「強制売春説」など RSSフィード
 

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3nagaikazunagaikazu   3b説でかつ2a説の実例

 3b説をとなえつつも、2a説に立つ論者として、下村氏の例をあげましたが、下村氏だけではないことを示すために、もう少し追加しておきましょう。

以下にあげるのは、ネットの世界ではよく知られているのではないかと思われます。


例2.依存症の独り言(坂真氏)

http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_b28a.html

以下引用

幻の従軍慰安婦2005/06/15

ところで、そもそも「従軍慰安婦」なるものが本当に存在したのだろうか?

答えは「否」である。存在しないのだから「従軍慰安婦」という言葉もない。

だから、中山文部科学相の「従軍慰安婦という言葉はなかった」との趣旨の発言は事実であり、非難される筋合いのものではない。

当時、日本には「公娼制度」があった。「公娼制度」とは、合法的な売春制度のことである。戦前は「遊郭」と呼ばれ、戦後は「赤線」と呼ばれた。

「女衒(ぜげん)」という職業もあった。女衒とは、女の売買を生業(なりわい)とするブローカーのことである。「衒」は売るの意味。

貧しい農家などが、前借金の形(かた)に娘を遊郭などに年季奉公に出す。前借金は、600円(当時)。このうち着物代として200円、女衒に50円取られ、親の手許には350円しか残らなかった。悪い女衒にかかった親には、150円しか渡らなかったという話もある。

もちろん女衒は甘言を弄する。若い娘に「遊郭は、不特定多数の男に肉体を売るところ」などと、本当のことを云うわけがない。また、質(たち)の悪い女衒であれば、恫喝めいた文句を吐くことも多かったであろう。

とにかく戦前の農家は貧しかった。特に、昭和9年、冷害に襲われた東北地方は悲惨極まりない状況だった。冷害ではなく「飢饉」と云う人もいるくらいである。

山形県のある地方では、9万人の人口があったが、そこで2000人もの娘が女衒に連れられて村々から消えたという。昭和恐慌東北地方を中心とする農村の壊滅的な貧困により、娘たちの身売りはピークを迎えていたのである。

昭和12年7月には日中戦争日華事変)が始まり、戦線が次第に中国全土に広がっていく。

「いわゆる従軍慰安婦」は、そういう時代背景の下に生まれた。

※この農村の悲惨な状況が、昭和11年の青年将校による2.26事件の原因の一つになったと云われる。兵隊の姉や妹が、続々と身売りされたからである。

引用終わり

 この坂氏が3b説であることは、あらためて説明するまでもないでしょう。また、慰安婦制度は当時の公娼制度に基づくものであり、それゆえ合法的であったと考えられていることも、また同様です。

 しかし同時に坂氏は、当時の公娼制度が、合法的ではあるが「事実上の強制売春」であったこと、すなわち「身売り」という名の事実上の人身売買が横行していたことも、あわせて指摘しています。

 公娼制度のもとでそういうことが日常的におこなわれていたのだから、慰安婦についても人身売買や売春の強制があるのはやむをえない、それが当時の状況だったのだから、と言っているのです。決して「一部には、売春を強制された例もあったが、基本的には従軍慰安婦の実態は、自由売春であった」などと言っているわけではありません。

 なお、「身売り」の横行が2・26事件という軍隊の叛乱の原因となったと認定されていることから、坂氏は、当時においても、「身売り」は非難されるべきことであり、そのような悲惨な社会をもたらした者たちは激しく糾弾されるべきであると考えが存在していたことを、いくぶん肯定的に認めておられるようです。

 次は、私の名前もあがっている池田信夫氏のブログです。

例2)人身売買 (池田信夫)

http://210.165.9.64/ikedanobuo/e/ea39407dbb4bac7fc038ef49d2cab134

2007-03-27 00:17:05

引用はじめ

 小倉さんの議論は、政府見解でいえば「広義の強制」があったという話ですね。それは一部にはあったと思います。人身売買で(本人の意に反して)慰安所に送り込まれた慰安婦がいたことは間違いありません。それをsex slaveと呼んでもいいでしょう。

 といっても人身売買は、文字どおり人間を売買するわけではなく、通常は売人が親に代金を支払い、娘は親の借金を背負って、それを完済するまで「足抜き」できないという形を取ります。慰安婦は異国で逃げても本国には帰れないので、暴力的に監禁する必要は通常ありません。秦氏の研究でも、文字どおり暴力的に売春を強要されたという信頼すべき証言はほとんどなく、待遇はリスクの大きいぶん内地よりよかったと推定されています。

要するに、慰安婦を拘束していたのは軍の暴力ではなく、借金による「暗黙の強制」だったのです。もちろん、業者がそういう過酷な労働条件を強いるのを放置したたという意味では、軍の責任はあるでしょう。永井和氏などは、軍の責任はこういう監督責任だとしています。慰安婦は「兵站の一部」であり、軍の実質的な指揮下にあったというわけです。

http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/works/guniansyo.html

これも推測に過ぎないが、かりにそれを認めるとしても、日本軍の責任は、業者が慰安婦を酷使しないように十分監督しなかったという不作為責任にとどまります。だから責任がゼロだとはいいませんが、戦後60年たってから外交ルートで騒ぎ立てるような問題でしょうか。

引用終わり

 私の論文を読んだうえで「これも推測に過ぎないが」と仰有っている点には、この際目をつぶることにいたしましょう。ともかく池田氏は、一部であれ、人身売買で売春を強制された例があると、はっきり認めています。

 ただ、その人身売買は「身売り」によって債務で拘束するかたち(「借金による「暗黙の強制」)であって、軍が暴力的に女性を拉致・監禁していたのではない、というのが池田氏の反論です。

 池田氏は、「軍によるまたは軍中央の命令による慰安婦の暴力的な強制連行はなかったが、軍の監督責任、不作為責任はあるかもしれない」という立場なので、同じ3b説といっても、他の論者とは少しちがうかもしれませんが、2b説でないことは、反論の論理が、人身売買といっても「借金による「暗黙の強制」であって、それには軍は直接にはタッチしていない」になっていて、決して「それは一部のことであって、基本的には従軍慰安婦の実態は、自由売春であった」という、論理にはなっていないことから明らかです。

 同じような3b説者による議論は、ネット上でいくらでもひろうことはできますが、同工異曲なのでこの3例で十分でしょう。いずれも2b説ではありません。

  

 私としては、是非2b説に立つ3b説論者の実例をebizoh様にあげていただきたいところです。

次は、ebizoh様が「秦説こそが2b・3b混合説の元祖だと考えています」と評価される秦郁彦氏の議論を検討します。

返信2007/04/15 11:21:07
  • 33b説でかつ2a説の実例 nagaikazunagaikazu 2007/04/15 11:21:07
     3b説をとなえつつも、2a説に立つ論者として、下村氏の例をあげましたが、下村氏だけではないことを示すために、もう少し追加しておきましょう。 以下にあげるのは、ネットの世界ではよく知られているの ...