慰安婦の大半が日本人女性って本当ですか? RSSフィード
 

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1yamaki622yamaki622   慰安婦の大半が日本人女性って本当ですか?

慰安婦の民族比を検証するスレッドです。

本来は、8万とも20万とも言われる「慰安婦の総数」から検証するべきかも知れませんが、あまり論争になっていないようなので、今回はよく議論になっている「民族比」を取り上げることにしました。


例えば、小林よしのりは次のように主張しています。

テレビなどでもよく言われる「慰安婦の大半は朝鮮女性」というのも全くのウソで最も多かったのは日本内地の女性で朝鮮人はその半分くらいしかいなかったのだ!

小林よしのり『戦争論2』p.293)

何を根拠に日本人女性が多かったと言ってるのかわかりませんが(どなたか元ネタをご存知でしたら教えてください)、それが本当だとすれば日本人元「慰安婦」にも補償するべきで、日本軍の責任を免責できる理由にはならないのですが…。


下記の引用は、元軍人の証言からどの民族の慰安婦が多かったか検証したものです。

朝鮮人慰安婦がそれぞれの駐屯地域の慰安婦人口の100%、80%、あるいは70%を占めていたとの証言に示されるように、朝鮮人慰安婦の数は戦地のどこに行っても日本人慰安婦の数を上回っていた。また全証言中、日本人慰安婦についての証言は86件であったのに対し、朝鮮人慰安婦についての証言は175件とほぼ2倍となった。この175件のうち、78人が記憶に残っているのは朝鮮人慰安婦だけだと証言している。


(『従軍慰安婦110番 電話の向こうから歴史の声が』p.96)


朝鮮人慰安婦が多かった理由として考えれることは、内務省警保局長「支那渡航婦女ノ取扱ニ関スル件」(1938)によって、日本内地から慰安婦の渡航が厳しく制限されたことから日本人「慰安婦」は減り、そのしわ寄せが植民地朝鮮台湾)にいったのではないでしょうか。


【参考】内務省警保局長「支那渡航婦女ノ取扱ニ関スル件」

http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070527/p1

返信2007/06/08 12:29:53

2ni0615ni0615   1  Re:慰安婦の大半が日本人女性って本当ですか?

超遅レスですが・・・・

ネトウヨの諸君は、「慰安婦の大半が日本人女性」の源泉は秦郁彦大先生だといっています。

古森ブログでのやりとりをピックアップします。きょう時間があったものですから、丁寧に応対してみました。

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/338910/allcmt/


HNは一部イニシャルにしました。


2007/10/11 21:45

Commented by R さん

こんばんは。

慰安婦の半数以上が日本人だったことを考え合わせると、

総勢100万人の慰安婦が居たことになりますね。

そして、連中の証言では毎日十数人の客を取ったと。

当時、外地に居た軍人、軍属の推定合計が、約400万人ですから、

軍人は、毎日3~4回は、慰安所に行っていたのですね!

そりゃ、戦争も、負けるでしょうww。

この連中は、この位の算数も出来ないのに、

なぜ、日本が負けたかの理由が、ここにあるのですね。

馬鹿馬鹿しくて、腹も立ちません。

2007/10/11 22:13

Commented by iseheijiro さん

JESSーKUNさん、RAMさん、

毎日3~4回ですか? 出来ないこともないが、戦闘中じゃなあ!

在米トルコ大使館に手紙だす。ラントス・ぺロシ民主党を倒す良い機会だと、、伊勢

2007/10/12 10:11

Commented by ni0615 さん

To Rさん

>慰安婦の半数以上が日本人だったことを考え合わせると、

>馬鹿馬鹿しくて、腹も立ちません。

考えあわせた事が、お間違えのことではありませんか?

2007/10/12 10:57

Commented by v さん

To ni0615さん

>考えあわせた事が、お間違えのことではありませんか?

意味がわかりません。 日本語を書いてください。

2007/10/12 11:55

Commented by ni0615 さん

To vさん

>To ni0615さん

>>考えあわせた事が、お間違えのことではありませんか?

>意味がわかりません。 日本語を書いてください。

あれれ?

RAMさんへのご質問のようですが?!

せっかくですからお答えします。

RAMさん

>慰安婦の半数以上が日本人だったことを考え合わせると、

RAMさんは仰っています。

2007/10/12 12:18

Commented by staro さん

ni0615

ほほう、それなら日本人慰安婦はどれくらいいたのかね?

またでっち上げ捏造差別を書き込んではストーカー行為に邁進かい?

2007/10/12 12:53

Commented by v さん

To ni0615さん

>せっかくですからお答えします。

「お間違えのこと」ってどういう意味ですか?

2007/10/12 13:18

Commented by ni0615 さん

To staroさん

>ほほう、それなら日本人慰安婦はどれくらいいたのかね?

慰安婦関係の元締め官庁の資料がまだ公開されないものが多く、殆どが焼却されてしまったから、1940年ごろまでがかろうじて残っているに過ぎないそうですね。

ですから、軍慰安婦の数はいずれにしても推定にしか過ぎないわけです。

四十人に一人の割合で従軍慰安婦をあてがっておけば、戦場における兵隊を鎮静化させることができるという、軍証言者の言葉に従えば、この比率を"支那事変"初期から"大東亜戦争"期間中に動員した将兵数にあてはめると、連行された全従軍慰安婦はほぼ九万人という数字が出てくる。

それに、慰安婦の病気、死亡、(稀に)帰還などによる交換率を考えると、下限5万~20万が定説となっているみたいだね。

秦郁彦はつぎのような推計を試みている。アジァ太平洋戦争期に軍慰安所が置かれていた海外地域の兵員数を平均三〇〇万とし、兵員五〇名に一名の慰安婦がいたとみて、慰安婦がまったく入れ替わらなかったとして六万、一・五交代したとして九万とする(『昭和史の謎を追う』下)

慰安婦設置に関して当時いわれていた「二九一(にくいち)=29人に1人」の割合で交代率が2.0だとしたら20万になる。

2007/10/12 13:24

Commented by staro さん

ni0615

>慰安婦関係の元締め官庁の資料がまだ公開されないものが多く、殆どが焼却されてしまったから、1940年ごろまでがかろうじて残っているに過ぎないそうですね。

「そうですね」とは誰の話の引用か?

>連行された全従軍慰安婦はほぼ九万人という数字が出てくる。

「連行」ではなく「同行」の間違い

でも結局は日本人の数は君は知らないと?(笑

またいつもの悪い病気だな

発作でも持っているのかい?(藁

2007/10/12 13:29

Commented by ni0615 さん

慰安婦の民族別の比率はどうだったかというと、直接それを示す資料は廃棄されている。窺うことができるのは、性病関係の資料である。

大本営陸軍部研究班「支那事変に於ける軍紀風紀の見地より観察せる性病に就て」は、1940年までに性病にかかった中国出征陸軍軍人は14,755人であるとし、性病感染時の「相手女」としてっぎのような数字をあげている(日本・朝鮮での感染と「国籍不明公私娼」.「不詳」を除く)。

すなわち、

朝鮮人」4,403人(51,8%)、「中国人」3,050人(36.0%)、「日本人」2,418人(12.2%)である。

将兵にとっては性病に罹るということは軍紀違反であり、昇進を妨げる不名誉であるから、罹患数総数はおそらく氷山の一角であろう。しかし、比率は参考にはなるだろう。

この比率に従えば

朝鮮人慰安婦=下限約2.5万~10.2万

中国人慰安婦=下限約1.8万~7.2万

日本人慰安婦=下限約0.6万~2.4万

ということになる。

ということである。

2007/10/12 13:46

Commented by staro さん

ni0615

ぎゃははは、都合のいいときだけ秦先生か?

私は持っている秦先生の著書には

慰安婦の総数は一万数千人」とある

で、統計の取り方だが

外地駐屯の兵力数

公娼統計なみに150対1で、ピーク時250万に掛けた数で1万~2万

はい、残念でした

どこからも20万とやらという数は出てこない

数字のすり替えをするデマ、捏造、でっちあげのni0615

都合のいいところは秦先生でねあとはおまえが改竄してでっちあげる

まあ、いつものことだがな(爆

2007/10/12 13:49

Commented by staro さん

補足

民族比 4-3-2-1

日本人 4

現地人 3

朝鮮人 2

その他 1

だな、秦先生は

「歪められる日本現代史」から引用だ

2007/10/12 13:55

Commented by ni0615 さん

To staroさん

>ni0615

>>慰安婦関係の元締め官庁の資料がまだ公開されないものが多く、殆どが焼却されてしまったから、1940年ごろまでがかろうじて残っているに過ぎないそうですね。

>「そうですね」とは誰の話の引用か?

防衛研究所の文章を読んだ記憶から、「そうですね」といったまで。

その文章をいま見つけたから読んでね。

>防衛研究所では、戦史の調査研究と戦史の編さんを行うために、陸海軍にかかわる史料の収集を行いました。史料の大半は終戦時に焼却され、あるいは戦後の混乱により散逸してしまいました。焼却をまぬがれたものは米軍に押収され、米国国務省公文書部の保管するところとなりましたが、長い外交交渉の末、昭和33年4月にようやく我が国に返還され、その大部分が防衛研究所に所蔵されています。

http://www.nids.go.jp/military_history/military_archives/index.html

つまりこれは、市谷の陸軍省にあったものは敗戦時に全部焼却しちゃったけど、疎開していた過去資料は焼却をまぬがれて、米軍に接収されたということ。それがいまようやく日の目を見たということ。

>陸軍省大日

>陸軍省が編集した明治元年から昭和17年までの公文書で、密大日記、陸支密、陸満密等の約20種の項目に区分されています

(同上)

昭和17年までの公文書でも、だいぶ抜かれてしまったようだが。(市谷陸軍省にあったものは無差別に全部焼却、ということ)

2007/10/12 14:08

Commented by staro さん

ni0615

>史料の大半は終戦時に焼却され

この中に慰安婦数についての記述があったはずだと仮定する根拠がない

また君の好きな秦先生は「官僚組織であった当時の軍の指示、命令等の

文書が末端に至るまで全て焼却されることはあり得ない」

「証拠なる文書は末端には必ずどこかに残るもの」といってますな

ここでもまた都合のいい話だけを歪曲して捏造してますな

2007/10/12 14:12

Commented by staro さん

ni0615

もういい加減にこんなバカなストーカー行為はやめたら?

結構いい年してんだろ?

イデオロギーかなんか知らないけどな、自分を見つめろよ

今日のテーマの40万人も普通に考えたらあり得ないだろうが?

君たちがいくら文句をいっても、軍の命令もなければ、強制もない

そんなことはとっくに結論が出ている話だ

吉見が朝日新聞や吉田清治に裏切られて大恥かいたのは可哀そうだと

思うが、そもそも歴史家のクセに裏も取らずに騒ぐからだ

自業自得だからな、あいつは

それから全て講和条約で解決済みの話だ

君も意味のない書き込みを続けず、仕事に邁進しろよ

2007/10/12 14:43

Commented by v さん

To ni0615さん

>すなわち、

>「朝鮮人」4,403人(51,8%)、「中国人」3,050人(36.0%)、「日本人」2,418人(12.2%)である。

>この比率に従えば

>朝鮮人慰安婦=下限約2.5万~10.2万

>中国人慰安婦=下限約1.8万~7.2万

>日本人慰安婦=下限約0.6万~2.4万

>ということになる。

朝鮮人中国人性病罹患率が高く、治療を受ける率が低かったとか、反対に日本人慰安婦罹患率が低く、治療を受ける率が高かったとは考えられないのかな?

2007/10/12 14:57

Commented by ni0615 さん

To staroさん

>ぎゃははは、都合のいいときだけ秦先生か?

>私は持っている秦先生の著書には

>「慰安婦の総数は一万数千人」とある

>で、統計の取り方だが

>外地駐屯の兵力数

>公娼統計なみに150対1で、ピーク時250万に掛けた数で1万~2万

>

>はい、残念でした

>どこからも20万とやらという数は出てこない

ぎゃははは

秦大先生は、実証主義から ご都合主義に大変節してしまったようだね。

私はどうやら変節前の著書を引用したようだ、それはそれは済まぬことだったね。ところで、秦大先生は根拠をあげて、自分の前著をキチンと謝罪訂正しているのかなあ?

昭和史の謎を追う」1993/02

↓(変節と日本現代史の歪曲の過程)

「歪められる日本現代史」2006/01

staro君、ぜひ確かめてね。

2007/10/12 14:59

Commented by ni0615 さん

To staroさん

ぎゃははは、

>で、統計の取り方だが

>外地駐屯の兵力数

>公娼統計なみに150対1で、ピーク時250万に掛けた数で1万~2万

で、変節秦先生は、

外地駐屯の兵力数をピーク時300万という自説から250万に減数したわけね。

そうして交代率もやめてしまった。ということは、軍慰安婦は誰も終戦まで帰らなかったということが前提かな?

で、さらに

公娼統計なみに150対1 とはチンケやな。

ぎゃはは、

とはこういうもののことやんけ。

慰安婦は、女房や恋人がいない派遣将兵のためだろ。

それが、女房や恋人がいる内地公娼統計と一緒なのかね?

女房や恋人がいる内地の男たちも、1人1回30分のチョンの間のために列をなしていたんだ。この写真のように。秦大先生の変節妄想の中では・・・・

http://www.iza.ne.jp/images/user/20071012/151145.jpg

で、「そう思いたい」以外には客観的根拠がないようだ。

秦大先生がそこまで堕落しないと信じたいのだけど。

(150対1とは、ひとり月2回として延べ300人。月25日勤務として平均12人のお相手ですね。平均でだよ。主計局の講習をした中曽根康弘さんにでもその信義をきいてみよう)

>「歪められる日本現代史

民族比の推定根拠も書いてないのか?

それとも引用者がオソマツすぎるのかな?

え、どっちなんだろ、staro君。

2007/10/12 15:08

Commented by staro さん

ni0615

もう破滅したな(笑

秦先生を引用したのは君だ

自ら引用して相手を説得しようと、興奮して書いてしまったら

なんだから妙な物を引用してしまった

引っ込みがつかなくなった、今度は秦先生の悪口かい?

自らが引用したものは秦先生に根拠を求めず、都合が悪くなると

根拠を求めるのか?

論理破綻決定!

さ、みなさんに採決してもらいましょうか?ん?

2007/10/12 15:11

Commented by staro さん

このやりとりを読まれた諸先輩の方々、ご審判を頂きたいと思います

これ以上ni0615君とやりとりしても、罵声を浴びせあう展開にも

なりかねません

よろしくお願いします

2007/10/12 15:24

Commented by ni0615 さん

To vさん

>朝鮮人中国人性病罹患率が高く、治療を受ける率が低かったとか、反対に日本人慰安婦罹患率が低く、治療を受ける率が高かったとは考えられないのかな?

先ず性病罹患率ですが、

仰るように性病罹患率の民族別の全体データがあればよかったですね。残念ながら全体的データはありません。

性病罹患率については初期の慰安所についての麻生徹夫医師の記録など部分的なものならあります。そこでは、日本人慰安婦は「玄人の醜業婦」が多く従って性病罹患率、既往率も高いが、朝鮮人慰安婦には「未経験者(処女)」が多く従って性病罹患率、既往率も低いのです。

このデータは一例ですが。別の記録からも、日本では「玄人の醜業婦」「21歳以上」がかなり厳格に守られたといえますが、朝鮮ではそれは守られていないことがわかります。(米軍尋問調書など)

しかし、上記の試算ではそのことは勘案せず、一律としています。

>>venomさん

朝鮮人の方が罹患率が高いという根拠がありましたら教えてください。

なお、治療を受ける率ではなく検査を受ける率は、軍慰安婦であれば出身民族が違っても同じでしょう。なぜなら、性病検査を定期的に必ず受けて性病防止を図るのが、軍が慰安所を設けた目的の一つだったのですから。

それから

>>venomさん

上のデータの場合は、

>1940年までに性病にかかった中国出征陸軍軍人は14,755人であるとし、性病感染時の「相手女」としてっぎのような数字をあげている

です。性病に罹ったと判明した将兵(♂)からのデータで、慰安婦(♀)の検診結果ではありません。正確に読んでくださいね。よろしく。

2007/10/12 15:27

Commented by v さん

To ni0615さん

>日本人慰安婦は「玄人の醜業婦」が多く従って性病罹患率、既往率も高いが、朝鮮人慰安婦には「未経験者(処女)」が多く従って性病罹患率、既往率も低いのです。

何を言ってるんですか。 慰安婦になった当初は未経験者でも、しばらく慰安婦をやってれば経験者になるじゃないですか。 どっちが罹患率が高いなどとは言えないでしょう。

2007/10/12 15:38

Commented by ni0615 さん

To staroさん

>秦先生を引用したのは君だ

そうですよ。それが何か?

>自ら引用して相手を説得しようと、興奮して書いてしまったら

>なんだから妙な物を引用してしまった

妙なものを引用したのはstaroさんのほうです。

私は誰のものであれ私が説得力を感じるものを引用します。私はそうしただけです。

>引っ込みがつかなくなった、今度は秦先生の悪口かい?

>自らが引用したものは秦先生に根拠を求めず、都合が悪くなると根拠を求めるのか?

staroさんが引用したものに、その根拠を尋ねたら、二の穂を継げなくなったのはstaroさんのほうだと思いますが、違うのだろうか。staroさんが引用した本の中で、秦先生はどのように前言を修正して読者を説得しているのですか?

>論理破綻決定!

そうですねstaroさん。あなた。

>公娼統計なみに150対1 

>民族比 4-3-2-1

その妥当性すら主張(staroさんの場合は紹介)できないで、Give up ですか?

2007/10/12 15:53

Commented by ni0615 さん

To vさん

>>日本人慰安婦は「玄人の醜業婦」が多く従って性病罹患率、既往率も高いが、朝鮮人慰安婦には「未経験者(処女)」が多く従って性病罹患率、既往率も低いのです。

>何を言ってるんですか。 慰安婦になった当初は未経験者でも、

慰安婦になった当初の罹患率は、管理する軍にとっては大問題です。慰安所が伝染原になって、兵力を性病が減耗してしまうからです。ですから、罹患中の慰安婦は除外しなくてはなりません。あなたのようにそれを無視するのは、当時の軍ならば「軍法会議」ものですよ。

>しばらく慰安婦をやってれば経験者になるじゃないですか。

それは客である将兵に原因があります。慰安所以外で病気を貰い(強姦や私娼窟への出入り)、慰安所でサック「突撃一番」を装着せずに慰安婦に伝染さす、ということですね。


>どっちが罹患率が高いなどとは言えないでしょう。

性交経験、相手の多少、で罹患率統計的に急上昇するのは当然です。

私娼窟への出入りを放任して、数個師団の兵力を失ったシベリア出兵の例も見てください。

2007/10/12 15:57

Commented by staro さん

みなさんへ

ni0615は秦先生の著書を引用して私を説得しようとしました

しかし残念な事に最新の秦先生の著書とは違う内容でした

ni0615が根拠とした秦先生の主張は根拠を示す必要なく

私には秦先生の主張の根拠を求めています

おかしな話ですね

根拠を求めるなら秦先生に言うべきと思いますが、如何でしょうか?

私は秦先生の著書から引用し、ni0615の提示している数字に違いが

あると言っているだけなのですがねぇ

2007/10/12 16:04

Commented by v さん

To ni0615さん

>それは客である将兵に原因があります。慰安所以外で病気を貰い(強姦や私娼窟への出入り)、慰安所でサック「突撃一番」を装着せずに慰安婦に伝染さす、ということですね。

ポイントがずれてますよ。 あなたは最初、民族別罹患率から、朝鮮人慰安婦の比率を推定していたのでしょう? 

2007/10/12 16:19

Commented by mochizuki さん

To staroさん

>このやりとりを読まれた諸先輩の方々、ご審判を頂きたいと思います

>これ以上ni0615君とやりとりしても、罵声を浴びせあう展開にもなりかねません

>よろしくお願いします

 そんなこと関係ねー! スッタローにも相手にも論理がねー!

 はえー話が、慰安婦が大勢いて、その中の日本人には、朝鮮人内地人もいたっーことは事実で、当時は娼婦の「年季」は1年以内というのが御定法だから、その通りなら「8年戦争」の間には8回転していたはずで、例えば、1人の女性8年間慰安婦をしていたら、延べ8人として計算しないと、営業許可を与えて取締を担当していた警察や軍隊の違法行為/職務怠慢になるでねーのか?

 で、大雑把に考えれば、慰安婦の平均実稼動数が1万人なら延べ8万人、延べ100万人なら平均実稼動数は12万5千人になるが、そんなことを今更争ってもしょうがねーだろう。

 「慰安婦・醜業婦・SEX slave」が何百万人であろうと数人であろうと、その中に条約違反・法律違反の被害者がいるならば、それらの「元慰安婦・元醜業婦・元SEX slave」にはそれなりの謝罪・賠償をするのは当然で、それ以外の「元慰安婦・元醜業婦・元SEX slave」に謝罪・賠償をする謂れはないということだろう。

2007/10/12 16:33

Commented by staro さん

mくん

君には聞いてないよ

さよぉ~ならぁぁぁああああ~(^^)/~~~~~~~~~~~~

2007/10/12 17:52

Commented by mochizuki さん

スッタロー!

> 君には聞いてないよ さよぉ~ならぁぁぁああああ~(^^)/~~~~~~~~~~~~<

だったら正確に書けよ!

2007/10/12 18:15

Commented by s さん

慰安婦離職率の高い職業だったはずですから、延べにすれば総数自体は大きくなって当然です。逆に人数が多ければ多いほど、奴隷化されていなかった傍証となりますね。

2007/10/12 19:13

Commented by ni0615 さん

To vさん

>>それは客である将兵に原因があります。慰安所以外で病気を貰い(強姦や私娼窟への出入り)、慰安所でサック「突撃一番」を装着せずに慰安婦に伝染さす、ということですね。

>ポイントがずれてますよ。 あなたは最初、民族別罹患率から、朝鮮人慰安婦の比率を推定していたのでしょう?

それは、初任慰安婦罹患率(玄人売春婦か処女か違い)は関係ないという貴方が提出した新しい論点に対するお答えです。

>ポイントがずれてる

としたら、あなた自身ということになります。

ポイントをずらした貴方にわたしは「引っ掛かった」のかな?(苦笑)

それから、貴方がつっかかってきた「最初」(2番目ですが)

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/338910/allcmt/#C449043

はキチンとよんでね。 


返信2007/10/12 20:01:39

3StiffmuscleStiffmuscle   論戦お疲れ様です

>ni0615さん

秦先生の『慰安婦』推定総数は、いきなり変化しています。


1996年5月13日付けのクマラスワミ国連と区別報告者への手紙に添付したメモ書きには以下のような記述があります。

(3)Total figure 60,000 ~90,000 (70%=Korean, 30%=Japanese)

http://www.awf.or.jp/pdf/g0011-1.pdf p.54

この6万~9万人(朝鮮人7割、日本人3割)というのが従来の秦先生の推論でした。


それがいきなり変わったのは、秦先生がアジア女性基金に出した論文(これはアジア女性基金から掲載を拒否された)です。

この論文は、『現代コリア』1999年1・2月合併号に『「慰安婦伝説」--その数量的観察』というタイトルで掲載されています。また、同様の内容は『慰安婦と戦場の性』(pp.397-410)にも載っています。

ここで、『慰安婦の総数は1万数千人~2万人。最多は日本人。』などと吉見先生の学説にあからさまに対抗する形で自論を展開し始めました。

変更した自論は、その考察が杜撰で、決めつけが多いために、論評する以前の問題だと思いますが(林博史先生も指摘しておられた)、秦先生はこれが決定的な真実だと確信しているようです。

同様の主張は、"THE FACTS"にURLが記載されていた

"NO ORGANIZED OR FORCED RECRUITMENT: MISCONCEPTIONS ABOUT COMFORT WOMEN AND THE JAPANESE MILITARY"

http://www.sdh-fact.com/CL02_1/31_S4.pdf にも出てきます。

I would revise Shelton’s error-riddled pronouncements as follows: “There were at most 20,000

comfort women. None of them was forcibly recruited. Forty percent of them were from Japan,

the most heavily represented nation. Many were sold to brokers by their parents. Some responded

willingly to brokers’ offers; others were deceived.” I would add that, on the average, living

conditions in the comfort stations were practically identical to those in brothels set up for

American troops during the Vietnam War.(25)


(25) Hata, op. cit., Chapter 12; “The Flawed U.N. Report on Comfort Women” in Japan Echo, Autumn

1996, p.p. 66-72.


Hata, op. cit. Chaper 12(前掲書、第12章)と引用元が書いてありますが、これは『慰安婦と戦場の性』の『第12章 七つの争点--Q&A』(pp. 357-410)にということだと思います。

なお、この英訳論文に対する辛辣な批評、反論は、英語の専門誌でいくつか読むことができます。

私の読解力と根気がないせいか、この12章で秦先生が主張する根拠が理解できません。「戯言」レベルにしか思えなくて・・・

専門家学会などでの評価はどうなのでしょうか?

返信2007/10/13 03:15:13

4ni0615ni0615   3  Re:論戦お疲れ様です

Stiffmuscleさん

貴重な情報ありがとうございます。


秦先生の宗旨がえのことは、Stiffmuscleさんがブログで指摘されてもなお、わたしには半信半疑でした。

『まさか秦郁彦さんが?!』

というふうに。


今回はからずもizaという公開の場で、『数』というハッキリと識別できる形のものとして、その豹変に遭遇したのです。

>ni0615さん

秦先生の『慰安婦』推定総数は、いきなり変化しています。

1996年5月13日付けのクマラスワミ国連と区別報告者への手紙に添付したメモ書きには以下のような記述があります。

(3)Total figure 60,000 ~90,000 (70%=Korean, 30%=Japanese)

http://www.awf.or.jp/pdf/g0011-1.pdf p.54

この6万~9万人(朝鮮人7割、日本人3割)というのが従来の秦先生の推論でした。

それがいきなり変わったのは、秦先生がアジア女性基金に出した論文(これはアジア女性基金から掲載を拒否された)です。

この論文は、『現代コリア』1999年1・2月合併号に『「慰安婦伝説」--その数量的観察』というタイトルで掲載されています。また、同様の内容は『慰安婦と戦場の性』(pp.397-410)にも載っています。

ここで、『慰安婦の総数は1万数千人~2万人。最多は日本人。』などと吉見先生の学説にあからさまに対抗する形で自論を展開し始めました。


秦先生の変化、というものはゆっくりと考究して参りたいと思いますが、下記ご指摘のように、難解でしかも外国語というものならば、とても私の理解が及ぶものではないかもしれません。


とはいえ、ネトウヨの皆さんが秦理論を説明できない事情は、Stiffmuscleさんのお陰でとても良く分かりました。秦先生は、もしかすると私のような浅はかな者がつっこみを入れるのを待って、カウンターパンチを食らわる機会を窺っているのかもしれませんね。

変更した自論は、その考察が杜撰で、決めつけが多いために、論評する以前の問題だと思いますが(林博史先生も指摘しておられた)、秦先生はこれが決定的な真実だと確信しているようです。

同様の主張は、"THE FACTS"にURLが記載されていた

"NO ORGANIZED OR FORCED RECRUITMENT: MISCONCEPTIONS ABOUT COMFORT WOMEN AND THE JAPANESE MILITARY"

http://www.sdh-fact.com/CL02_1/31_S4.pdf にも出てきます。

I would revise Shelton’s error-riddled pronouncements as follows: “There were at most 20,000

comfort women. None of them was forcibly recruited. Forty percent of them were from Japan,

the most heavily represented nation. Many were sold to brokers by their parents. Some responded

willingly to brokers’ offers; others were deceived.” I would add that, on the average, living

conditions in the comfort stations were practically identical to those in brothels set up for

American troops during the Vietnam War.(25)

(25) Hata, op. cit., Chapter 12; “The Flawed U.N. Report on Comfort Women” in Japan Echo, Autumn

1996, p.p. 66-72.

Hata, op. cit. Chaper 12(前掲書、第12章)と引用元が書いてありますが、これは『慰安婦と戦場の性』の『第12章 七つの争点--Q&A』(pp. 357-410)にということだと思います。

なお、この英訳論文に対する辛辣な批評、反論は、英語の専門誌でいくつか読むことができます。

私の読解力と根気がないせいか、この12章で秦先生が主張する根拠が理解できません。「戯言」レベルにしか思えなくて・・・

専門家学会などでの評価はどうなのでしょうか?

※Stiffmuscleさんはご存知と思いますが、林博史さんの論評をWebで見つけました。

秦郁彦慰安婦と戦場の性』批判 http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper44.htm


※さっそくStiffmuscleさんブログエントリーを、腰を落として読ませて頂かなくてはなりません。

返信2007/10/13 18:44:50

5StiffmuscleStiffmuscle   4  Re:論戦お疲れ様です

>『現代コリア』1999年1・2月合併号に『「慰安婦伝説」--その数量的観察』というタイトルで

>掲載されています。


『現代コリア』掲載の秦論文ですが、わたしはこれを大阪府図書館の Web腹写サービスで入手しました。

https://p-opac.library.pref.osaka.jp/OSPLIB/webopac/fukusya/fukusya_info.jsp

今、コピーを取り出して再読してみたのですが、頭が痛い・・・というか秦先生の説明が理解できません。

  • 『平時には、軍人もこの種の遊廓を一般人に混じって利用するのが原則で、軍民共用と呼ぶことにする』(pp.31-32)
  • 『たとえば満州では満州事変勃発(1931年)の・・・その前から漢民族を主体とする約3000万人の人口に見合う遊廓が散在していた』(p.32)
  • 1941年夏の「関特演」にさいし、国境地区に配備された一部の部隊のために軍専用慰安所が開設された。しかし、あくまで例外的であったと思われる。』(p.32)
  • 『私自身も93年段階では6~9万、7~8割は朝鮮人女性と推定していた・・・が、その後1*1の視点を入れ、数通りの試算を経て総数は思ったより少ないらしいとの結論に達した』(p.33)

などと書いてあったりします。


『3.民族別では、内地人が最多ーー』の項も、牽強付会だとしか考えられませんが、実物を入手なさってお読みになられたほうが手っ取り早いと思います。一例だけ引用します。

しかし朝鮮では44年まで徴兵制が施行されなかったこともあり、顧客の数は動かなかったので、公娼たちの大規模流出は起きなかったのは当然であろう。

したがって、ブローカーたちは、1939年大凶作で疲弊した農村から安価で未経験の若い女性をリクルートして戦地、それも第一線に近い辺地の慰安所へ送り込んだと考えられる。下級兵士たちの戦記に、この種の若い朝鮮人慰安婦がしばしば登場するのは、こうした市場原理の結果であり、ひいては彼女たちが慰安婦の主力を占めたとするイメージを作り上げたのではあるまいか。


(p.36 強調は引用者)


また別の項ではこのような記述もあります。

廃業の自由や外出の自由が制限されていたことを強調する人もいるが、従軍看護婦も一般兵士も同じように制限されていた。この点は現在のサラリーマンも変わらない

総合的に見て、彼女たちの平均的な生活条件は平時の娼婦とほぼ同じで、兵士たちと比較しても「兵士も女も、どちらもかわいそうだったというより外はない」(伊藤桂一)というところか。


(p.38 強調は引用者)

レイプなどの個人的犯罪はあったが、彼らの多くは日本軍の軍法会議か戦後のBC級裁判で処罰されている。<強制連行>しなくても、平時の公娼制と同じように「募集」で集まったからでもある。


(p.39)


あげく、『戦争にレイプはつきものだが・・・』(p.41)なんて平然と書かれては、反論しようとする気さえ失せます。正直言って、妄言にはつきあってられません。こんな文章がアジア女性基金の論文集に掲載されなくてよかったとつくづく思います。

*1:上記の内容

返信2007/10/14 16:33:24

6ni0615ni0615   444ページで1600円は、重さの割には安価であることは確かです。

Stiffmuscleさま

度々のフォロー有難うございます。


『現代コリア』掲載の秦論文ですが、わたしはこれを大阪府図書館の Web腹写サービスで入手しました。

https://p-opac.library.pref.osaka.jp/OSPLIB/webopac/fukusya/fukusya_info.jsp

今、コピーを取り出して再読してみたのですが、頭が痛い・・・というか秦先生の説明が理解できません。

秦先生、宗旨替え?第一歩の論文ですね。

1枚25円プラス送料では大変な出費ですね(笑)。


この論文は、『現代コリア』1999年1・2月合併号に『「慰安婦伝説」--その数量的観察』というタイトルで掲載されています。また、同様の内容は『慰安婦と戦場の性』(pp.397-410)にも載っています。


ここで、『慰安婦の総数は1万数千人~2万人。最多は日本人。』などと吉見先生の学説にあからさまに対抗する形で自論を展開し始めました。


変更した自論は、その考察が杜撰で、決めつけが多いために、論評する以前の問題だと思いますが(林博史先生も指摘しておられた)、秦先生はこれが決定的な真実だと確信しているようです。


いや実は、『慰安婦と戦場の性』を市の図書館で見つけたのです。開架にないから古書を買わなくてはならないな、と思っていたら閉架にあったのです。1980年代リベラルな本は皆、閉架に追いやられているとひがんで居ましたら、あにはからんや、閉架に追いやられているのは1990年代のものにまで及んでおりました。


閉架でも貸し出しが可能なので、秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』は2週間手元におく事ができます。


しかしまあ、この新潮選書444ページの大部には恐れおののく次第です。

そして、この大部の書から矛盾点を抽出するといったことを成し遂げた、Stiffmuscleさんのご努力『カテゴリー:どくしょのじかん』に、いまようやく腰を抜かしているところでございます。


『3.民族別では、内地人が最多ーー』の項も、牽強付会だとしか考えられませんが、実物を入手なさってお読みになられたほうが手っ取り早いと思います。一例だけ引用します。

でわ、さっそく貸し本と照合いたしまする。


~~~~~~~~~~

秦郁彦さんというお方は、どなたかが評しますように(YouTube - 富田メモへの疑惑と秦郁彦の怪しさ=岡崎久彦)250%文献オタクなのですね。

そのために、この大部の書を著して、吉見義明という『資料集』まで発刊しちまったもう一方の文献オタクを見返したくてしかたなかった。っていう感じですね。


444ページで1600円は、重さの割には安価であることは確かです。

信頼度ではどうでしょうか?

返信2007/10/14 21:20:52

7: このエントリーは削除されました

このエントリーは削除されました

返信2007/10/14 21:03:12

8StiffmuscleStiffmuscle   6  Re:444ページで1600円は、重さの割には安価であることは確かです。

>ni0615さん

そのために、この大部の書を著して、吉見義明という『資料集』まで発刊しちまったもう一方の文献オタクを見返したくてしかたなかった。っていう感じですね。

いたるところに、「ぼくちゃんがいちばんだい!」って心情の吐露がありますので、そういう記述を探し当てる楽しみ(?)はあります。同時に、女性蔑視の記述がそれ以上にありますので精神的にへこたれます(少なくともわたしは不快になることしばしばでした)。


444ページで1600円は、重さの割には安価であることは確かです。

信頼度ではどうでしょうか?

引用が信頼できないので、精読するためには、いちいち元の文献にあたって確認をとらなければなりません。それに、主張が章によって異なったりするので(例:6~9万人説の書いてある章と、2万人説の章がある)、一つの本として読むのは苦しいなと思いました(私は、結局、通しては読めませんでした)。

返信2007/10/15 23:02:07

9ni0615ni0615   8  Re:「昭和史の謎を追う(下)」から「慰安婦と戦場の性」へ

>Stiffmuscleさん

引用が信頼できないので、精読するためには、いちいち元の文献にあたって確認をとらなければなりません。それに、主張が章によって異なったりするので(例:6~9万人説の書いてある章と、2万人説の章がある)、一つの本として読むのは苦しいなと思いました(私は、結局、通しては読めませんでした)。

最初のほうをパラパラとめくって見ましたが、千田さんへの批判、悪口は少しも無いのですね。また、『季刊 戦争責任研究』とか金一勉氏の著作から湯水のように引用しているのですね。

後半はそうではなく、板倉由明氏とか西岡力氏などの引用が、それら慰安婦問題開拓者からの引用と混じっている。秦郁夫先生という人は、どういう立論の記述なのかなんていうことは無視して、闇雲にトリミングし引用していく。

従軍慰安婦は日本軍の責任という人たちの存在は、秦郁夫さんの手にかかるとまるで、日本軍の責任ではない証拠集めの人夫扱いですね。


おそらく秦郁夫さんも、1980年代には「日本の戦争責任」「加害の歴史」については書生のように学ぶ姿勢があったのでしょう。それが今や、その頃蓄積した知識をゆがめて使い出したかのようです。

私は当面、

昭和史の謎を追う(下)」(1993)から「慰安婦と戦場の性」(1999)へ、どこがどう変わったかを確認してみたいと思います。

(1)表現の違い

(2)引用資料の違い

(3)同じ資料の解釈の違い

などです。

~~~~~~~

ところで

List No. 78 については情報が得られたのですか?

返信2007/10/15 23:48:15

10StiffmuscleStiffmuscle   9  Re:「昭和史の謎を追う(下)」から「慰安婦と戦場の性」へ

>ni0615さん

私は当面、

昭和史の謎を追う(下)」(1993)から「慰安婦と戦場の性」(1999)へ、どこがどう変わったかを確認してみたいと思います。

(1)表現の違い

(2)引用資料の違い

(3)同じ資料の解釈の違い

などです。

それは面白い試みだと思います。調査結果期待してます。

経時的には第1章は後から加えられたもので、第2章が一番古いと思いますが、どうでしょうか?

ところで

List No. 78 については情報が得られたのですか?

わたしが積極的に調査していないのが主な理由ですが、新しい情報はありません。

この文書については秦先生からの反応は出てこないと思っています。NARAに行くしかないと考えたこともありますが、この文書の存在の確認だけに行くのではあまりにも実りが少ないと思うようにもなりました。

実物を出してこない限り、この文書を根拠にすることはもう不可能ですから一定の成果はあったのではないかとも考えています。

返信2007/10/16 22:18:02

11ni0615ni0615   10  Re:Re:「昭和史の謎を追う(下)」から「慰安婦と戦場の性」へ

それは面白い試みだと思います。調査結果期待してます。

経時的には第1章は後から加えられたもので、第2章が一番古いと思いますが、どうでしょうか?

分析するには両方を電子テキスト化するのが前提。

・・・今週それにあてようと思いましたが、予定を変更して「沖縄の証言」の復刻を先にやることにしました。

申し訳ありませんが、月単位でお待ち願います。

ところで

List No. 78 については情報が得られたのですか?

わたしが積極的に調査していないのが主な理由ですが、新しい情報はありません。

この文書については秦先生からの反応は出てこないと思っています。NARAに行くしかないと考えたこともありますが、この文書の存在の確認だけに行くのではあまりにも実りが少ないと思うようにもなりました。

実物を出してこない限り、この文書を根拠にすることはもう不可能ですから一定の成果はあったのではないかとも考えています。

慰安婦と戦場の性』において、新しい”米軍資料がどれだけあるのか? も興味あるところです。

よく考えれば『挺身』という言葉から“身をささげる対象は皇国”というlocalな意味を捨象して、万国に通じる意味で一般化すれば "volunteer"ということになるのでしょうか?

奉仕のために ⇔ 私利私欲のために

返信2007/10/17 08:04:58

12yamaki622yamaki622   2  Re:Re:慰安婦の大半が日本人女性って本当ですか?

ni0615さん、私こそ超遅レスになりますが情報ありがとうございます。

おかげさまで色んなことがわかりました。


自分自身の覚え書きのため、秦先生の「慰安婦総数」の変節を示す部分を引用させてください。

私物化!?スミマセン!)


*変節前

総数は6~9万か?


さて慰安所と慰安婦の実態だか、公式資料が少ないので全体像はとらえにくいとはいえ、元兵士たちの回想記に本人からのヒアリングを加えると、局地的にはかなり鮮明な情報がつかめる。


全体像のなかでとくに至難なのが、慰安婦の総数である。軍中央部や総軍レベルで集計した形跡はないので、兵力数にある比率を掛けて試算するほかないが、日米開戦時と終戦時(カッコ内)外地所在の陸軍兵力を戦域別にあげると、関東軍75万(50万)、支那総軍62万(105万)、南方軍39万(61万)など計176万(216万)で、別に海軍が32万(40万)あり、8年間の戦死者が200万に達する。慰安婦が配置されなかった地域も考慮に入れて、母数となる兵力を300万と仮定しよう。


比率については、時期により場所によりバラツキがあるが、兵隊29人に女一人を意味する「ニクイチ」という「適正比率」が一部に流通していたこと、1943年の漢口地区における実比率が150人に一人(山田清吉)だったこと、1938年の揚州慰安所での実比率が50人に一人だったこと、ビルマ戦線で現地人を入れてやはり50人に一人(千田夏光=金一勉説)だった点から、50人に一人で計算して6万、女が1・5交代したとして9万となる。

(「正論」1992年6月号、1993年3月5日発行「昭和史の謎を追う(下)」p.328)


*変節後

慰安婦伝説」を見直す 秦郁彦


慰安婦問題」が発生してから、6年余の歳月が経過しました。最初から政治論争になってしまったので、事実面の究明がなおざりにされたせいか、不正確な「神話」や「伝説」が生れ、今や通説と化したものも少なくありません。そのうちいくつかを取りあげ、「修正」を試みたいと考えます。与えられた枚数が少ないので、結論を個条的に並べ、最小限の説明を加えることにしました。詳細は近く書く予定の別稿にゆずります。


1 軍慰安所にいた慰安婦の総数は1万数千人満州中国、南方と地域を三分すると、満州は民(一般人用の遊郭)が主の軍民両用、中国は専用と共用が半々、南方は軍専用が主力でした。


金原陸軍省軍医課長日誌によると、1942年9月現在の陸軍専用慰安所は約400個所です。1個所平均15人の慰安婦がいたので、計6000人、終戦時までに倍増したとしても、1万2000人です。

海軍用や軍民共用の一部を加算すれば2万人ぐらいになりましょう。「20万人近く」という通説よりぐっと少なくなります。

(「慰安婦」問題とアジア女性基金 1998年10月5日)


秦先生がこの変節の根拠を書いてるのが唯一、Stiffmuscleさんが情報提供してくださった「現代コリア」1999年1月・2月号ですが、それに対する反論はまたいずれ書きたいと思います。

返信2008/03/15 09:42:00

13yamaki622yamaki622   12  Re:Re:Re:慰安婦の大半が日本人女性って本当ですか?

秦先生は「慰安婦総数」を「6~9万人」⇒「1万数千人」に減らしただけでなく、その算出方法も2転3転させているので、その変節ぶりを私なりにまとめてみました。


【適正比率から計算】

50人に1人計算してで6万、女が1・5交代したとして9万となる。

1993年3月5日「昭和史の謎を追う」下巻 p.328)

     ↓

【慰安所数から計算】

金原陸軍省医事課長日誌によると、1942年9月現在の陸軍専用慰安所は約400個所です。1箇所平均15人の慰安婦がいたので、計6000人、終戦時までに倍増したとしても、1万2千人です。海軍用や軍民共用の一部を加算すれば2万人ぐらいになりましょう。

(1998年10月5日『「慰安婦」問題とアジア女性基金』p.197)

     ↓

【適正比率から計算する方法を否定し、慰安所数から計算】

1か所当たりの平均慰安婦数は実例から見ると(表2参照)10-20人だから、15人として計6000人、その後、2倍に拡張したとして1万2千人であるCDを併せ考慮し、海軍分を加えても1万数千人と結論して大きな誤りはないと思われる。

(「現代コリア」1999年1月・2月号p.34)

     ↓


【慰安所数から計算】(『「慰安婦」問題とアジア女性基金』↑と同一の記述。)

(1999年6月20日「現代史の光と影」p.381。)

     ↓

【慰安所数から計算し、否定してたはずの適正比率でも計算】

1軒あたりの平均慰安婦数は、実例から見ると10-20人だから、400か所に掛けると、4000-8000人(現地人をふくむ)で、ピーク時に1・5倍まで増加したと考えると、6000-1万2000人(うち南方の110か所分が1650-3300人)となる。海軍の慰安所数は不明だが、兵力比から陸軍の約1割と想定して大差あるまい。」「平時の公娼統計(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)を参考にしつつ計算すると、250万人÷150人=1・6万人となる。BCDEの係数も似たりよったりなので、慰安婦の交代(満州中国では1・5交代、南方は交代なしと想定)を考慮に入れても、狭義の慰安婦は多めに見ても2万人前後であろう。広義をとっても2万数千人というところか。

(1999年6月30日「慰安婦と戦場の性」p.398、p.406)

*三業とは「娼妓」「芸妓」「酌婦」とのこと。

     ↓

【慰安所数から計算】

1942年9月、陸軍省の会議で報告された陸軍の専用慰安所は約400ヵ所で、1ヶ所平均20人の慰安婦がいたとして、8000人、終戦時までに倍増したとしても1万6000人程度であろう

(2002年「世界戦争犯罪事典」p.109)

     ↓

【否定していた適正比率から計算】

適正(実際)比率を平時の公娼統計なみに150対1とすると、ピーク時の兵力約250万に掛けた数が1万~2万となる。

(2006年2月3日「歪められる日本現代史」p.106)


秦先生は初め、「適正比率」から慰安婦の総数を計算していました。

しかしその後、「戦況をふくめ地域差が大きいので一律に適用するには無理がある」と言って「適正比率」で計算する方法を否定し「慰安所数」で計算するようになるんですが、では何故初期にはその「無理がある」という「適正比率」で秦先生自身が計算していたのかという説明はありません。「地域差が大きい」なんていうことは、軍史専門の秦先生なら初めからわかっていたはずです。慰安婦の総数を「6~9万人」から「1万数千人」に減らしたいがために、根拠が後付けになってるようにしか見えません。


そして自説をひっくり返したのにもかかわらす、その後、また「適正比率」の計算に戻っています。初めの「適正比率」は50人に1人(兵士対慰安婦)で計算していたのに対して、150人に1人(平時の遊客3000万人に三業の婦女約20万)で計算しているという違いはありますが、「適正比率」自体を「一律に適応するには無理がある。」と言ってたことと矛盾します。その矛盾についての説明もありません。


これを例えば「様々なアプローチから計算してる」というような言い訳をしたとしても、納得する人はいないでしょう。


ni0615さんがご指摘なさってたことと重複しますが、なぜ「兵士対慰安婦」のサンプルがあるのに、平時の公娼統計なんて持ち出してくるのかわかりません。いや、単に慰安婦の総数を減らしたいという意図だけはわかりますが。


それから秦先生は、「慰安所数」に関してもその変節ぶりを発揮されています。

まず、参考までに秦先生が慰安所数の根拠としている金原節三「陸軍省業務日誌摘録」を引用します。

1942年9月3日の課長会報における倉本敬次郎恩賞課長の報告

将校以下の慰安施設を次の通り作りたり。

北支100ヶ、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400ヶ所。」

(『「慰安婦」問題をどう教えるか?』p.126から孫引き)


秦先生は最初、上記の慰安所数に満州の数字をプラスして慰安所数を「500箇所」としていました。

<追記>

金原節三業務日誌の「課長会報」(1942年9月3日)に陸軍省恩賞課長から「将校以下の慰安施設を次の通り作りたい」として、北支100、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400箇所の数字が述べられたとある。満州の数字を加えると500箇所前後の慰安所が存在したと推定される。

1993年3月5日発行「昭和史の謎を追う」下巻p.337

しかし、同じ「昭和史の謎を追う」の"文庫版"では「満州を数字」を削除し400箇所に減らしています。

<追記1>

金原節三業務日誌の「課長会報」(1942年9月3日)に陸軍省恩賞課長から「将校以下の慰安施設を次の通り作りたし」として、北支100、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400箇所の数字が述べられたとある。

<追記2>

その後の調査により、筆者は慰安婦の総数を1万数千人、民族別の内訳比率は4(日本人)―3(現地人)―2(朝鮮人)―1(その他)と推計した。詳細は『慰安婦と戦場の性』(新潮社、1999)を参照されたい(1999・6・15記)

(1999年12月10日発行「昭和史の謎を追う」下巻 文庫版p.499)


「慰安所数」に関しては、他にも問題点があります。

林博史教授も指摘なさっていることですが(上記でni0615さんがご教示してくださった論評です)、

秦先生は自分で(400ヶ所が)「所在地数なのか軒数なのかが、必ずしもはっきりしない」(「慰安婦と戦場の性」p.400)と言っているのにもかかわらず、400軒と見なしてだけ計算しています。それならば、400軒からはじき出された数字の「6000-1万2000人」はあくまで"下限"とすべきで、400ヶ所だった場合の計算もしなければなりません。

つまり400ヶ所だった場合の計算を棚ざらしにしているということです。

返信2008/03/15 10:29:11

14nagaikazunagaikazu   13  秦郁彦氏の慰安婦数推計の誤謬

 yamakiさん、ご無沙汰しております。

 慰安婦の人数については、私自身明確な数値の推計ができるわけではありませんが、秦氏の統計処理にはいくつか疑問があるので、指摘しておきます。私が疑問に思うのは、ここです。


「平時の公娼統計(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)を参考にしつつ計算すると、250万人÷150人=1・6万人となる。」

(1)「3000万の遊客」は「三業の婦女約20万」の利用客ではない。

 「(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)」という計算をしていることからわかるように、秦氏は「3000万の遊客」は「三業の婦女約20万」の接客サービスを利用した客の人数とみなしています。しかし、秦氏が利用した元の統計書では、そうなっていません。

 この数値はいずれも、秦氏の『慰安婦と戦場の性』の30頁に掲載されている表「戦前期の内地公娼関係統計」に記されていますが、この表の脚注から、1937年の数値のソースが『昭和国勢総覧』という統計集であることがわかります。

 そこで『昭和国勢総覧』を参照してみると、秦氏の表「戦前期の内地公娼関係統計」は、『昭和国勢総覧』第3巻の388、389頁にある二つの表「警察取締営業の状況(2)」(大正13年~昭和16年)(これをA表とする)と「興業と遊郭(2)」(大正15年~昭和16年)(これをB表とする)から二次的に作成されたものであることがわかります。

 A表には、「芸妓」「酌婦」「女給」の各年末の人数が記載されていますが、「娼妓」と「遊客」の人数は記されていません。「娼妓」と「遊客」の人数は、B表に記されています(1937年の数値では、「娼妓」47,212人、「遊客」30,818,981人で、秦氏の表と同じ数値です)。A表とB表から項目と数値を抜き出して、併合させたのが、秦氏の表であるわけです。

 さて、「娼妓」と「遊客」がA表にはなく、B表にあることからわかるように、この「遊客」とは明らかに「娼妓」による接客サービスを利用した(B表に即して言えば、貸座敷および引手茶屋を利用した)「遊客」であって、「芸妓」や「酌婦」のサービスを利用した者ではありません。

 ですので、「(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)」という数値は、統計的には何の意味ももたないものであって、この数値を使って導き出された結論も同様に無意味であることになります。

 統計的に意味をもちうるとすれば、「3000万の遊客」を「4.7万人の娼妓」で割った数値ですが、これは、1937年の時点での、「娼妓1人あたりの年間接客数の平均値」(正確には約652人)にほかなりません。

(2)「三業の婦女約20万」は「実人数」、しかし「3000万の遊客」は「延人数」。

 第二の疑問点は、「(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)」という計算で得られた数値(150人)で、日本軍の実数250万人を割って慰安婦の人数を推計する操作は、「延人数」と「実人数」を混同しているのであって、不正確な推計ではないかということです。

 「三業の婦女約20万」というのは、警察に「芸妓」「酌婦」「娼妓」の営業登録をした女性の数ですから、「実人数」を示します。正確に言えば、1937年なら1937年末の時点での登録者数を示す数字です。

 いっぽう、「遊客3000万」というのは、利用者数ですので、こちらは「延人数」です。その年においてこれらの接客サービスを利用して支払いをした人間の総数であって、利用した客の「実人数」ではありません。この数字が「延人数」であることは、『慰安婦と戦場の性』30頁の表「戦前期の内地公娼関係統計」にも明記されています。「延人数」だから、実際の利用客の「実人数」は、当然この数値よりも低くなります。

 ですので、「3000万の遊客」を「三業の婦女約20万」で割った数値(150人)そのものは、先ほども述べたように、「三業の婦女1人」が一年間に接客した客数の平均値であって、利用した客の「実人数」を示すものではありません。この150人が「実人数」でありうるのは、「客は1年間に1回だけしか、利用しない」という条件が守られているときのみです。

 この条件が非現実的であることは、1937年の日本の人口が約7000万人で、そのうち男性が約3500万人であったことからもわかるでしょう。ちなみに、この年14歳以下の男性は約1300万人、14歳から65歳が2060万人、65歳以上が約160万人でした。

 「(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)」の150人という数値は、女性1人当たりが接待した「遊客」の「実人数」(これをxとする)に、1人あたりの年平均利用回数(これをaとする)をかけたもの(ax)であり、これを用いて日本軍250万人(この数値は言うまでもなく、日本軍将兵の「実人数」です)に対応する慰安婦数を推計するとすれば、日本軍将兵の年平均慰安所利用回数をbとしたうえで、250万×b/150という計算式でなければなりません。

 秦氏の推計はb=1として計算したのと同じことですが、これは非現実的でしょう。なぜなら、b=1ということは、「日本軍将兵は平均1年間に1回だけしか慰安所を利用しない」ということですから。b=2であれば、推定値は秦氏のそれの2倍になりますし、b=3であれば、3倍です。

 もちろん(1)により、ax=150という数値は無意味ですので、秦方式で実際に計算するとなると、ax=652を使うべきところです。そうすると、b<4.35の範囲では、推計値は秦氏の試算よりも低くなります。ですので、慰安婦の推計値を低く抑えたかったのであれば、秦氏は(1)のようなまちがいをすべきではなかったことになります。

【追記】

 秦氏の推計法は、「日本内地公娼1人あたり年間平均接客数(上記の「遊客」数を「娼妓」数で割った数値)と軍慰安所での慰安婦1人あたり年間平均接客数が同じである」という前提の上にはじめて成立するわけですが、それが正しいという根拠は何もありません。その意味で、秦氏の推計法は不確実なものといえます。

 さらに悪いことには、上に述べたように、秦氏自身は、自分の推計法をまちがったかちで実行して、まちがった結論を出してしまっているわけで、二重の誤謬を犯しています。

 なお付言しておきますと、かりにこの前提が正しいとすると、慰安婦1人の年間平均接客数は約650人ということになるのですが、これを認めてしまうと、こんどは慰安婦高収入説が成りたたなくなるおそれがあります。慰安所の利用料金の平均は、将兵1人あたり2.5円くらいでしょう。そうすると、慰安婦一人の年間水揚げは、2.5円×650人ですから1625円。水揚げの配分率で一番多いとされるのは5割ですので、慰安婦の取り分は、1年で813円です。1ヶ月で68円くらい。どう考えても「高給」などとはいえません。

 

 さらにいえば、秦氏の誤った推計の結果である「平時の公娼統計(3000万の遊客に三業の婦女約20万で150人対1)を参考にしつつ計算すると、250万人÷150人=1・6万人となる」を正しいとして支持するのであれば、それは「慰安婦の年間平均接客数は150人」という仮定を正しいとして受け容れることを意味します。「慰安婦の年間平均接客数150人」とすると、慰安婦の1年間の水揚げは2.5円×150人=375円。配分率5割で、慰安婦の平均取り分は1年で187.5円。1ヶ月で約16円となります。大東亜戦争時の戦地勤務の二等兵や一等兵の給与は月12円から18円くらいですから、この慰安婦の月収は最下級の兵隊並ということになります。

 つまり、秦氏の慰安婦数の推計を正しいとして支持するなら、「慰安婦高収入」説を放棄しなければいけない、両者は両立しないということです。

 

返信2008/03/19 09:54:36

15nagaikazunagaikazu   14  秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬

前のコメントで、疑問を付して置いた秦氏の推計法ですが、さらにその問題点を明確にするため、より厳密な方法で定式化しておきます。

 秦氏の推計法の厳密な定式化

定義

1.内地公娼施設の娼妓と利用者数に関する変数

x:ある年度の「遊客」(公娼の接客サービスの利用者)の実人数

a:ある年度の「遊客」の年間平均利用回数

P:ある年度の「娼妓」の登録者

2.軍慰安所の慰安婦とその利用者数に関する変数

y:ある年度の軍慰安所の接客サービスを利用した将兵の実人数

b:ある年度の将兵の年間平均利用回数

C:ある年度の慰安婦の実人数

関係式:ある年度の慰安婦1人あたりの年間平均接客数は、ある年度の娼妓1人あたりの年間平均接客数のk倍である。

これを数式で書くと以下のようになります。

式1

b*y/C=k*a*x/P

これから、Cを求める式を導出すると、こうなります。この式そのものはまちがいではありません。

C=P*b*y/(k*a*x)

さて、ここで秦氏にならって、具体的な数値を使って推計をしてみます。

x,a,Pとしては、警察統計の1937年のそれを秦氏の誤謬を修正したうえで、秦氏が使っているかたちで用います。yは秦氏の使った250万人をそのまま使います。

a*x=3000万人

P=4.7万人

y=250万人

式2

C=47000*b*2500000/(k*30000000)≒4000*b/k

bとkあるいはbとkの比率がわからないかぎり、Cを推計することは不可能です。秦氏のやった推計は、b/k=1という仮定が正しい場合にのみ妥当性をもちますが、この仮定が正しいかどうかは不明ですし、秦氏自身そのことをまったく自覚していません。

 なお、b/k=1という仮定が何を意味するのか、指摘しておきますと、それは、軍慰安所を利用する将兵が年間にb回利用すると、慰安婦の年間平均接客数は、1937年の公娼制度の娼妓のそれのb倍になるということです。つまり、将兵が年平均5回利用するとすると、慰安婦の年平均接客数は娼妓の年平均接客数≒638人の5倍の3190人になります。月平均265人ですので、かなりのハードワークといえましょう。

 ところで、別の史料からある時期のある地域における将兵数(y)と慰安婦数(C)との関係を示す数値を得ることができます。それを利用すると、式1より、b/kの値の一つの実例を得ることができます。そのb/kが式2でも同じと仮定すれば(この仮定が正しいかどうかの検証はかなりむずかしいですが)、それから式2のCを推計することができます。式1を変形すると下のようになります。

式3

b/k=C*a*x/(P*y)

 別の史料から得られる将兵数(y)と慰安婦数(C)との関係を示す数値とは、1937年12月に中支那方面軍が立案した慰安婦3000人募集計画の数値です。中支那方面軍の将兵数を概算して30万人(y)、Cの慰安婦数を3000と置き、a*xとPは先ほどのものをそのまま使います。そうすると、

b/k=3000*30000000/(47000*300000)≒100/16=25/4=6.25

これを式2に代入すると、C=25000となり、秦氏の推測値1.6万人より50パーセント増えます。

【追記】上の計算は、統計的に無意味な操作ですので、抹消します。詳しくは、以下をみてください。http://ianhu.g.hatena.ne.jp/nagaikazu/20080405

もっとも、この結果からわかるように、C=25000という結果は、将兵30万人に慰安婦3000人の比率、すなわち将兵100人に慰安婦1人を250万人に当てはめればすぐに出てきますので、何もわざわざ公娼統計に頼る必要はなかったことになります。なお、100人に1人という比率は、秦氏も第21軍の例をあげて言及されています。(『慰安婦と戦場の性』p.400)。

 結論を述べると、秦氏がおこなった内地公娼統計数値をもとにしての推計法は、秦氏がおかした誤謬を訂正したあとにおいても、推計法としては不完全であるか、そうでなければ無用であるかのいずれかであることがこれでわかると思います。

返信2008/04/05 19:14:09

16yamaki622yamaki622   15  Re:秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬

永井先生、お久しぶりです。

いつもながら丁寧な解説ありがとうございます。

恥ずかしながらご指摘をいただくまで、「3000万人の遊客」が延べ人数ってことにまったく気づいていませんでした。でもこれで秦先生の「150人対1」説が完全に崩れたのでよかったです。

返信2008/03/19 10:47:21

17nagaikazunagaikazu   16  Re:Re:秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬

 秦氏の慰安婦数の推計法はyamakiさんがまとめられているように、二種類あるのですが、慰安所数にもとづくそれがかなり恣意的であることは、yamakiさんの投稿でもふれられています。もう一方の、平時の内地公娼統計にもとづく推計は、私が示したように、統計的には無意味な数値を使ったものであるうえ、「実人数」と「延人数」を混同する誤りをおかしており、まったく用をなしません。

 「3000万人の遊客」が「延人数」であることは、秦氏の本に明記されているにもかかわらず、推計の際には、そのことがまったく考慮されていません。実質的に「3000万人の遊客」は「実人数」として扱われています。yamakiさんがそれに気づかなかったのも、実際の推計で現にそのように扱われているからです。

 

 しかし、これが何を意味するかというと、「1937年の1年間に日本内地では、小学生以上の男性のほぼ全員が老いも若きも、もれなく1回(1回だけですが)買春した」ということにほかなりません。

 これでは「国民皆兵」ではなく、「国民皆買春」になってしまいかねません。秦氏の推計はそういう主張を内包しているのですが、左翼リベラルは言うまでもないとしても、右翼保守派の人はそれで頭にくることはないのでしょうか。

返信2008/03/20 08:32:25

18ni0615ni0615   17  ヘントウセンのお詫び

yamakiさん

早々と当スレッドにかんするご案内のメールいただきながら

御礼とご無沙汰のお詫びがたいへん遅れまして申し訳ありません。


nagaikazuさん

いつもながら克明な書き込み情報くださいまして有難うございます。


お二人の書き込みを一語一句たどりながら感想をレスしようと思い

それが為し得ぬまま御礼がおくれました。

最近目が疲れるArbeitをしておりまして未だ果たせません。


いずれお二人の書き込みをよく読んでレスいたします。

どうかご容赦願います。

返信2008/03/26 06:38:11

19yamaki622yamaki622   18  Re:ヘントウセンのお詫び

ni0615さんへ

お送りしたメールは決して返事を催促したものではないのでご安心ください。逆に気を使わせてしまって申し訳なかったですね。ni0615さんにご意見いただければありがたいですが、ゆっくり身体を休めてからになさってください。ちなみにこの書き込みはレス不要です。

返信2008/03/27 10:08:00