沖縄「集団自決」論争の陰に隠れて RSSフィード
 

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3dempaxdempax   『沖縄ノート』2007

このような報道とかさねあわすようにして新聞は,慶良間列島の渡嘉敷島沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男,どのようにひかえめにいってもすくなくとも米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容することを拒否し,投降勧告にきた住民はじめ数人をスパイとして処刑したことが確実であり,そのような状況下に,「命令された」集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長が戦友(!)ともども,渡嘉敷島での慰霊祭に出席すべく沖縄におもむいたことを報じた. 僕が自分の肉体の奥深いところを,息もつまるほどの力でわしづかみにされるような気分をあじわうのは,この旧守備隊長が,かつて≪おりがきたら,一度渡嘉敷島にわたりたい≫と語っていたという記事を思い出す時である.


おりがきたら,この壮年の日本人はいまこそ,おりがきたと判断したのだ,そしてかれは那覇空港に降りたったのであった. 僕は自分が,直接かれにインタビューする機会をもたない以上,この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようと思わない. むしろかれ個人は必要でない. それは,ひとりの一般的な壮年の日本人の,想像力の問題として把握し,その奥底に横たわっているものをえぐりだすべくつとめる課題であろう. その想像力のキッカケは言葉だ. すなわち,おりがきたら,という言葉である. 一九七〇年春*1,ひとりの男が,二十五年にわたるおりがきたら,という企画のつみかさねのうえにたって,いまこそ時はきた,と考えた. かれはどのような幻想に鼓舞されて沖縄にむかったのであるか. かれの幻想は,どのような,日本人一般の今日の倫理的想像力の母胎に,はぐくまれたのであるか?


まず,人間が,その記憶をつねに新しく蘇生させつづけているのでなければ,いかにおぞましく恐しい記憶にしても,その具体的な実質の重さはしだいに軽減してゆく,ということに注意をむけるべきであろう. その人間が可能なかぎり早く完全に,厭うべき記憶を,肌ざわりのいいものに改変したいとねがっている場合にはことさらである. かれは他人に嘘をついて瞞着するのみならず,自分自身にも嘘をつく. そのような恥を知らぬ嘘,自己瞞着が,いかに数多くの,いわゆる「沖縄戦記」のたぐいを満たしていることか.


たとえば米軍の包囲中で,軍隊も,またかれらに見棄てられた沖縄の民衆も,救助されがたく孤立している. そのような状況下で,武装した兵隊が見知らぬ沖縄婦人を,無言で犯したあと,二十数年たってこの兵隊は自分の強姦を,感傷的で通俗的な形容詞を濫用しつつ,限界状況でのつかのまの愛などとみずから表現しているのである. かれはその二重にも三重にも卑劣な強姦,自分たちが見棄てたのみならず,敵にむけるはずであった武器をさかさまに持ちかえておこなった強姦を,はじめはかれ自身にごまかし,つづいて瞞着しやすい他人から,もっと疑り深い他人へと,にせの言葉によって歪曲しつつ語りかけることをくりかえしたのであったろう. そしてある日,かれはほかならぬ強姦が,自分をふくめていかなる者の眼にも,つかのまの愛に置きかえられたことを発見する. かれは,沖縄の現場から,被害者たる沖縄の婦人の声によって,いや,あれは強姦そのものだったのだと,つきつけられる糾弾の指を,その鈍い想像力において把握しない.


慶良間の集団自決の責任者も,そのような自己瞞着と他者への瞞着の試みを,たえずくりかえしてきたことであろう. 人間としてそれをつぐなうには,あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで,かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう. かれは,しだいに希薄化する記憶,歪められる記憶にたすけられて罪を相対化する. つづいてかれは自己弁護の余地をこじあけるために,過去の事実の改変に力をつくす. いや,それはそのようではなかったと,一九四五年の事実に立って反論する声は,実際誰もが沖縄でのそのような罪を忘れたがっている本土での,市民的日常生活においてかれに届かない. 一九四五年の感情,倫理感に立とうとする声は,沈黙にむかってしだいに傾斜するのみである. 誰もかれもが,一九四五年を自己の内部に明瞭に喚起するのを望まなくなった風潮のなかで,かれのペテンはしだいにひとり歩きをはじめただろう.


本土においてすでに,おりはきたのだ. かれは沖縄において,いつ,そのおりがくるかと虎視眈々,狙いをつけている. かれは沖縄に,それも渡嘉敷島に乗りこんで,一九四五年の事実を,かれの記憶の意図的改変そのままに逆転することを夢想する. その難関を突破してはじめて,かれの永年の企ては完結するのである. かれにむかって,いやあれはおまえの主張するような生やさしいものではなかった. それは具体的に追いつめられた親が生木を折りとって自分の幼児を殴り殺すことであったのだ. おまえたち本土からの武装した守備隊は血を流すかわりに容易に投降し,そして戦争責任の追及の手が二十七度線からさかのぼって届いてはゆかぬ場所へと帰って行き,善良な市民となったのだ,という声は,すでに沖縄でもおこり得ないのではないかとかれが夢想する. しかしそこまで幻想が進むとき,彼は二十五年ぶりの屠殺者と生き残りの犠牲者の再会に,甘い涙につつまれた和解すらありうるのではないかと,渡嘉敷島で実際におこったことを具体的に記憶する者にとっては,およそ正視には耐えぬ歪んだ幻想をまでもいだきえたであろう. このようなエゴサントリクな希求につらぬかれた幻想にはとめどがない. おりがきたら,かれはそのような時を待ちうけ,そしていまこそ,そのおりがきたとみなしたのだ.


日本本土の政治家が,民衆が,沖縄とそこに住む人々をねじふせて,その異議申立ての声を押しつぶそうとしている. そのようなおりがきたのだ. ひとりの戦争犯罪者にもまた,かれ個人のやりかたで沖縄をねじふせること,事実に立った異議申立ての声をおしつぶすことがどうしてできぬだろう? あの渡嘉敷島の「土民」のようなかれらは,若い将校たる自分の集団自決の命令を受けいれるほどにおとなしく,穏やかな無抵抗の者だったではないか. とひとりの日本人が考えにいたる時,まさにわれわれは,一九四五年の渡嘉敷島で,どのような意識構造の日本人が,どのようにして人々を集団自決へ追いやったかの,およそ人間のなしうるものと思えぬ決断の,まったく同一のかたちでの再現の現場に立ちあっているのである.


罪をおかした人間の開きなおり,自己正当化,にせ被害者意識,それらのうえに,なお奇怪な恐怖をよびおこすものとして,およそ倫理的想像力に欠けた人間の,異様に倒錯した使命感がある. すでにその一節をひいたハンナ・アーレントアイヒマン裁判にかかわる書物は,次のようなアイヒマン自身の主張を収録していた.「ある昂揚感」とともにアイヒマンは語ったのである.

大江健三郎沖縄ノート』(岩波新書 旧青762 1970/09/21初刷 1976/07/30 7刷) p.209 p.208 - p.211 p.212 より転載. 原文傍点強調を太字に変更.






[附録Links]*2


沖縄戦の歴史歪曲を許さず,沖縄から平和教育をすすめる会 http://susumerukai.web.fc2.com/


大江健三郎岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会 http://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/


大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会 http://okinawasen.blogspot.com/


大江健三郎「受任しない 戦争,記憶しつづける力を」(朝日新聞2005/08/16) http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/31/


ni0615の日記「土俵をまちがえた方々」http://d.hatena.ne.jp/ni0615/200712


従軍慰安婦の深層 http://d.hatena.ne.jp/abesinzou/200712


∵◇◆blog d'amo◆◇∵******mi sento come fossi 線香花火***** agosto 12, 2005 以降の一連の記事

http://amo-ya.blogspot.com/2005_08_01_archive.html

http://amo-ya.blogspot.com/2005_09_01_archive.html


文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』曽野綾子誤字誤読事件

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/200801

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/200712

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/200711


第34回司法制度改革審議会議事録 平成12年10月16日(月)=曽野綾子委員演説 http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/dai34/34gijiroku.html


猫三昧 2008/01/25 http://d.hatena.ne.jp/kagiraizou/20080125/p3


教育ニュース&トピックス 2008/01/22 http://d.hatena.ne.jp/edu-news/20080122#p6


森住卓blog http://mphoto.sblo.jp/archives/200710-1.html


原爆戦争責任 2007/10 http://blog.goo.ne.jp/stanley10n/c/07dec11bb5f92971c581316a327372fe

"集団自決"62年目の証言~沖縄からの報告~NHKクローズアップ現代 2007年6月21日(木)放送

沖縄戦に"神話"はない」(太田良博)=曽野綾子『ある神話の背景』への批判




渡嘉敷村HP http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/

> 沖縄戦 http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/tokadata/de_1/d/de_1d_1.htm




2007年11月9日 大阪地裁 第3回証人尋問 記録

原告側)沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会 http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/37/

被告側)大江健三郎岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会 http://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/news.html

沖縄タイムス連載「視座・沖縄ノート 大江健三郎陳述書」http://www.okinawatimes.co.jp/spe/syudanjiketsu.html#tokusyu




【新刊案内】

『世界 臨時増刊 2008/No.774 沖縄戦と「集団自決」- 何が起きたか,何を伝えるか』(岩波書店) http://www.iwanami.co.jp/sekai/2008/ex01/774.html

裁判[2007/11/19]傍聴記は目取間俊



宮城晴美『新版 母の遺したもの』(高文研 2008/01/30 ISBN:9784874983942)

沖縄戦の開戦直後,慶良間諸島に駐屯した軍の強制の下,肉親どうしで手をかけ,六百人をこえる住民が命を断った「集団自決」.


本書は,その「集団自決」から生き残った祖父母と母をもつ著者が,「母の手記」を原点に,30年をかけて聞き取った住民の証言で構成したノンフィクション!


ところが,その「母の手記」を証拠として,慶良間を基地とした海上特攻隊の元隊長らが,自分は「自決」命令は下していないとして,『沖縄ノート』の著者・大江健三郎氏と発行元の岩波書店を「名誉毀損」で告訴.


文部科学省もそれを受け,歴史教科書の検定で,軍による「集団自決」への関与・強制の記述を削除させた!


それに対し沖縄の怒りが爆発,11万人が結集した県民大会が開かれる. そんな中で「集団自決」の体験者が重い口を開き,新たな証言を語り出した. その新証言を受けて加筆・修正,「集団自決」をもたらした軍の命令・強制を疑問の余地なく明らかにする!



【高文研HP http://www.koubunken.co.jp/0400/0394.html より】


 

*1:1970/03/25

*2:『毒蛇山荘日記』,『従軍慰安婦の深層』を参考に作成しました

返信2008/01/25 17:16:57
  • 3『沖縄ノート』2007 dempaxdempax 2008/01/25 17:16:57
    このような報道とかさねあわすようにして新聞は,慶良間列島の渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男,どのようにひかえめにいってもすくなくとも米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容することを ...
    • 4Re:つかのまの愛 ni0615ni0615 2007/12/06 22:59:43
      つかのまの愛 大江さんの典拠は銘記されてないが何か1970年当時の報道なのだろうか。 参考になるか、まず林博史さんのサイトから・・・ 第二に指摘しておきたいことは沖縄戦との関係である。 ...
    • 6Re:『沖縄ノート』2007 ni0615ni0615 2007/12/11 08:04:05
      抜粋「沖縄ノート」もよろしく http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/694.html
    • 11「内地」と「軍の法」 dempaxdempax 2008/01/08 17:15:57
      いま≪沖縄ノート≫を刊行して,ひとつの作業を終えた,という感慨とはおよそ逆に,これから,自分のあたうかぎりの力をそそいで,たちむかわねばならない仕事がはじまる,という緊張感をいだいている. いう ...
      • 12Re:「沖縄ノート」と、その後 ni0615ni0615 2007/12/23 12:41:33
        2007.11.9大阪地裁、大江健三郎証人陳述書より  私は一九六五年(昭和四十年)文藝春秋新社の主催による講演会で、二人の小説家とともに、沖縄本島、石垣島に旅行しました。この旅行に先立って ...