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74zames_makizames_maki   66  ネット上の人(Apeman氏へ)

このツリーのNo13を改定しておいたので読んでいただけましたか?

 誤解を招いたようですが、以前のNo13は実はApemanを念頭において書いていました。そこではなるべく波風が立たないよう曖昧に書いたのですが、他の同様な方のためにも再掲して明確にしておきます

 このApeman氏は、非常に知識が豊富で、発言頻度も高く、南京事件否定論者への議論などその活動は尊敬しております。その活動はネット上で無知なものを教育する点で非常に効果がある、賞賛されるべきものだと思います。

 しかし、時として疑問に思うことがあります。


(1)この人は、論理バカになっているのではないか?

(2)この人は、なんのために発言しているのだろうか?


(1)について

論理バカとは、目先の話題の論理構成だけで、議論をし、多くはそれだけで正否あるいは正邪をきめてしまうということです。しかしそれは大きな落とし穴があるように思います。

1:目先の話題だけでいいのでしょうか?慰安婦問題では政府や大メディアが、問題を隠そうとしているのはよくご存知でしょう。であればその目先の話題が、本当にその見えている意味で良いのか、一度自分で確認が必要なのではありませんか? Apeman氏ほど豊富な知識があれば、そうした自己確認も可能でしょう。


2:そうした批判は確かに論理的には正しいでしょう。しかしこの社会は論理だけで動いていません。読売新聞産経新聞慰安婦に関して少しでも知っている者から見ればはっきり間違いだとわかる記事をなぜ載せるのでしょう?そこに論理などなく「強い意志」があるだけでしょう。それを論理的に批判して覆せるでしょうか?

 ここで私が思い出すのは、こうした歴史修正主義の言説に、哲学的にアプローチしている人がいることです。身近な例であげれば、「歴史と責任」のシンポジウム鵜飼氏はデリダを引用して「赦し」を再定義していました。鵜飼氏のような活動が必要なのは歴史修正主義の言説が私たちの共有している論理から外れるところにあり、それに対抗するため、哲学者でさえ自らの哲学的基盤を再検討しなければならなかった。ということでしょう。

 これは、哲学者でさえそんな努力が必要なほど、歴史修正主義の言説に論理だけで対応するのは難しいということではありませんか?


(2)について

ネット上で発言する人の目的は様々です、しかしここの慰安婦問題で言えば、程度の差はあってもApeman氏を含めみなが、その解決を望んでいるのではありませんか?それを思い出していただきたい。自分の発言がなんのためになっているのか?


そこでまず考えて欲しいのは、ある小さな発言への対抗言論を張ったとき、最終的に何が得られるかを考えて欲しいという事です。それは、目先の勝利感だったり、自分のブログのネタだったり、ただの成り行きだったりませんか?その時に最初の自分の目的を思い出していただきたいのです


次に注意してほしいなのは、本当に大事なのは実際の日本社会が問題解決に動くことに寄与することだろうということです。 

 おそらくApeman氏も含めネット上で活動している方は、知識が豊富で、どんな発言者でも過ちは見過ごせないのでしょう。あるいは考え方・方針が問題なのかもしれません。ある発言者に対し厳しく批判するのはよく理解できます。しかし、その結果何が起きるでしょうか?それは最初の目的にどうつながりますか?


発言する際にはもう一度自分の「目的」を再確認していただきたいのです

返信2008/08/05 03:06:14