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59yamaki622yamaki622   57  "慰安婦の取扱い規定"を焼却したという軍医の証言

「軍女子特殊軍属服務規定」(=慰安婦の取扱い規定)を敗戦で逃げるとき焼却したという軍医の証言です。


従軍慰安婦110番 電話の向こうから歴史の声が』(従軍慰安婦110番編集委員会、明石書店、1992)から引用します。


関東軍女子特殊軍属服務規定 軍医(78)


従軍慰安婦110番」へ電話をしようか、ずいぶん考えました。元上官だった人たちに電話をしてみましたが、80歳を越えてみんな戦争のことは忘れてしまったとのこと。事実を知っている者が発言しなければ闇から闇に葬られると思い、電話をしたわけです。


昭和14年(1939)、軍医だった私は、ハルピン陸軍病院で、衛生兵の教育の担当をしました。グアム島の生き残りだった横井庄一さんも、私が教育した一人です。昭和15年(1940)には、関東軍に引っ張られ、関東軍司令部朝鮮後方部隊で、司令部の家族、補給監部の診察をやらされました。


「軍女子特殊軍属服務規定」は分厚い規定書で、詳細な規定が網羅されていました。関東軍後方部隊3100部隊の衛生部の所轄でした。いわゆる、慰安婦の取扱い規定で、女子特殊軍属というのは、「朝鮮ピー」のことです。この中には給与規定もありました。女性たちの月給は、800円とありました。日給がおよそ70円だったということです。その他、被服、寝具、化粧品なども貸与する書かれていました。この書類は、敗戦で逃げるときにみんな燃やしてしまいました。

(後略)

(『従軍慰安婦110番 電話の向こうから歴史の声が』p.23)


上記の文書中に「月給は、800円とありました。日給がおよそ70円だったということです」とありますが、誤解を与えそうなので説明を補足しておきます。800÷70=11.5では休日が多すぎて計算が合いません。この証言を解説したページ(p.99)を確認したところ「給料は年800円」と記載されていました。正しくは「年収800円、月給70円」だと思います。

返信2008/03/23 19:24:44