月栗原筑前の鍛造し奉る所」とある。

  熱田神宮の例を持ち出すまでもなく、剣は、日本古来の「三種の神器」の1つである。つまりこの剣とは、須佐之男命がヤマタノオロチを倒した時そのヤマタノオロチのしっぽから出てきた天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)のことで、日本刀とは(ましてや靖国刀とは)全然関係ないのだ。

  日本史神道にあまり詳しくない人間でも、「三種の神器」の意味するところは常識だと思っていた。

http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1293.html

 どうもこの坪内氏の文章はひどいね。論理的に混乱した文章をわざと書いて読者をごまかそうとしている。

「剣は、日本古来の「三種の神器」の1つである。」この文章は論理的に間違い。

「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)は日本古来の「三種の神器」の1つである。」が正しい。

「剣は、日本古来の「三種の神器」の1つである。」ではすべての剣が「三種の神器」になってしまい、「三種の神器」の冒涜になる。

明治2年6月栗原筑前が鍛造した剣が「天叢雲剣」であるのか、そう名付けられているのか、が問題ですが、そういう事実はないようですね。

 しかし、剣といってもこれが、三種の神器の一だという。

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20080511

 で猫猫先生はこう読んだわけで「どうもおかしい」たしかにおかしいとしか言いようがない。


で野原はこう書いた。「靖国の神器はただの模造品か?」

靖国の神体は、「天叢雲剣」と関係ないのに、むりやり「天叢雲剣」といった言葉を出してくるので「模造品か?」などという誤解を生むことになる。


靖国にまつわる二種類の剣〜刀、御神剣と靖国刀。はっきりさせるためには両方を展示してこんなに違いますよとアピールすればよい。

御神剣と靖国刀に近さを感じ表現することを糾弾する。しかしそのためには御神剣と靖国刀に近さはないことを公表しないといけない。前者をあくまで隠しながら、それはできない。

そしてまた、靖国刀についてはどうなんだろう。

靖国刀の価値を再評価したのはトム・岸田という人に次いで、映画『靖国 YASUKUNI』である。

http://www.amazon.co.jp/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E5%88%80%E2%80%95%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E3%81%A8%E7%BE%8E%E3%81%AE%E6%A5%B5%E8%87%B4-%E3%83%88%E3%83%A0%E5%B2%B8%E7%94%B0/dp/4639018282

自前の博物館を持つ遊就館は「靖国刀」の歴史についてはどのように語っているのでしょうか? 仮りに隠蔽していたのだとすると、刀の価値を隠蔽しようとする戦後平和主義イデオロギーへの屈服ですね。

散漫な文章でごめんなさい。


靖国の言い分、英霊たちの声』

http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1292.html

ありがとうございました。

靖国神社にとって刀とは何か? 追求の仕方によっては相手がどんどんボロを出してくれるかもしれないですね!

返信2008/06/24 07:58:18

51ni0615ni0615   50  Re:Re:Re:靖国の御神体?

 どうもこの坪内氏の文章はひどいね。論理的に混乱した文章をわざと書いて読者をごまかそうとしている。

プロの文章家にはそういうテクニックまで要求されるのですね。勉強になります。


いずれにしてもnoharraさんに考究していただいてヤッパリ正解でしたね。

気分がスッキリ! してきました。


ところで、坪内さんが放置プレイした「招魂斎庭」ですが、聞くところによると、遊就館に「招魂斎庭=御羽車」再現ブースがあるとやら。それを見てから、またブツクサ言ってみたいと思っています。

返信2008/06/27 22:14:00

52noharranoharra   軍人恩給と「ロビーストに数億円」

軍人恩給は不公平だ、という主張はなぜ抑圧されたか?

「日本という国がわかりません」について、というタイトルの

ブログ蟷螂余話さんのページを、長めに引用したい。

http://blog.livedoor.jp/kamakiriikeda/archives/65133251.html

 犯した罪を潔く謝ってきっちり償えばよいものを、卑屈なことばかりにカネを

使う、その使い方が下手というより狂っています。軍人恩給や靖国英霊に50

兆円もの大金を費やし、戦後の補償は内外の犠牲者に僅か1兆円余りと実に偏っ

た配分です。

 前の大戦でいったい幾らの戦費を使ったか? このことで長妻 昭議員に調べ

てもらった数字によれば、シナ事変がはじまった昭和12年から敗戦の年までの

8年間に、陸軍1115億円、海軍656億円、その他軍需省164億円で、総

計1935億円。今の金額にして213兆円だそうです。 (荒井和夫官房審議

官答弁)

 それに国民の寄付、献金、また物品の供出や勤労奉仕などに加え、アヘン密売

や敵産徴発などの機密費を加えると卒倒しそうな巨額です。にも拘らず戦後の乱

費は私にも“日本という国が判りません。”

 軍人恩給はマッカーサーがいの一番に“戦病傷者や困窮遺族などの救済なれば

ともかく、戦争責任の重い軍人にボーナスなど以ての外だ”と廃止したのです

が、彼が帰るや否や待ってました とばかりに(昭和53年)復活したのです。

 我が国の戦後政策の主眼は 何をさて置き天皇制の「国体護持」で、そのため

の家臣への手厚い行賞です。丁度いまの正社員に当たる正一位から八位までの直

臣優先で、位階勲等のない派遣社員ワーキングプア足軽雑兵や百姓町民は大

半が切り捨てです。勿論領外の異国人もこの御威光は行き届きません。

 もし軍人や英霊顕彰が名誉だけであり、50兆円が無しであったなら、この

国はどのような姿であったでしょうか? “もし”は禁句だそうですが、もう少

し好ましい日本であったように思います。日本は敗戦時の願望のとおり国民のた

めではなく、天皇制という「国体護持」のため、それに集中してカネを使い、一

応の目的を達したのです。

 空襲疎開などの一般戦争被害者を放置したままの軍人、英霊への優遇は、そ

の効果として国民の「戦争責任」への激しい追及を封じ込みました。受給者の多

くが口を封じられて沈黙し、そのため生じた暗部にウヨク的なナショナリズム

はびこったからです。

 反面出てきた諸矛盾を防衛するため、莫大なヤミ金を投じてもみ消すという不

誠実もこの国の特徴です。「慰安婦問題」を封じ込むため、アメリカ下院に対し

て毎月700万円のロビー活動をしたことは周知の事実です。

 6年7ヶ月に渉る在米の日本大使加藤良三氏はその在籍中の苦労話として“慰

安婦よりもっと深刻で困難だった”と述懐した「元米兵捕虜補償要求裁判」で

は、ロビーストに数億円を投じて被告擁護を講じたと言われます。

 アメリカ国務省は天使ではありません。このとき田中真紀子外相パウエル

官から受けた借りが、後日の自衛隊イラク派遣というかたちの清算だったと、私

は思っています。

 軍人恩給は、高級将校に手厚く貧しい兵士にはわずかという、戦争中の給与体系をそのまま踏襲したもので、戦後の福祉政策としては明らかに不公平なものです。

 天皇制というものが天皇の名の元に支配層が責任を取らない制度であるとすると、戦後もその体制は延命したと。

左翼はどちらかいうとイデオロギー批判に熱心で、こういった金の話には弱い、という感じがする。

返信2008/08/30 11:55:38

53noharranoharra   52  旧日本軍の位階制廃止運動

山崎豊子『不毛地帯』について

 要は、シベリア抑留者のあいだに起こった旧日本軍の位階制を廃止しようとする民主化運動がどう描かれるかに1973年当時の左右両翼の関心が向けられていたということであり、それこそ盗作疑惑が煽られた最大の理由だったという。

 今日8/31の毎日新聞書評欄で三浦雅士栗原裕一郎というひとの 〈盗作〉の文学史 ISBN:9784788511095 という本を書票していた。その一部だけメモしておきます。

http://www.shin-yo-sha.co.jp/pdf/kurihara_0806.pdf

上に詳細な目次があります。

第3章 オリジナルという”データ”

3 すべての文章はデータでしかない

・・・山崎第二の事件『不毛地帯』 暗躍する情報提供者 シベリア民主運動と瀬島龍三 山崎、朝日新聞社を告訴・・・

返信2008/08/31 17:35:32

54 52  このエントリーは削除されました

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返信2008/08/31 17:13:16

55noharranoharra   散る桜 残る桜も 散る桜


・・・

11/26の毎日新聞「平和をたずねて」より

特攻隊員が好んで口にした歌と書かれています。

出撃していく隊員に対し、残されたものの運命も同じだという意味でしょう。

しかし実際には残されたもののなかには戦後何十年を生き残ったものもいた。

およそ日本人であるものは、ここで托された〈桜〉というたましいを自らのものであると素直にいいきれなくてはならない、云々。と言う形で「桜神学」を形成することができます・・・

返信2008/11/26 07:55:18

56: このエントリーは削除されました

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返信2011/05/24 20:22:47

57noharranoharra   25  東浩紀氏の慰安婦認識。

ちょっと今更なんですが『思想地図vol.1』では東浩紀氏はこんな発言をしています。

>誤解を受けそうな例ですが、僕は最近従軍慰安婦問題については、それがあったのかなかったのか、

あまりにも情報が錯綜しているので考えるのをやめる、というか「考えるのをやめる」ところから

スタートしないと何も始まらないと考えるようになりました。。一方に慰安婦はいたと怒っている人がいて、

他方に慰安婦は存在しないと主張している人がいる。ぼくに、というか、たいていの人にわかるのは、

そういう両者がいるという事実だけであり、あとはそこから出発して、日本という国家に最適なのは

どのような選択なのか合理的に粛々と考えるしかない。

>何ページ?

265-266Pです。

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20081210/p2#c1228969727


東さんは自分なりにいろいろ考えてこう発言しているのでしょうね。

どう対応したらよいのか?

返信2008/12/12 21:27:46

58zames_makizames_maki   57  Re:東浩紀氏の慰安婦認識。

>東さんは自分なりにいろいろ考えてこう発言しているのでしょうね。

>どう対応したらよいのか?

  回答:啓蒙したらいいのではないでしょうか?

実はこれは私の答えではなく、12/13に開かれた南京大虐殺に関する集会で弁護士の尾山宏氏が、平和と和解のために、私たちがすべきこととして提案したことです。尾山氏は啓蒙とは嫌いな言葉だが、私達の周りには善良だがこの事件について何も知らず、結果的に否定論にくみしてしまう人がかなり居ることを指摘し、その方に教えてあげることを参加者に提案したのです。集会とは以下のものです。


南京事件71周年 12・13集会」~過去と向き合い、東アジアの和解と平和を

2008年12月13日(土)午後2時~4時半

講演:野中広務氏(元官房長官、元自民党幹事長) 「戦争体験と歴史和解」

対談:笠原十九司氏(歴史学者)×能川元一氏(哲学者)「かつて百人斬りが賞賛された時代があった」

提案:尾山宏氏(弁護士) 「和解と平和のためのこれからの課題」

会場:明治大学リバティータワー3階 1032教室 (JRお茶の水駅徒歩6分)

主催:南京事件12・13集会実行委員会/子どもと教科書全国ネット21


この集会は昨年の南京大虐殺70周年記念国際シンポジウムを受けて、問題解決の促進のために開かれたものです。すなわち昨年のシンポジウムでは、日本政府に対し、和解促進のための活動を要求し、NGOで和解促進委員会をつくるという宣言をした、しかし2008年未だそれはできておらず、政治的状況も変わっていない。

 現在の状況では政治的イニシアチブはすぐには望めない、そこで和解のためには日本のNGOの活動が大事であり、それを促進する上で尾山氏は、上記のようなことを言ったのです。

 これはごく当たり前のことに思います。しかし現に今、メディア露出度の高い東浩紀氏やその弟子らしい藤田直哉氏(「東浩紀「歴史問題についていくつか」擁護してみた」http://d.hatena.ne.jp/naoya_fujita/20081208/1228726052)に対し、啓蒙は行われていないようですね。特に藤田直哉氏については「はてな」で活動し、コメント欄も書き込める状態なのに・・・。


 ブックマークなどで東氏や藤田氏に反駁をしている方は多い、しかし藤田氏に「教えて」あげた人はいないように見える。「教える」とはひどく当たり前で簡単に聞こえます。しかし実際には知識や勇気や根気のいる結構大変なことで、その為なかなか「教える」にならないように思えます。更に世間では著名人と言われ、自分で知識人と自惚れている東氏や藤田氏に「啓蒙」するのは気後れしている人が多いのではないでしょうか?


 でも私には面白く感じます。なぜなら「啓蒙」という行為を通して、世間では有名な方・知識人でも、実はこの件に関しては多くの「はてな」会員以下の知識しかもたぬ「啓蒙される存在」である事がはっきりしてしまうから。「啓蒙」という言葉自体が、正しく知識の豊富な存在(私たち)が、遅れた存在(東・藤田氏)を導く場合に使う言葉だからです。ネット上の無名の存在である私から見てこんな愉快な事はありません。


そして、何より本当に日本の平和とアジア諸国との関係和解による繁栄を望むなら、勇気を出して「教えてあげる」ことが、日本にとって必要だと思うからです。


(不用意に書いたら藤田氏ブログTBしちゃったので判りやすいよう少しだけ書き足しました。12/15)

返信2008/12/15 19:14:57

59noharranoharra   26  朝鮮人は戦前「日本国民」だから日本人と等しく戦争被害に耐えよ、しかし日本人でないので補償はしない!

朝鮮人は戦前「日本国民」だから日本人と等しく戦争被害に耐えよ、しかし日本人でないので補償はしない!

浮島丸訴訟と宋斗会

浮島丸爆沈事件の訴訟


 日本の敗戦直後に京都府舞鶴港で旧海軍の輸送船「浮島丸」が爆発・沈没した事件をめぐり、韓国在住の生存者と遺族計80人が日本国に約28億円の損害賠償や公式の謝罪などを求めた訴訟

 01年8月の一審・京都地裁は生存者15人について「国は強制的に日本で就労させており、安全に朝鮮半島まで送り届けるのは条理上当然だった」と1人あたり300万円、計4500万円の慰謝料の支払いを国に命じた。一方、03年5月の大阪高裁判決は「旧憲法は国の個人への賠償責任を認めていない」とする「国家無答責」の法理から一審判決を取り消し、原告の請求を全面的に退けた。

http://kamomiya.ddo.jp/%5CSouko%5CC02%5CSo_Tokai%5CUkisima.html

 浮島丸裁判は、在日一世の故宋斗会氏の発案で始まった。原告団80人を組織したのは、太平洋戦争犠牲者光州遺族会(李金珠代表)と、忠清北道の永同新聞である。

 宋斗会氏は、1973年には、樺太朝鮮人から委任状を取り寄せて帰還を求める裁判の道を開いたが、1989年からは韓国徴兵徴用の被害者に公式陳謝と補償を求める裁判を呼びかけ、翌年、22人が本人訴訟で初めて提訴していた。宋斗会氏は、「日本は強大であり、勝訴できないが、泣き寝入りするな」と、韓国の被害者に呼びかけたのである。

 私は宋斗会氏の下で、事務局として裁判に携わり、資料の収集、事件の調査を担当した。

 宋斗会氏の言う通り、裁判は敗訴した。しかも最高裁は、上告申立てを認めずに棄却した。判決文さえも作らなかったのである。敗訴は予想していたが、朝鮮人徴用の責任を認めず、日本人だけに補償する民族差別に、私は怒りと悲しみを感じずにおれない。

 浮島丸事件は、事件発生当初から朝鮮人大量虐殺の疑惑があり、真相究明が原告たちの大きな目的だった。しかし日本は、事件についてほとんど説明しなかった。また、家族が同郷の生還者から肉親の死を知らされていても、死亡者名簿に名前がなければ、日本は認めなかった。

 裁判を起こした遺族のうち、17人が遺骨を受けとっていない。遺族は祐天寺の遺骨の返還を求めたが、日本は個人への返還を認めなかった。提訴後数年して、遺族個人への返還を求めたが、日本は謝罪も、たった10万円の葬祭料も拒否した。

 日本海軍は、朝鮮人軍属たちに帰還を命じて乗船させた。虐殺事件であるか否かにかかわらず、事件の責任は日本にある。しかし日本は、事件の調査、被害者の認定、遺族への通知、遺骨返還という金銭以前の最も基本的な責任を認めない。そして、遺族に対してさえ謝罪せず、香典も包まずに遺骨を返すと言う。それを日本の裁判所は認めるのである。

 私は浮島丸事件以外にも、光州千人訴訟、BC級「戦犯」訴訟中国籍朝鮮人シベリア抑留訴訟にかかわったが、ほとんどの判決が次のように言う。

 「戦争による被害は広範囲で甚大なものであり、国民等しく耐え忍ばなければならない。また、限られた国家予算において、どの範囲の人々に補償するかは国会の判断である」。

 判決は、戦前、朝鮮人は「日本国民」だから、日本人と等しく戦争被害に耐えよと言う。それでいて、日本人だけに補償しても構わないというのである。

 日本は、戦後も、国が堂々と民族差別を行い、裁判所がこれを認める。第二次大戦後の世界では決して認められないことが、日本では大手を振ってまかり通る。

 イギリスフランス、アメリカ、イタリア植民地出身者を戦争に動員したが、責任を負わず補償しないのは、世界で唯一、日本だけである。私は韓国の被害者や弁護士とともに、徴兵徴用戦後責任を求めて国連人権委員会に申立ての準備をしている。

 なお、被害者たちは事件を虐殺と確信しているが、そうではない事を私は裁判の準備書面で丁寧に説明した。私は弁護団と資料を収集し、事件を検証したが、真っ先に救助に駆けつけた地元の人々が、爆発直後に船全体が、船底もろとも「への形」に大きく盛り上がったことを目撃している。これは船の外部、下で爆発(触雷)がなければ起こり得ないと私は考えたのである。日韓専門家による検証が行われることを、私は強く望んでいる。

青柳 敦子(訴訟支援グループ代表))

http://kamomiya.ddo.jp/%5CSouko%5CC02%5CSo_Tokai%5CUkisima.html



参考:青柳敦子著 『浮島丸事件訴訟と全承烈さん

              − 遺骨問題の新たな展開に向けて』

http://homepage3.nifty.com/iimptc/shinkan2.htm

 

青柳敦子著 朝鮮人徴兵徴用に対する日本の戦後責任—戦後日本の二重基準 (単行本) 

返信2009/08/23 09:23:34

60noharranoharra   43  『アリランのうた——沖縄からの証言』

在日韓国人の朴寿南女史の制作した『アリランのうた——沖縄からの証言』を見た、というブログ記事。

http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/blog-entry-176.html

 はじめて見てみたら、内容は慰安婦よりも朝鮮人軍夫の証言が主なものだった。慶良間の三つの挺進隊に従軍させられた軍夫を主として、10名ほどの元朝鮮人軍夫が画面に登場して、当時の模様を語っている。終戦から45年が経った時点(現在より20年前)での証言であるが、従軍時20代前半であった人たちが60代後半の初老になった時点で、45年前の自分の体験を、つい昨日の事のように話している。

 慶良間には推定600人〜900人の軍夫が派遣されていた。その中の10名程ではあるが、消息が判明してカメラの前で証言している事に私は意外な感じを受けた。

梅澤元戦隊長が愛した「池上トミヨ」という女傑の話が興味深い。

返信2010/07/03 10:27:22